ぼくらは言葉を食べている

たとえば、寿司。

銀座で3万円の寿司を食べるとします。そのとき食べているのは寿司でしょうか? ふとそんなことを考えたりします。

「いや、寿司でしょう」と思うかもしれません。

じゃあ「銀座の3万円の寿司」と「宅配の寿司」ではどんな違いがあるでしょうか? もちろん味は違います。握り方も違うでしょう。品質は違う。

ただ、それだけなのかな? と思うんです。

ぼくらが銀座で3万円の寿司を食べるとき、食べているのは寿司だけではない。「銀座」「3万円」という言葉も一緒に食べているのではないか。そう思うのです。

たとえば、缶コーヒー。

缶コーヒーのパッケージにはいろんな言葉が書いてあります。「深煎り焙煎」「朝専用」「極み」「世界一のバリスタ」みたいなことが書いてある。

その言葉を見て買った缶コーヒー。

それを飲むときに飲んでいるのは、ほんとうにコーヒーだけでしょうか?

ぼくは「深入り焙煎」と書いてあれば、なんとなく職人が焙煎しているところを思い浮かべます。「世界一のバリスタ」と書いてあれば、なんかすごそうなバリスタがいれているところを思い浮かべます。

もちろんハッキリとイメージするわけではないですが、無意識のうちに感じている。味の違いは正直よくわかりません。でも、そこに書かれている言葉によって、なんとなく満足度は変わります。

そのときぼくはコーヒーという黒い水だけではなくて、それらの言葉も味わっていると思うんです。

たとえば、ドーナツ。

ミスタードーナツの「ピエールマルコリーニ」のドーナツが話題になりました。ぼくもこのあいだ食べておいしかったのですが、やっぱり「ピエールマルコリーニ」だったから特別な気分を味わうことができました。

当然味もおいしかったのですが、特別感はそこだけじゃなかったはずです。「ピエールマルコリーニ」「菅田将暉がCMやってる」「なかなか買えないドーナツ」という言葉もそのとき一緒に食べていたと思うのです。(ちなみにピエールマルコリーニが誰なのかはよく知りません。)

ぼくらは言葉を食べている――。

お寿司なんてご飯に魚の切り身を乗っけただけです。コーヒーはコーヒー豆でつくったお湯です。ドーナツは小麦粉と卵と砂糖とチョコレートの塊です。

元も子もないですが、物理的に見ればそれだけです。

でも「誰がつくったのか?」「いくらするのか?」「どれくらい人気なのか?」……そういった「言葉」によって満足度は変わってきます。「大将が情熱大陸に出た」という言葉もくっついたりすれば最強です。

言葉によって気分が変わり、味も変わる(気がする)。満足度、豊かさが変わるんです。

ぼくらは言葉を買っています。

「バーバリー」のコート、「シャネル」のバッグ、「ヴェルサーチ」のスーツ。これらを買うときに買っているのは、ただの布ではありません。バーバリー、シャネル、ヴェルサーチという言葉も買っている。もしブランドのタグがついていなかったら、その値段では買わないはずです。

タワマンを買うときも、チラシに「潮風やさしい都会のオアシス」みたいなことが書いてあります。それを見て買うのは「ただの鉄筋コンクリートの建物の一角を所有する権利」ではありません。「潮風やさしい都会のオアシス」という言葉も一緒に買っている。

欲しいのはコンクリートの空間ではなく、言葉に先導される素敵な人生。みんなが憧れるような生活です。

基本的に人は最低限の衣食住があれば生きてはいけます。最低限の居住空間があり、暑さ寒さを凌ぐものがあり、最低限の食べものがあれば生きてはいける。

でもそれ以上に豊かな生活をしたいと思ったとき、力を発揮するのがやはり「言葉」です。言葉が変われば文脈が変わる。文脈が変われば世界観が変わる。価値が変わる。豊かさは言葉でつくられる、と思うわけです。

……超あたりまえなんですが、言葉ってほんと、おもしろい。

言葉によって人生はガラッと変わります。言葉に傷つくこともあるし、言葉に救われることもあります。

たとえば「人生は試練の連続である」という言葉があるとします。これを見て「しんどいなー」「つらいなー」と思っているとする。

でも「人生は冒険である」という言葉を発見します。すると途端に人生が楽しくなってきてワクワクしてきたりします。

「コンプレックスというのは傷であり重荷である」。そう思っている人がいたとします。

そういう人に「コンプレックスこそが武器なんだよ」「弱い部分こそ、自分にしかない武器になるんだよ」という言葉を与えたら、急に自信がついて勇気が湧いてきたりします。

ぼくらは言葉を食べています。

いい言葉を食べると元気になります。でも毒のような言葉を食べてしまうとちょっと弱ったりします。できれば栄養になるような言葉を食べて、人生を楽しく過ごしたいものだなーと思います。

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