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『社長の言葉はなぜ届かないのか? 経営者のための情報発信入門』全文

このnoteは、2024年10月に総合法令より刊行させていただいた『社長の言葉はなぜ届かないのか?』全文公開するものです。(4章以降は有料となっています。)12万文字近くありますので、気になるところからぜひ読んでみてください!

以降、本編です。それではどうぞ!







あなたの会社は、AとBのどちらでしょうか?




生き残る会社はどちらでしょうか?



はじめに

社長の言葉が届かなくなった瞬間、会社は死に始める

経営者の言葉が届かなくなった瞬間、会社は緩やかに死に始めます。

言葉が届かない。思いが届かない。

すると、一見うまく回っているように見える会社であっても、エネルギーが次第に失われていき、「死」に向かい始めるのです。

会社にとって言葉は血液です。人体は、血が届かなくなったところから死に始めます。同じように、会社も言葉が届かなくなった部分から死に始めるのではないか。大袈裟かもしれませんが、そう思うのです。

経営者の言葉が社員に届かなければ、社員は何のために働いているのかがわからなくなり、離れていきます。経営者の言葉が採用候補者に届かなければ、「なぜその会社で働くべきなのか」を理解してもらえないので他の会社に行ってしまいます。経営者の言葉が投資家や株主に届かなければ、お金も集まりません。もしくは株価やリターンしか見ない人ばかりが集まるので不安定になるでしょう。

どれだけいいものを作っても、いいサービスを提供しても、どれだけいい人が集まっていても、そこに言葉がなければ、いずれパワーを失っていきます。いわばコミュニケーションの血行不良が会社を不健康にしていくのです。

僕が経営者の隣で「編集者」をしている理由

はじめまして。株式会社WORDS代表の竹村俊助と申します。

僕はもともと出版社でビジネス書の編集者をしていました。ただ40歳を前に自分で出版社をやってみたいと思い、独立。その後は資金を集めるため、書籍や雑誌のライティングや編集の仕事をしていました。

そんななか、ある経営者から「新しいプラットフォームのサービスをローンチするから、その裏側にある思いをまとめてほしい」という依頼が舞い込みました。僕は本を作っていたときと同じように、情報を集め、取材をし、読みやすくまとめ、コンテンツにしてリリースしました。効果は予想以上でした。その記事は何十万というページビューを獲得し、多くの人に読まれたのです。さらにはウェブ版の「Forbes」にも転載され、それがタクシー広告としても流れました。

その経営者には喜んでいただけましたし、読者も面白いコンテンツが読めてうれしかったはずです。いいコンテンツを作れば、それがエンターテインメントとしても機能するうえに、結果的に広告やPRとしても機能する。これ以降、いろんな経営者から「言語化、コンテンツ化のお手伝いをしてほしい」と言われるようになりました。僕は経営者の隣に「顧問」としての編集者がいるといいんじゃないかと思うようになり、「顧問編集者」という仕事をメインで行うようになったのです。

経営者の言葉は360度に効果がある

顧問編集者の仕事はこうです。

週に一回、経営者に1時間ほど「どうやってこの会社はできたのですか?」「いま何を考えているんですか?」などと取材をし、それをわかりやすく面白くコンテンツにまとめて、X(旧Twitter)やブログサービスのnoteで発信する。

やることはシンプルですが、この「経営者の言葉をきちんと届ける」ことの効果は絶大でした。

たとえば、あるコンサルティング会社では、経営者が積極的に発信するようになってから、サービスの認知が広がっただけでなく、少し怪しい印象だったものが信頼を得るようになりました。ひいてはそこから書籍も生まれ、ベストセラーになりました。あるスタートアップ企業では、社員にビジョンが浸透しないことにお困りだったのですが、社外に発信することで結果的に社内の人が読んでくれ、インナーのモチベーションがアップしました。あるマーケティング会社ではリファラルの採用がほぼ100%となり、一人あたりの採用コストがグッと下がったそうです。さらには、グローバルに展開しているスタートアップ企業では、有力なベンチャーキャピタリストに思いが届いて、ビジネスが前に進んだという話も聞きました。

経営者の言葉が届くと、360度に効果がある。僕はそう確信するようになりました。

本書はそんな僕がこの5年間、顧問編集者として活動する中で身につけてきた知見を余すことなくお伝えするものです。

社長の言葉はなぜ、届かないのか?

あらためて、社長の言葉はなぜ届かないのでしょうか?

原因は3つあります。

1つめは「そもそも届ける気がないから」です。

会社の発信は広報や外部のメディアがやればよくて、経営者は経営をすることに注力すべきだ。そう思っているケースは多くあります。これまでは届けなくてもうまくいっていたのかもしれませんが、今は経営者自身が前に出るフェーズだと僕は思っています。そのことについては1章、2章で詳しくお伝えします。

2つめは、辛辣ですが「つまらないから」です。

経営者の言葉を伝えることは大切だとわかってはいるけれど、いざ発信しても読んでもらえない。スルーされてしまう、というのがこのケースです。本来、経営者の言葉には魅力があるはずです。パワーがあるはずです。それなのに、各方面に気を遣ったり、「企業っぽい」発信をしてしまったりすることで届かないものになってしまうのです。

情報が溢れている現代において、ただ無味乾燥な情報を流すだけでは見てもらえません。ある程度面白い「コンテンツ」にする必要があります。では、コンテンツとは何か?どう作ればいいのか?そこについては3〜6章で丁寧に解説していきます。

さらに言えば「自分は文章が書ける」「自分の言葉は届いているはずだ」と思っている方も意外とたくさんいらっしゃいます。しかし本当に届いているケースはごく一部です。もしnoteなどで記事を書いても「スキ」が数個しか付かなかったり、Xのフォロワーが3桁ほどしかいなかったりしたら、本書を読んでいただく価値はあると思います。

3つめは「届け方が不適切だから」です。

今はメディアが無数にあります。テレビ、新聞、ラジオなどの「マス」と呼ばれていたメディアから、インターネット上にはXやYouTube、LinkedInやnoteなどあらゆるメディアがある。それをうまく使いこなしながら、適切な人に届けていく必要があります。どういうツールでどういう伝え方をすればいいのか?それについては最後の7章でお伝えしたいと思います。

大企業こそ、経営者の言葉が必要

僕が特に問題だと思っているのは、大企業です。大企業こそ経営者の発信をするべきだし、経営者の発信が大きな影響力を及ぼすと思っています。

今の日本の大企業は「誰が何をしたいのか」が見えにくくなっているように思います。昔であれば、創業者のやりたいことが明確で、それを叶えるために社員が増えていき、会社が自然と膨らんでいきました。しかし今は、図体だけ大きいけれど、誰が何をやりたいのかがわからない。どういう未来を描きたくてビジネスをやっているのかが見えにくい。

おそらく熱い思いはあるはずなのです。でも、それが届いていない。ホームページに掲げられているような杓子定規的な「パーパス」では届かないのです。

「経営者が発信することはリスクだ」という意見もときどき耳にします。たしかに不適切な言動をしたり、表には出せないような人柄だったりしたら、リスクなのかもしれません。しかし「発信しないリスク」もあることを忘れてはいけません。過度にリスクを恐れて、何も発信しなければ、冒頭に述べたように会社はゆっくりと死に近づいていくだけです。それはすでにブランド力のある大企業であっても例外ではありません。

世界がもっと面白くなりますように

偉そうに語っていますが、僕は経営の専門家ではありません。難しいことはわかりません。ただこの5年間、実際に30人以上の経営者の隣で編集者として仕事をしてきて、いろんなことが見えてきたことは事実です。その景色を共有したいと思っています。

『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)の著者としても知られる一橋ビジネススクール教授の楠木建さんには本書のゲラを読んでいただき「言葉の力は経営力の中枢にある」というコメントをいただきました。まさに言葉は「経営の中枢」にあるもの。言葉の力を磨くことで、経営が根本から変わっていくと信じています。

経営者が発信することが当たり前になってほしい。そして、あらゆる企業が元気になってほしい。経営者の言葉を届けるというのは、とてもシンプルなことですが、営業、広報、採用、ブランディング、インナーコミュニケーションなどあらゆる方面に影響がある、最もレバレッジの効く施策だと思っています。

経営者の言葉が届いている会社には、覇気があります。
経営者の言葉が染み渡っている会社は、イキイキとしています。
経営者の言葉が採用候補者に届けば、御社に合った人が引き寄せられます。
経営者の言葉が投資家や株主に届けば、ビジョンに共感した人が投資してくれます。
そうやって出来上がった商品やサービスは、消費者をファンに変えていくでしょう。

経営者の言葉が末端まで届いて、世界がもっと面白くなりますように―。

そんな願いを込めて、この本を贈ります。


Chapter1 なぜ今、経営者自身が発信すべきなのか?

経営者が「個人」として発信する意味

「会社が主語」のコミュニケーションでは届かない

これまでは、経営者が発信に心を砕く必要などなかったのかもしれません。

何かを宣伝したければ広告代理店に頼んで各メディアに情報を流せばよかったですし、人を採用したいなら募集要項を公開して応募を待っていればよかった。経営者が計画を立てれば、あとは上意下達で組織やチームが動いてくれた。きちんと利益さえ上げていれば、投資家たちも集まってきたはずです。

しかし、時代は変わりました。マスメディアを通じた企業のコミュニケーションがうまく機能しなくなってきたのです。そもそもテレビや新聞を見る人が減りました。ただ広告を垂れ流すだけでは効果がないどころか、逆に嫌われてしまいます。

採用やマネジメントも一筋縄ではいきません。待遇や福利厚生を手厚くするだけでは、会社に利益をもたらす人材は集められない。魅力的なビジョンを欠いている組織やリーダーからは、どんどん人が離れていきます。投資家たちの意思決定にも、業績の見通しだけでなく「経営者の思い」や「企業が実現しようとする未来像」が大きく反映されるようになってきています。

これまでのようなマスメディアで「会社を主語にした発信」では届かない。「〇〇社はこんな商品を作りました」「△△社は人材を募集しています」「□□商事のパーパスはこれです」といったような、会社を主語にしたコミュニケーションではうまくいかなくなっているのです。

時代の転換期、すべての企業は「創業期」である

では、何が必要なのか?答えは、経営者が前に出ることだと僕は考えます。

「経営者が前に出るなんて!創業期でもあるまいし……」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし僕はあえてこう言い切りたいのです。

時代の変革期において、すべての企業は「創業期」である、と。

今、世界は転換期を迎えています。特にAIの技術革新などにより、どの会社も変化を強いられています。次の時代に生き残るためには、どんなに長い歴史を持った企業であっても「創業期」だと思って経営に臨む必要がある。戦後、ソニーの井深大やパナソニックの松下幸之助が「こっちに行くぞ!」と呼びかけたように、孫正義がみかん箱の上で社員に「世界を変えるぞ」と演説したように、経営者が創業期のつもりで「この会社はどこに行くのか」を社内外に伝えるフェーズにあるのです。

経営者を船長にたとえるなら、今、会社という船は先が見えない真っ暗な海を進んでいます。ステークホルダーの誰しもがどっちに行けばいいかわからず迷っている。指針がなければ、船は行き先を見失い遭難してしまいます。そんな中「あっちに島があるから、舵をこっちに切るよ!」と指し示すことで、会社は力強く前に進んでいけます。

時代の変化に敏感な経営者たちは、もうそのことに気づいています。

「トヨタイムズ」の登場は象徴的な出来事でした。テレビCMに豊田章男会長ら経営者が自ら出演して、言葉を届けようとしています。パナソニックコネクトやセブンイレブンの経営者も自らCMに出ていますし、ユニクロの柳井氏や楽天の三木谷氏らも会社の陰に隠れるのではなく、積極的に自分の言葉で届けようとしています。「ビズリーチ」のCMに経営者本人が出るようになったことも時代の変化を感じさせます。

いまの日本企業に必要なのは「腹落ち」である

経営学者の入山章栄氏は『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)のなかで「現在の日本の大手・中堅企業に最も欠けており、最も必要なのがセンスメイキングである」と述べています。

センスメイキングとは何か? 入山氏はわかりやすく「腹落ち」であると表現します。先行き不透明な時代において組織が力強く前に進んでいくために必要なのは、社員を含めた組織全体の「腹落ち」であるというのです。

このセンスメイキング理論を提唱しているのが、世界的な組織心理学者であるカール・ワイク氏です。彼の論文にはこんな印象的なエピソードが出てきます。


ある時、ハンガリー軍の偵察部隊がアルプス山脈の雪山で、猛吹雪に見舞われ遭難した。彼らは吹雪の中でなす術なく、テントの中で死の恐怖におののいていた。 その時偶然にも、隊員の一人がポケットから地図を見つけた。彼らは地図を見て落ち着きを取り戻し、「これで帰れるはずだ」と下山を決意する。

彼らはテントを飛び出し、猛吹雪の中、地図を手におおまかの方向を見極めながら進んだ。そしてついに、無事に雪山を下りることに成功したのだ。しかし、そこで戻ってきた隊員が握りしめていた地図を取り上げた上官は、驚いた。彼らの見ていた地図はアルプス山脈の地図ではなく、ピレネー山脈の地図だったのである。


ここで重要なのは「地図が正しかったかどうか」ではありません。「握りしめた地図を全員が信じることができた」という部分です。実際、その地図は違う山のものだったのですが、地図があったことで全員の「腹落ち」が完了した。つまり「これで下山できる!助かるぞ!」というストーリーをセンスメイクできたのです。それによって前に進むことができ、結果的に一命をとりとめることができました。

先の見えない今、未来を作り出すために必要なのはこの地図です。地図によって「うまくいくのだ」と思えるようなストーリーです。「これを信じよう!」とみんなが思えるようなストーリーを語ることが経営者には求められています。入山氏はこう述べています。


「優れた経営者・リーダーは、組織・周囲のステークホルダーのセンスメイキングを高めれば、周囲を巻き込んで、客観的に見れば起きえないような事態を、社会現象として起こせる」ということだ。まさに、「未来をつくり出す」のである。

そのために必要なのは、多義的な世界で、未来へのストーリーを語り、周囲をセンスメイクさせ、足並みを揃え、環境に働きかけて、まずは行動することだ。これこそが、さらに多義的になるこれからの世界で、リーダーに求められることなのだ。


「経営者自身がメディアになる」ということ

これまで企業はメディアと連携しながら言葉を届けてきました。しかしそれが効果を失った今、何をすべきか?それは「経営者自身がメディアになる」ということです。経営者がメディアを使う、ではなく、経営者自身がメディアになる。その効果は計り知れないものがあります。

言うまでもなく、経営者は事業にまつわるあらゆる営みのど真ん中にいます。PR、IR、採用広報、社内を含め、会社のあらゆるコミュニケーションの中心にいる。つまり、企業の中で最もレバレッジの効く存在なのです。

企業はざっくり言えば、3つの市場に面していると言えます。

労働や採用などの「ヒト」市場、商品やサービスを売買する「モノ」市場、資本や投資といった「カネ」市場です。経営者自身がメディアとなり、自ら発信すれば、すべての市場に影響を与えられます。広報や事業部長などの社員ももちろん会社の中にいますが、ど真ん中にいるのはあくまでも経営者。経営者が発信するからこそ、360度に影響を与えることができるのです。

以前、経営コンサルティング会社のコーポレイトディレクション代表である小川達大さんに「会社とは何か?」について講義をしていただいたことがあります。小川さんはこうおっしゃっていました。

「どんな会社も最初は一人の人間から始まっている。いま、どんなに大きな会社に成長していたとしても、創業時は誰か一人の『これをやるんだ!』という強い思いがあって起業したはず。それに共感した従業員やお客さんが集まってきて、徐々に会社は大きくなってきた。つまり、経営とは『経営者を中心に共感する人の輪を広げていく』行為ではないか」。

企業が「共感の輪」を広げていくことができたら「商品・サービスを買いたい!」「一緒に働きたい!」「出資したい!」と思ってくれる人はどんどん増えていきます。そのためにもまずは、経営者がその円の中心で言葉を発し続けなければいけないのです。

「個人の言葉」だから共感できる

経営者という「個人」が言葉を発することに大きな意味があるのです。

人は個人だからこそ「体温」や「人となり」を感じます。それが共感を生むのです。個人の声が届きやすいというのは人間の性質によるものでしょう。

たとえば、豊田章男会長の言葉とトヨタ自動車の広報の言葉。もし両者が同じことを言っていたとしたら、前者のほうが注目されるのではないでしょうか? 広報の言葉は、裏では個人が発信していたとしても、見え方は企業という「概念」からの発信に見えます。一方、豊田章男会長の言葉は、一人の人間が発したものとして受け取られる。その言葉には体重が乗り、多くの人はそこに覚悟や責任を感じます。

広報が公式に発信することの意味は依然として大きいものがあります。ただ一方で、経営者が個人として発信することの意味も日に日に増しているのです。

経営者はなぜ「SNS」をやるべきなのか

コーポレートサイトではダメなのか

総務省によれば、世界のSNS利用者は2022年に約46億人。2028年には約60億人まで増加すると予測されています。日本の場合は、2022年の1億200万人から2027年には1億1300万人に増加すると予測されています。

経営者自身がメディアになる。それを叶えるのが、このSNSです。

具体的には、XやLinkedIn、noteなどのツールをうまく活用して経営者自らがメディアになる。それこそが、現代における効果的な企業のコミュニケーションです。

「インターネットの発信ならコーポレートサイトで十分だろう」と思う方もいるかもしれません。「代表メッセージもきちんと載せてあるぞ」と。ただ、コーポレートサイトは会社の「玄関」としては機能するものの、検索してもらわない限り見られることはありません。コーポレートサイトは「受け身のメディア」なのです。

一方、SNSは「攻めのメディア」と言えます。SNSでの投稿はフォローしてくれた人を含めた不特定多数の人に届けることができます。ただ待っているだけではなく、こちらから働きかけることができる。多くの人の生活の中に「自社を知ってもらう時間」を作ることができます。

本当に伝えたいことが伝えられる

自ら「攻めのメディア」を持っておくことのメリットは多くあります。

ひとつは自ら情報をコントロールできるということです。

テレビ、新聞、雑誌など外部のメディアの力を借りるとどうしても「メディア側の意図」が入ってきます。こちらが伝えたいことではない部分が切り取られ、誤解につながることもあります。それがXやnoteなどのメディアを駆使すれば、企業自ら情報をコントロールできます。自分たちの考えを丁寧に伝えることができるようになり、ブランディングもうまくいくでしょう。

広告記事やタイアップ記事はどうでしょうか?たしかに多額のお金を払えば企業側の意図を持って外部のメディアに出ることはできます。ただそのコストは馬鹿になりませんし、自社の資産にもなっていきません。その点、企業がメディアを持っていればお金がかからない上に、長い目で見ても自社の資産になっていきます。コストの面でも、自社の資産という意味でも大きなメリットがあるのです。

SNSの発信はリスクか?

「SNSでの発信はリスクだ」とおっしゃる方も多くいます。

下手に動くと目をつけられるのではないか?発信したらいつか「炎上」して、大変なことになるのではないか?そう思う気持ちもわかります。

ただ僕からすると、それはただの思い込みです。冷静に考えてみると、発信自体がリスクになることは限りなくゼロに近いのです。

例えば最近炎上したニュースにはどんなものがあるでしょうか?会社の不正、経営者絡みのスキャンダル、お客さんとのトラブル……日々SNSを眺めていると「炎上案件」が流れてきます。それでは、そのうちのいくつが「経営者の発信」「会社の発信」が発端となったものでしょうか?

かつて某中古車販売の会社が「炎上」したことがありましたが、その発端は会社の発信とはまったく関係がありませんでした。事実として経営に問題があり、それが明るみに出ただけです。世の中にはいろんな炎上案件がありますが、そのほとんどは炎上に値するような事実が発端です。「発信そのもの」が炎上の火種になることはほぼない。発信ではなく事実が炎上しているだけです。炎上するかどうかは「SNSをやっていたかどうか」とはほぼ関係ないのです。

自分の言葉で語れば、炎上すらプラスになる

「発信はリスクだ」と思い込んでいる人は「発信しないことのリスク」を見落としがちです。発信しないことにもリスクがあることを忘れてはいけません。

不正をしていた中古車販売会社のニュースを見て、多くの人が真っ先に「怖い会社だな」「あんまり利用したくないな」とネガティブな感情を抱いたと思います。ではもし、その会社がSNSのアカウントを持っていて、つねにお客さんと良好なコミュニケーションを取っていたらどうだったでしょうか?会社の理念を語っているのを見たことがあったり、インターネット上で社長の人格が伝わっていたりしたら……おそらく印象が変わるはずです。「あの社長がそんな指示を出すかな?」と考えて、すぐにネガティブな感情が湧くことはなかったかもしれません。発信をしていないと、世の中の自社に対する印象は「0」なので、何か少しでも問題が起きるとすぐにネガティブに振れてしまうのです。

発信をしていないというのは「丸腰」の状態です。何か問題が起きても対抗する武器を持っていないのと同じ。普段からSNSなどでコミュニケーションを取っていれば、仮に何か炎上したときであっても、余計な「延焼」を防げます。発信をせずに会社や経営者の人格がまったく知られていない状態。それはむしろ、リスクなのです。

逆に、うまくコミュニケーションができれば炎上すらプラスに持っていけます。

2023年にスープストックトーキョーが、離乳食の無料提供を開始しました。それを発表した際、SNSでは批判の声が殺到しました。「そんなことをしたら親子連れが押し寄せて地獄絵図になるんじゃないか?」「依怙贔屓だ」「もう絶対に行かない」などなど。このような炎上が起きると、会社は無味乾燥な「謝罪文」を出したり、口をつぐんでしまったりします。でも、このときの同社の対応は違いました。こんな発信をしたのです。


私たちは、お客様を年齢や性別、お子さま連れかどうかで区別をし、ある特定のお客様だけを優遇するような考えはありません。私たちは、私たちのスープやサービスに価値を見出していただけるすべての方々の体温をあげていきたいと心から願っています。皆さまからのご意見を受け止めつつ、これからも変わらずひとりひとりのお客様を大切にしていきます。


この発信はSNSを通じて広まり、多くの人に称賛されました。批判していた人の多くも納得する形となったのです。何よりもスープストックトーキョーの理念がきちんと伝わり、かえってブランドが磨かれました。それはすでに同社のブランドが出来上がっていたこともあると思いますが、炎上したときであっても、自分たちの言葉できちんと発信したからでしょう。

経営者自身の発信は信頼につながる

2021年、あるECサイトがSNSで話題になりました。

そのサイトには、建設予定の別荘の完成予想図と「今すぐ購入」のボタンがありました。別荘の金額は8億円。アマゾンで買い物をするときと同じように、8億円の別荘をカートに入れる。そのこと自体が話題を呼び、バズっていたのです。ただ、その時点では「少し怪しいな……」「ほんとに建つのかな?」と思っていた人も多かったでしょう。

実はこれ、「NOT A HOTEL」というスタートアップ企業が展開するサービスです。NOT A HOTELのビジネスモデルを簡単にお伝えすると、別荘のパースをCGで作って先に購入者を募り、費用が集まったら実際に建て始めるというもの。

創業者の濵渦伸次さんは、アラタナというEコマースの会社を立ち上げた経営者です。その後、ZOZOの創業者である前澤友作さんに評価され、アラタナはM&AによりZOZOグループ(当時はスタートトゥデイ)に入ります。濵渦さんはZOZOテクノロジーズの取締役を経て、2度目の起業でNOT A HOTELを立ち上げたのです。

この事実を知っていれば「8億円をカートに入れる」と聞くだけよりも、信頼できるのではないでしょうか?「前澤さんに評価された経営者がやってるんだ」「2度目の起業なら信用できそうだな」と思った方も多いはずです。濵渦さんはもともとSNSで活発に発信している経営者でしたが、サイトがバズった当時はNOT A HOTELを作ろうと思ったきっかけや前澤さんとの関係については広く知られていませんでした。

そこで濵渦さんは起業のきっかけや自身の経歴を改めてまとめ、「僕がNOT A HOTELを始めた本当の理由」というnoteを公開しました。すると、この記事をきっかけに濵渦さんと同社への理解が広まっていき、「そういう人がやっている事業なら信用できそう」「個人で別荘を買おうと思っていたけれどNOT A HOTELを買ってみようかな」という人が増えていったのです。

事業が素晴らしいこと、プロダクトが最高であることは重要です。一方で、それだけでは「信頼」に到達することは難しい。まったく新しい事業、これまでにない事業であればなおさらです。そういうときこそ経営者個人がきちんと前に出て、経歴や人となりを伝えることが重要になります。SNSで経営者個人が発信することで、経営者自身の信頼が醸成されていくだけでなく、会社への信頼にもつながっていくのです。

「ブランディング」とは真実を告げること

ナイキやユニクロのブランディングを手がけたことでも有名な、ジョン・ジェイという世界的なクリエイティブディレクターがいます。

彼は「ブランディングとは真実を告げることである」と語っています。

一般的にブランディングと聞くと、うまいコピーを書いたり、オシャレなデザインのサイトを作ったり、カッコいい映像を作ったりすることを想起しがちです。「よく見せようとすること」がブランディングだと思いがちです。しかしジョン・ジェイ氏は、あくまで「真実を告げること」だと言うのです。彼の作るCMの多くがドキュメンタリータッチなのもそこに由来しているのでしょう。いわゆるファンタジーとして夢を見させるのではなく、真実をそのまま告げる。それこそが「信頼」につながるのです。

特に今はSNSの時代です。着飾ってウソっぽいものを出してもメッキは簡単にはがれてしまいます。それよりも経営者がやるべきなのは、より魅力的な真実を生み出すこと。そして、その真実をそのまま発信すること。それこそが最高の「ブランディング」です。

タッチポイントを1つに絞るメリット

ちなみに経営者自身がメディアとなり、発信の主体を「経営者」に絞ることは、受け取る側から見ても理に適っています。

従来の企業の発信は「面」で行いがちでした。コーポレートサイトや広報による発信、オウンドメディアや外部メディアを通した発信など、発信を強化しようとすればするほど、企業は発信する人数や情報量を増やそうとします。しかし問題は、消費者側にそれだけの情報を受け取る体制がなくなっていることです。スマホやブラウザの向こう側の人たちは、XやFacebookを眺めたり、NetflixやYouTube、TikTokを見たりするのに大忙しです。そんななか御社の情報を受け取ってもらえるというのは幻想に近いのです。

そこで企業と受け取る側の人たちとの接点を「たった一点」にすることが有効なのです。少なくとも発信の初期フェーズでは「経営者を消費者との唯一のタッチポイントに絞る」ことは理に適っています。まず突破口を作るのが先。会社として「面」で発信していくのはその後でも遅くありません。

ビジョナリー・カンパニーと経営者の言葉

「言語化」は経営そのもの

発信に躊躇している経営者でも、その前の段階である「言語化」に関しては、その重要性に異論はないはずです。ビジョンを定め、経営の方針を提示し、日々の決断を下していく。その際に自らの思考を言語化しないことには会社は進んでいきません。そう考えれば、言語化はむしろ「経営そのもの」です。

僕が言いたいのは、言語化を強化するためにも発信をしたほうがいいのではないか、ということです。もちろん言語化をするだけでも価値はありますが、発信というゴールがあるからこそ、言語化の量と質が上がっていくというのは往々にしてあります。「インプットをするためにはアウトプットの機会を作るといい」というのはよく聞く話。発信という機会があるからこそ、良質な言語化ができるのです。

経営者の脳は最強の「事業開発室」

自分の考えを言語化しているうちに「ああ、だから私はこの事業をやりたいんだな」と再確認したり「僕は会社をこうしていきたいんだな」と気づいたりする瞬間があります。心の中のモヤモヤしている思いに「輪郭」を与え、より明確にしていくことで、思わぬ収穫があるのです。

ときにはそれが新規事業を生み出すきっかけになる経営者もいます。言語化する過程でふと新しいアイデアが浮かんでくることがある。外から見れば、ただのXやnoteでの発信に見えるかもしれません。しかし、自分の考えを整理してまとめて発信するというのは「事業開発」にもつながる大切な行為。発信におけるプロセスとその効果・価値というのは思った以上に大きいのです。その意味で、経営者の脳は最強の「事業開発室」と言えるのかもしれません。その開発室が最大限稼働できるように刺激を与えてあげる。それは会社にとっても重要だと思うのです。

「言葉」に人とお金が集まる時代

しかも今は、言葉のパワーがかつてないほど高まっています。先が見えない時代ほど、「言葉」に対して人とお金が集まってきます。

Uberという会社はご存じでしょう。アメリカに本社を置く、配車プラットフォームやフードデリバリーサービスなどを提供する会社です。創業者であるトラビス・カラニックは「これからは移動したいときにすぐ車が呼べるようになる!タクシーはなくなって、世界中がUberだらけの時代になる!」などとアピールすることで1兆円近い資金調達に成功しました。これは創業者および、それに共感した経営陣や社員の「言葉」を信じて、共感した人が多かったからこそ起きたことです。

先が見えない時代においては「世界はこうなっていく!」という未来を指し示した人、そしてその未来に対して共感を集めた人のところにお金と人は集まっていきます。そして、発信の主体は経営者がベストです。今こそ経営者が前に出て「未来はこっちだ!」と社内外に示してほしいのです。

「会社の発信」を考えたとき、カッコいい動画を作ったり、派手なイベントをやったりする経営者は多くいます。キャンペーンをやったり、町に看板を出したりする経営者も多い。でもまずは自分が考えていることをきちっと「言語化」すること。そして、それを伝わるように「発信」することです。ブランディングも、PRも、営業も、採用も、IRも、そこがないことには骨抜きになってしまいます。

経営者の言語化と発信は最優先事項なのです。

ビジョナリー・カンパニーへの道は「経営者の言葉」から

時代を超えて残り続けている企業の共通点とはなにか?それを長年にわたる地道な調査によって解き明かしたのが『ビジョナリー・カンパニー』です。

同書はマッキンゼー出身のジェームズ・C・コリンズらによって書かれた、言わずと知れた名著であり、P&Gやソニー、アメリカン・エキスプレス、IBMなど、時代を超えて業績を上げ続けている「ビジョナリー・カンパニー」と、そうではない企業の違いがまとめられています。

意外なことに「ビジョナリー・カンパニーを生み出すために、カリスマ的な指導者は必要ない」と同書では結論づけています。やるべきことは、まず「基本理念」を明文化すること。そしてそれを組織全体に浸透させること。さらには理念を「進化」させていくことで時代の変化に対応していくことが重要だと言います。

ソニーの創業者の1人、井深大氏は会社の基本理念である「設立趣意書」を作りました。その一部がこちらです。


一、真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設

一、日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動

一、戦時中、各方面に非常に進歩したる技術の国民生活内への即時応用


驚くべきは、このビジョンが資金繰りもままならない創立後1年ほどの時点で作られたものであるということです。社員7名、貯金19万円からのスタート。今となっては誰もが知る巨大で素晴らしい会社になったソニーも、創業当初は炊飯器や和菓子、粗雑な電気座布団などあらゆるものを作って必死に食いつないでいました。そんななか「技術者が力を発揮できるような自由で愉快な工場を作ろう」「日本の再建、文化の向上に寄与しよう」と高らかに宣言したのです。

もしこの「設立趣意書」がなければ、今頃は「電気座布団の会社」もしくは「ラジオの会社」になっていたかもしれません。もしくは、存在していなかった可能性もあります。創業期にまず基本理念を掲げたことで、ソニーは「ある特定の製品を作る会社」ではなく、理念を追求するビジョナリー・カンパニーに進化することができたのです。

『ビジョナリー・カンパニー』で印象的なのが「永続する偉大な企業を作りたいなら、時を告げるのではなく時計を作りなさい」という教えです。経営者自らがカリスマとなって、その都度指示を出すことは「時を告げる」行為でしょう。一方で、会社の理念、パーパス、会社の存在意義を言葉にして残すことは「時計を作る」行為です。

ビジョナリー・カンパニーを生み出すうえでも、まずは経営者の思考を言語化して「時計を作る」ことは必須だと言えるのです。

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Chapter2 「経営者の言葉」がもたらす計り知れない効果

経営者の発信、5つのメリット

経営者が発信し始めると具体的にどんなことが起こるのでしょうか?

この章では、この5年間、経営者をサポートする中で見えてきた「発信のメリット」を改めてお伝えします。すでにその重要性について理解している方はこの章は読み飛ばしていただいて構いません。

結論から先にお伝えすると、主に次の5つです。

◎ 知名度が上がる
◎ 会社のファンができていく
◎ 採用の量と質が上がる
◎ 社内のモチベーションが上がる
◎ 投資家・株主に届く

ひとつずつ説明していきます。

知名度が上がる

「知られる」というのは、あらゆる企業活動におけるスタート地点です。

知らなければ、その会社の商品を買うこともできませんし、採用に応募することもできません。株を買うこともできません。選択肢にすら入らない。当たり前ですが、まず知られるというのは、あらゆる活動のベースとなります。

名前が知られているだけでもいいのです。まったく知らない企業のサービスと「名前は聞いたことがある」「ネットで見たことがある」企業のサービスがあって、どちらも中身が同じだとしたら後者が選ばれるのではないでしょうか。

かつては「自社を知ってほしい」と思ったら、大きな自社ビルを建てたり、駅前に看板を掲げたり、メディアに露出したりする必要があったかもしれません。

でも、今はSNSがあります。オンラインで知られていればいい。逆に言えば、どんなにいい会社でも、どんなにいい事業をやっていたとしても、ネット上に情報がなければ「存在しない」のと同じになってしまうような時代なのです。

現代において「初対面」はオンラインであることがほとんどです。

思い返してみると、あらゆるニュースや、新商品、新サービス……これらの情報をインターネット、特にSNSで得ていることに気づきます。有名人の結婚をXで知る、新しいコンビニ商品の存在をFacebookで知るなど、人も、モノも、サービスも「新しいものごととの出会いはSNS」というケースは爆増しています。であれば、企業が知名度を上げる上でSNSを使うことは必須とすら言えます。

ちなみに「SNS疲れ」という言葉も出てきましたが、結局人類はSNSから離れることはできないと僕は考えます。人間の脳にとって都合がいいからです。

脳というのは、人体が使う1日のエネルギーの5分の1ほどを使います。体重比ではわずか2%程度にもかかわらず、膨大なエネルギーを消費する。だから、脳はなるべく「休憩したい」のです。SNSというのは、そんな「省エネ」の脳にはうってつけです。養老孟司さんはスマホに依存してしまう理由について「指を動かしているだけで、ラクだから」と説明しています。

知られるためには「人」が前に出ることがいちばん

会社の発信であっても、まず「人」が前に出ることです。

SNSの世界では、人間はより人間らしく振る舞います。人間の特性がもろに出る。人は人に感情を抱く生きものです。人は人に興味を持ちます。よって「企業を知ってほしい」という場合でも、まずは「人」である経営者が前に出ることが有効なのです。

経営者の知名度が上がったからといって、すぐに会社の売り上げや業績が上がるわけではありません。それでも「知られる」ことはビジネスに好影響があります。情報の海のなかでひときわ強い光を発する。それだけで競合他社と差別化することができるからです。

また、SNSからの「波及効果」も期待できます。Xの発信やnoteの記事が話題になると、ほかのWEBメディアから取材が来たり、ラジオやテレビへの出演が決まったりもします。出版の依頼が来ることもある。さまざまな媒体に露出する機会を得られればさらに幅広く、人に知られていくでしょう。

お客さんというより「ファン」が増えていく

「好き」という感情は最強

経営者が発信を続けていくと、その会社や商品の「ファン」が生まれていきます。お客さんというよりも「ファン」です。

今の日本のビジネスでは、高機能の製品、気の利いたサービスなど「品質が高い」というのは当たり前になっています。そのような中で選ばれる存在になるには「その会社が好き」とか「この会社を応援したい」という気持ちを持ってもらう必要があります。

そのときに効果的なのが「経営者の言葉」です。経営者が自分の言葉で生の声を発信していると、消費者・ユーザーは自然とその熱を受け取って、「いいね」「好きかも」という感情を抱くようになります。この「好き」という感情は最強です。「好き」を獲得できれば、機能や品質、デザインを超えて、その会社を選んでくれるようになります。魅力的な発信を続けられれば「もうその会社じゃないとダメ」「やっぱりこの会社のサービスがいい」といったコアなファンになってくれるはずです。

「安ければ買う」というのが「お客さん」です。一方、「ファン」であれば高くても買います。高くても買う理由は「好きだから」です。

SNSのない時代にファンを作るのは難しいことでした。買う瞬間だけお付き合いする「お客さん止まり」になりがちだったのです。でも今は、直接経営者の言葉を届けることができます。SNSやnoteなどで企業の雰囲気や経営者の人格を継続的に伝えていく。するとだんだん「お客さん」から「ファン」に近づいていきます。買う瞬間だけでなく、その後も継続的に、それこそ親戚のようにコミュニケーションを取ることができるので、「お客さん」以上の感情が生まれていくわけです。

「ファン」が「社員」になる

ファンが増えていくことは、企業活動全体にもいい影響を及ぼします。

「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムは、ファンの多い会社です。そのクラシコムの従業員は、9割以上が「元お客さん」なのだそうです。コアなファンが入社したら、それは事業や会社について深く理解している従業員になります。カルチャーを理解している人がいきなり社員になる。この価値はすごく大きいはずです。

人はさまざまな面を持っています。生活のどこかの場面ではモノを買う「お客さん」であり、働いていたら何かを提供する「従業員」であり、株式で資産運用していたら「投資家」の一面もあります。企業とファンは「企業と消費者」という一面的な関係を超え「企業と採用候補者」「企業と投資家」といった多面的な関係になりうる。企業に共感した人びとはそれぞれの市場を行き来して、企業と関わってくれます。

企業側は、商品市場や人材市場などそれぞれの市場に対して個々にアピールするというよりも、きちんと「人対人」のコミュニケーションを取り、共感を得て、好きでい続けてもらうコミュニケーションを取ることが大切です。企業活動の中心にいる経営者が発信することで、すべての市場にいい影響をもたらします。すると会社はいいスパイラルに入ることができ、サステナブルで健全な経営ができるようになるでしょう。

経営者自身が「売り子」になる世界観

くまモンの生みの親としても有名なクリエイティブディレクターの水野学さんは「今は江戸時代の商いの作法に戻っている」とインタビューでおっしゃっています。


SNSが台頭して久しく、何か欲しいものがあったらウェブを検索してランキングを見たり、口コミをチェックしたりすることは今では普通になりました。どこかで広告を見かけたとしても、その情報だけで買う人は少ないと思います。

そんな口コミが主流になった今は、「江戸時代の商いの作法」に戻っているんです。江戸時代は、商品自体に魅力があることはもちろん、お店の佇まいや商人の所作が美しいことなどが評判に直結していました。


江戸時代の商いはシンプルだったはずです。お店があり、店主がいて、「この海苔安いよ!」「お団子はいかが?」などとお客さんに直接声を掛けていたでしょう。

それが時代を経るにつれて、お店は大きな会社になり、店主は何百人もの社員を抱える経営者になりました。商品は卸売を通して小売に届くようになり、お客さんとは間接的にやりとりするようになりました。

作り手の声をお客さんに伝えるのも一苦労です。広告代理店やマスコミを通すようになり、その構造はとても複雑になりました。たとえば森永製菓の社長が、お客さんに直接「新しいチョコボールが出たよ〜。買ってね!」と声をかけて、お客さんが「それください!」というやりとりを見かけることはありません。

しかし、SNSの登場により、それが可能になってきたのです。SNSの世界では個人と個人が直接つながることができます。経営者からお客さんに直接声を届けることができる。つながることができる。SNSでのビジネスは「江戸時代の商い2・0」と言ってもいいのかもしれません。

中国のメーカー「シャオミ」のSNS戦略

SNSをうまく使えば、企業は広告を介することなく商品そのものの魅力を伝えることができます。経営者自身が自社の「売り子」となって「うちの会社は成長できるよ!」「うちの社風はこんな感じだよ!」と店前に出て伝えることもできます。

中国のスマホメーカー、シャオミの創業者である雷軍(レイジュン)氏をご存じでしょうか? 彼はSNSを駆使して影響力を広げ、多くのファンを生み出していきました。

2023年の売上高が約5・7兆円と、今や大企業に成長した同社ですが、2010年の創業当時、彼が力を入れていたのはSNSでした。中国のSNS「ウェイボ」でシャオミの製品について発信し続け、賞賛や批判が来たら、そのままリツイートしたりコメントを返したりしていました。ファンから寄せられたアイデアのなかで優れたものがあると、それを多くの人に広めたりもしました。優秀なファンをシャオミに入社させたりしたこともあるそうです。

雷軍氏はユーザーをただのユーザーではなく「友だち」と捉えています。どんなに忙しくても、ファンとの交流を優先させます。シャオミのファンを「ビーフン」と呼ぶそうですが、定期的に「ビーフンフェア」という盛大なファンミーティングを開き、直接ファンと交流するだけでなく、プレゼントを贈ったりもするといいます。

つい「経営者自らそんなことまでしなくても」と思ってしまいますが、彼からすれば当たり前のことをやっているだけなのでしょう。シンプルに「商い」として見れば何ら不思議なことではない。むしろ、SNSというツールがあるのに直接ユーザーとコミュニケーションを取ろうとすらしないほうがおかしいようにも思えてきます。

採用がうまくいく

あまりにも企業の情報がない

山田進太郎D&I財団COOの石倉秀明さんという方がいます。

石倉さんはリモートワークや新しい働き方に関する研究室「Alternative Work Lab」の所長でもあり、転職やキャリアについて深い知識をお持ちです。

石倉さんがもともといた会社を辞めたときのこと。転職エージェントを利用して転職活動を行い、スカウトのメールを100通以上受け取ったそうです。そのときの気づきを、Xにポストしていました。その一部を引用します。


- noteとかSNSなど会社、事業、組織などのことがわからないと話してみようとならない
- 残念ながら多くの会社は話してみるどうかを判断するくらいの情報量がネットに落ちてないので、検討から外れる
- 記事があったとしても社員紹介しかないと不足してる感じ
- もっと事業、会社、社長のこと、考え方、価値観など多面的にわからないと判断できない
- そしてこれを満たしてる会社は超少ない - ほとんどの会社は「話してみようと思ってもらえる」までのスタートラインにすら立ってない


転職エージェントなどからスカウトが来たら、たしかに会社名を検索して調べますし「どんな人が経営してるんだろう?」と思えば社長の名前を検索します。そこで情報があまり出てこないとそもそも「話してみよう」とは思わない。石倉さんの感覚は多くの人の感覚と同じだと思います。僕自身もかつて転職を考えたとき、よくある社員インタビューや働き方に関する記事だけでは「この会社に応募してみよう」とはなりませんでした。

では何が必要なのかというと「その会社が何をしてきて、どういう価値観を持っていて、どんな事業をしていて、どこへ向かおうとしているのか?」という多面的な情報です。そしてそれを経営者自身が生の声で伝えることができればベストです。

船で例えるなら、船長がどういう人かがわからないのに、その船に乗り込もうと思う人は少ないでしょう。船がどちらに進むのかわからないのに、その船で航海したい人は少ない。特に優秀な人ほどその傾向は強いものです。

経営者からすれば「ホームページにビジョンも理念も書いてある」と思うかもしれません。しかし、前述したように経営者自身の言葉で「この会社は〇〇を目指している。そのために△△の事業をやっている」と語るべきなのです。それでようやく、応募先の候補に入ります。

高額のオファーは他社もやっています。優秀な人は高額オファーだけではなびきません。ぜひ経営者が何を考えているのかを伝えてください。

嘘のように入社希望者が増えていく

経営者が発信することで目に見えて効果があるのが「採用」です。

サイバーエージェントの藤田晋さんが創業当初からブログを書いていたことは有名です。「インターネットの会社なのだから、自社のホームページも面白くしよう」と思って始めただけだったようですが、採用にも大きな効果があったことが『渋谷ではたらく社長の告白』(アメーバブックス)には綴られています。


会社を興した1998年、この年の7月25日から、私は会社のホームページ上で日記を書き始めました。

〈中略〉

後にこの日記は、考えていた以上の効力を発揮することになったのです。

「社長の日記を読みました。ぼくも大企業ではなく、ベンチャーで働くほうが潔いと思ったんです」「社長の日記を読んで、この会社の将来性を確信しました。私も参加させてください」「ベンチャーって、楽しそうですね。社内の雰囲気が伝わってきます」

あれほど苦労していたのが嘘のように、サイバーエージェントへの入社希望者が増え始めたのです。


企業発の無機質な情報ではこうはならないでしょう。経営者という個人による「体重の乗ったコンテンツの発信」だからこそ、あらゆる採用候補者に届くのです。

検索で出てくる情報がポジティブになる

発信が積み重なっていくと、それはネット上に「ストック」としても溜まっていきます。それが求職者の目に止まれば、ポジティブな印象を与えることができます。

今や求職者がSNSなどで情報を集めるのは当たり前です。就職活動、転職活動は人生が決まる一大事なので、多くの人が企業のことを調べ尽くします。いざ入社してみて、ブラック企業だったりヤバい経営者だったりして辞めるに辞められなかったら……人生がめちゃくちゃになります。モノを買うときの何百倍もその会社について調べるでしょうし、それだけ企業の発信は見られています。

求職者が会社名や経営者の名前で検索したときに、ズラッと並んだ情報の中に、会社の悪い口コミや変な噂話が出てきたらどうでしょうか? 逆に経営者が熱く語っている記事やこれまでの苦労話が出てきたら、信頼性は高まるはずです。さらにはそこにいいコメントがついていたり、社員がそれを引用して盛り上がっていたりしたら「この会社はビジョンがあって、それに共感した社員が集まってるんだな」ということも伝わります。

情報発信というのは一時的な話ではありません。ポジティブな発信を続けていれば、それはネットの海に資産として溜まっていき、求職者が検索したときにきちんと届けることができるのです。

「カルチャーフィット」した人を獲得できる

スキルフィット、カルチャーフィットという言葉があります。

「スキルフィット」とは、会社が求めるスキルと社員が持つスキルが合っていることです。「会社の雰囲気には合わないかもしれないけれど、能力が高いから採用しよう」という場合はスキルフィットです。

「カルチャーフィット」とは、社風が合っていたり、会社のことをよく理解していたり、会社の文化に適応していることです。「能力は未知数だけど、いい人だし、会社について理解も深いから採用しよう」という場合はカルチャーフィットです。

即戦力を求める場合はスキルフィットする人材を採用するケースもあると思いますが、中長期的にはカルチャーフィットする人材を重視したほうがうまくいきますし、実際にカルチャーフィットを重視する会社は増えています。

これには時代の影響もあるように思います。

みんなが同じ「モノサシ」の上で競争していた成長社会ならスキルフィットの人だけを集め、それぞれが自分の仕事を粛々とやっていても会社は成長していったのかもしれません。しかし今は「モノサシ自体を選ぶ社会」と言えます。企業は自社のモノサシを提示して共感する人を集める必要があるのです。

企業はすでに「選ばれる」側である

前述したコーポレイトディレクション代表取締役の小川達大さんも「かつての成長社会は決まったモノサシの上で頑張る社会、現在の成熟社会はモノサシ自体を選ぶ社会である」と仰っています。

高度経済成長期は、安くていいものを大量生産することがよしとされていました。企業も人も、そのモノサシの上で競争していたのです。小川さんも「経済成長している時期というのは基本的にはモノサシは揃いやすい」といいます。

一方で今は、働き方、生き方、モノやサービスの選び方など、あらゆる場面において人それぞれの「モノサシ」があります。「何がうれしいか?」「何を大事にしたいか?」が人によって違う。よって企業の情報発信においても「うちはこういうモノサシで経営しています」と、企業として大事にしていることや、物事を評価する基準を提示する必要があります。そうしないと、モノサシがバラバラな現代は、共感する人が集まってくれません。

その会社に共感する人が集まるということは、モノサシそのものが競争優位性になり得るということ。よって「カルチャーフィット」している人が社内に多いほうが優位であり、競争に強いのです。

今後、人材獲得競争はどんどん激しくなります。2023年の有効求人倍率は1・31倍と2年連続で上昇しています。2030年には644万人もの人手不足になると予測しているデータもあります。

企業はすでに「選ばれる側」なのです。

大企業だってうかうかしてはいられません。新進気鋭のベンチャー企業なども出てくるなかで、選んでもらわなければいけない。求職者には立派な履歴書の提出を求めるくせに、企業側からは何も発信しないというのはおかしな話です。きちんと会社や経営者の哲学、思い、文化を伝える必要がある。つまり企業側も「履歴書」を提示しなければ、優秀な人材から選んでもらうことはできないのです。

リファラル採用が増える

僕がこれまでお手伝いしたクライアントからは、よく「リファラル採用が増えた」と言ってもらえます。リファラル採用とは、社内外の信頼できる人に採用候補者を紹介してもらうことです。

リファラル採用のメリットは、会社に共感してくれる人や会社の文化や価値観に合った人が集まりやすいことです。支援先のマーケティング会社は「X経由の採用がほぼ100%になった」と話していました。代表の方はnoteでこれまでの自分の半生を綴ると同時に「これからこうしていきたい!」という熱い思いを日々Xで発信し続けています。すると、彼をフォローして発信を見ていた人が共感してくれるようになり、採用に応募する人が増えたのです。

エージェント経由で採用する場合は、サイトに登録している人の中から会社に合いそうな人を見つけ、一生懸命口説く必要があります。そこまでしても、別の会社に行かれてしまうこともある。しかしリファラルであれば、それらを効率よく進めることができます。SNS経由なら、DMでやり取りをして、すぐに採用することだって可能です。

採用コストが減る

採用コストが減らせることも大きなメリットです。

大手の採用エージェントに頼ると、採用した従業員の年収の何割かを支払う必要があります。採用すればするほど、費用は嵩んでいきます。一方で経営者自身が発信をして直接人を集めることができたら、その分のコストは必要なくなります。

リクルートの調査によると一人あたりの採用コストは年々増えています。2019年度の新卒者の採用コストが一人当たり約72万円だったのに対し、2020年には約94万円。中途採用者においても、2018年が83万円だったのに対し、2019年には約103万円と増加しています。

採用エージェントにずっとコストを払い続けるか、経営者の発信により自社のブランドを構築しリファラルを強化していくか。どちらを選びますか? という話なのです。

社内に届く

社外に発信することでいちばん届くのが「社内」

少し前であれば「来年度は売上何十億を目指します!」「新たにこんな事業をやります!」と社内に伝えるだけで、頑張ってもらえました。しかし今は、それを言うだけでは社員はなかなかついてきてくれません。

モノサシを選ぶ時代になっているからこそ、数字だけを掲げても「なぜ自分はこの仕事をやっているのだろう?」「このまま続けていて大丈夫かな?」という迷いが生まれてしまうからです。数字だけではなく、その裏側の思いも伝える必要がある。そのときに経営者の直接の言葉というのは大きな影響力があります。経営者自身が考えを発信し続けることで、会社は少しずつ「ひとつ」になっていく。発信することで、社員は迷わなくなり、社内の結束力は高まっていきます。

「そんなことはわかりきっている。私は毎日社員にビジョンを伝えている」。そうおっしゃる経営者の方も多いと思います。日々の思いは社内ブログに綴っているし、毎週の会議で何度も思いを伝えているから大丈夫だ。そんな経営者にお伺いしたいのが「それって、ちゃんと伝わっていますか?」ということです。

実は「社外」に発信することで、いちばん届くのは「社内」なのです。社内向けの内容であっても、あえて社外に発信することで「まわりまわってインナーコミュニケーションに効く」というケースは多くあります。

例えば経営者の年頭挨拶があったとして、その内容を覚えている社員はどれだけいるでしょうか?僕が会社員だったころは社内報がメールに添付されてPDFで送られてきていましたが開いてすらいませんでした。総務の人が頑張って書いてくれていたと思うのですが……開いていないから伝わりません。

でも、もし自分の会社の経営者がSNSをやっていたら見るのではないでしょうか?新聞に経営者のインタビューが載っていたり、自分の会社のnoteがバズっていたりしたら、どうでしょうか?社内の人がいちばん注目するはずです。社内向けの内容をあえて外部に発信し、まわりまわってインナーコミュニケーションに効くとはこういうことです。自分の父親に家でガミガミと説教されたら聞く耳を持ちませんが、PTAの総会などで挨拶をして、それが評価されていたらものすごく届く。それに似ています。

中川政七商店の社長である中川淳さんも『ビジョンとともに働くということ』(祥伝社)の中でこう発言されています。


そもそも社長の言うことなんて社内では誰も聞いちゃいないんですよ。社長が朝礼で何かいい話をしたところで、右から左。僕の場合それをどうやって伝えてきたかを振り返って考えてみたら、社外をうまく使っていたんですよね。

たとえば僕がテレビや雑誌などのインタビューを受けて何か喋ったり、著書が出たりすると、みんなちゃんと興味を持ってくれるんです。ふだんから社内で同じ話をしてるのに(笑)。でも、そうやって社外のメディアなどを通して見聞きすると、初めて僕の言葉が腹落ちする。最初の著書を出したときには、いろんな社員から「やっと社長の考えてることが理解できました」と言われました。

〈中略〉

いったん社外に出てから社内に返ってくると、腹落ちしやすい。インナーブランディングは基本的に何度もしつこく言い続けるしかないんですが、もうひとつだけ手段があるとしたら、社外をうまく使うことなんです。


社外での評価は社員の「自信」になる

「識学」という経営コンサルティングの会社があります。

数年前までは、知名度はあるものの少し怪しい印象がありました。ときには「宗教っぽい」「軍隊っぽい」というイメージを持たれることもあったそうです。

そんな中、社長である安藤さんはTwitterやnoteでマネジメントに関するコンテンツを発信し始めました。するとフォロワーは劇的に増えていき、noteにも多くの「スキ」がつくようになりました。「学びになった」「共感した」という声が増えてきたのです。

社長の言葉が社外で認められるようになると、社員のモチベーションも上がりました。「世の中に役立つ仕事をしているんだ!」「日本を変えるような意義のある仕事をしているんだ!」という思いが強まり、社員はますます誇りを持って仕事ができるようになったそうです。

まずは社内向けのコンテンツをオープンにして発信してみるのもひとつの手です。

僕自身「顧問編集者に求めるもの」というnoteを社外に公開したことがあります。顧問編集者に求めるスキルを「姿勢」「技術」「マネジメント」の項目に分けて箇条書きにしたもので、これを全てクリアできる人は少ないだろうと思うような厳しめの内容です。

このとき、社外に発信することで社内の人がいちばん見るということを体感しました。noteを公開した数日後、社員が編集者の集まりに行くと、件の記事を読んでいた編集者が何人もいて「あの項目をクリアされているなんて素晴らしいですね!」「厳しいけど編集者に必要なスキルですね!」と声を掛けられてうれしかったと言います。

もし社内向けに配布しただけだったら、その場では読むかもしれませんが「厳しいなぁ」と思われるだけで終わっていたでしょう。外で承認を得たからこそ、納得してもらえた。社員により深く伝えるには、社外の評価を得ることがもっとも効果的なのです。

インナーコミュニケーションを強化したい企業ほど「社外」への発信を強化することをオススメします。

投資家・株主に届く

投資してもらうには、まず「知っている会社」になれ

投資の場面においても「まずは会社を知ってもらう」ことがスタートになります。

新NISA制度も始まり、投資に関心を持つ人はますます増えています。債券や投資信託から始めてみて、個別の株にも挑戦してみようと思った人が、数多ある会社の中からどのように投資先を選ぶのか?まずは「知っている会社」を見る人がほとんどでしょう。

僕も投資の初心者ですが、個別の株はJR東日本やANAホールディングスなど、知っている企業ばかりを買っています。あまり知られていない優良株もあるだろうなと思いつつ、手をつけていません。僕のような人は多いはずです。

知名度がある、というのは投資対象としても選択肢に入ることを意味します。日清紡ホールディングスやニデックなど、名前を覚えてもらうためだけに作られたCMをたまに見かけますが、これらは採用はもちろん、株価にも影響が出ているはずです。どんな会社かはわからないけれど、名前は聞いたことがあるから見てみようかなと思う人は多いでしょう。経営者の発信はテレビCMほどの威力はないかもしれませんが、その波及効果を考えればとても有効です。

投資家は「経営者」を見ている

エンジェル投資家の知り合いは、どの会社に投資するか判断するとき、かならず見るのは「経営者」だといいます。「事業が不振になってもまた復活できそうか?」「メンタルを病んでしまわないか?」といった部分を見るのだそうです。ビジネスモデルや事業内容ももちろん見るのですが、事業は100のうちひとつしか当たらないくらい難しいこと。よって、事業よりも経営者のレジリエンス(我慢強さ、辛抱強さ)を見ていると教えてくれました。

以前、その投資家が投資している会社の経営者に会ったことがあります。その経営者は、まだ20代なのに何十億円もの資金調達に成功していました。「どんな人が来るのだろう」とドキドキして待っていると、Tシャツを着て薄い色のサングラスをかけた兄ちゃんが現れたのです。僕からすると「面白い若者だな!」という感じだったのですが、果たして彼が経営者として成功するかどうかはわかりませんでした。

僕は後日その知り合いの投資家に「なぜこの会社に投資したんですか?」と聞いてみました。すると、「彼って、ふてぶてしくて自信家で、鬱にはならなそうでしょ?謙虚さは足りないかもしれないけれど、それが起業にとても向いているんですよ。優しい人ほど社員のことを思いすぎてふさぎこみがちで、そういう人に投資するほうが怖いんですよね」と話してくれました。

投資家は「事業をこれからどうしていくか?」「売上はどうか?」といった部分も見るのですが「この経営者はどういう人間か?」をすごく見ている。「この経営者はちゃんとやっていけるのか?」「この人は変なことをしないか?」といったように「人」を見ている。だからこそ、経営者が情報を出し続けることが「人となり」を伝えるうえでも大切なのだと思うのです。

以前お手伝いした二次流通マーケットのプラットフォーム事業を手掛ける上場企業の経営者も「僕の発信を投資家が見てくれているんですよ」と話していました。彼はnoteで会社の自己紹介となるような社史を公開したのですが、反応があったのはSNSのフォロワーや社内だけではなく投資家からもリアクションがあったそうです。「社員に届けばいいと思っていたけど、意外に投資家が読んでいるんですよね」と教えてくれました。

グローバル展開しているスタートアップ企業は、経営者の考えをまとめてLinkedInに公開したところ、欧米の大物経営者やシンガポールのVCの目に留まり、事業展開がスムーズになったと教えてくれました。そのスタートアップ経営者は「自分の会社に共感し、理解してくれる投資家をいかに抱えられるかが重要だ」とつねづねおっしゃっています。

ジェフ・ベゾスの株主あての手紙

投資家にも2つのタイプがいます。ひとつは「安く買って高く売る」だけの投資家です。その人たちは会社に共感しているわけではないので、少しでも株価が下がると売りますし、本当に必要なときには投資してもらえなかったりします。

もうひとつのタイプは会社に共感して投資してくれている人たちです。応援しているから、ちょっとやそっとでは株を売るようなことはありません。安定して経営を続けるためにもこのタイプの投資家を増やすことが大切です。適切に投資してくれる人に出会うためにも、経営者が言葉を届けて共感してくれる人を集めることが重要なのです。

アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏は、1997年の上場以来、毎年株主に向けて手紙を書いています。「長期がすべて」と題された一通目の手紙には、経営者の生の言葉でアマゾンの現状と今後の展望や思いが綴られています。その一部がこちらです。


アマゾン・ドット・コムは1997年、多くの節目を越えました。年度末までに利用者数は150万人を超え、売上は838パーセント増となる1億4780万ドルに達し、競合他社が続々と新規参入し競争が激化する中においても、市場リーダーとしての地位をさらに高めることができました。

ですが、いまはまだインターネットのはじまりの日(Day 1)であり、アマゾンにとってもまた、もし私たちが舵取りを間違えなければ、現時点はまだはじまりの日にすぎません。


その後も続くベゾス氏の手紙で何度も強調されるのは「長期で考えること」の重要性です。今はまだ「はじまりの日(Day1)」なのだと言い続け、アマゾンは短期的な利益を犠牲にしてでも長期的な価値の創造を選ぶ、と何度も伝えています。それと同時に、自分たちの意思決定についてロジカルに数字を交えて丁寧に伝えているのです。

株主や投資家は企業にとって重要なステークホルダーであると同時にシビアな存在でもあります。アマゾンの赤字が続いたとしても株主や投資家が離れなかった要因は、説得力ある説明に加え、経営者自身が言葉を尽くして自らの思いを伝え続けたからでしょう。

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Chapter3 企業の発信は、なぜつまらないのか?

発信すべきは「情報」ではなく「コンテンツ」

「情報」では届かない

ここまでさんざん「発信が重要だ」と述べてきましたが、企業が発信すべきなのは「情報」ではありません。「コンテンツ」です。なぜコンテンツを発信する必要があるのか?そんな話からこの章を始めたいと思います。

今は情報過多な時代です。これまでは情報自体が希少で価値があったため、情報を流すだけでも見てもらうことができました。しかし今は、誰もが発信できるようになり、世界には玉石混交の情報が溢れるようになりました。ただの情報では見向きもされませんし、もし見聞きしてもスルーされることがほとんどです。だから、コンテンツにする必要があるのです。

では、コンテンツとはそもそも何なのでしょうか?

ここ数年でコンテンツという言葉をひんぱんに耳にするようになりましたが、きちんと説明できる人は多くありません。辞書で調べてみると、意味のひとつに「インターネットなどの情報サービスにおいて、提供される文書・音声・映像などの個々の情報。デジタルコンテンツ」とあります。これも、わかるようでよくわかりません。

僕なりにコンテンツを定義するなら「何かしら心が動くもの」です。映画、音楽、マンガ、小説……これらは言うまでもなく、喜怒哀楽などの「感情が動くもの」なので「コンテンツ」です。例を出してみましょう。

次の内容は「情報」です。

株式会社インターネットという会社を設立した。事業内容は通信インフラの整備だ。

次の内容は「コンテンツ」です。

私は東日本大震災を岩手県で経験しました。地震発生後はしばらくインターネットが使えなくなり、普段オンラインで人とつながれたり情報が得られたりすることのありがたみを感じたのです。それがきっかけで、通信インフラを整備する会社「株式会社インターネット」を立ち上げました。

両者を読み比べて、コンテンツのほうは「ああ、そういう思いでやってるんだな」と心が動いたはずです。とにかく何かしら心が動けばコンテンツになりうるのです。

ちなみにコンテンツにするためには、エモいエピソードや表現は必須なのでしょうか?僕は数字が並んでいるただのデータであっても「そうなのか!」と心が動くならコンテンツと呼んでいいのではないかと考えています。

2024年の初めに「スノーピークの2023年12月期連結決算は、純利益が前期比の99・9%減の100万円だった」というニュースが出ました。これはただのデータかもしれませんが、驚いたり、思うところがあったりする人は多かったはずです。こういう驚きのある情報やデータはコンテンツと呼んでも良さそうです。

逆に小説を書いたとしても、その文章によって誰の心も動かないのであればコンテンツではないということです。小説でも何でもないはちゃめちゃな文章でも、誰かの心を動かせたらそれはコンテンツです。コンテンツになり得るかどうかは「感情が生まれるかどうか」が分岐点。この本では、「何かしら心が動くもの」をコンテンツと定義して、話を進めていきたいと思います。

「情報化社会」から「コンテンツ化社会」へ

やや感覚的な話になりますが、これから世界はますます「コンテンツ化」していくと思っています。「映画や漫画などのコンテンツが増えていく」と言いたいわけではありません。「世界自体がコンテンツ化していく」ということです。世界のあらゆるものごとが感情を動かすコンテンツになっていくのではないか。

理由としては2つあります。

ひとつはデジタル化の進展です。コロナ禍を経て、あらゆるものごとがますますデジタルに移行しました。誰もがスマホやPCなどのデバイスを使うようになった。ネットに接続せずに生活することはかなり難しくなりました。

デジタルの世界では仕事もプライベートも「地続き」になります。あらゆる情報が横並びになります。Netflixも、ECサイトも、採用ページも、お役所のサイトも、すべてが横並びになる。そんな中で「ただ情報を置いておく」だけでは多くの人に届かなくなってきているのです。耳目を集めたいなら、よりわかりやすく、よりおもしろくしなければいけない。そんな時代に突入しています。

もうひとつは生活がより高度化したからです。

現代の日本人の多くは、衣食住に困らない生活を送っています。すると人は次に何を求め、何にお金を使うようになるのか?独立研究者の山口周さんは『ビジネスの未来』(プレジデント社)の中で「人類が長らく夢に見続けた『物質的不足の解消』という宿題をほぼ実現しつつある」とした上で、こう述べています。


「便利さ」よりは「豊かさ」が、「機能」よりは「情緒」が、「効率」よりは「ロマン」が、より価値のあるものとして求められることになるでしょう。そして、一人一人が個性を発揮し、それぞれの領域で「役に立つ」ことよりも「意味がある」ことを追求することで、社会の多様化がすすみ、固有の「意味」に共感する顧客とのあいだで、貨幣交換だけでつながっていた経済的関係とは異なる強い心理的つながりを形成することになるでしょう。


豊かさ、情緒、ロマン、そして「意味がある」ことが求められる世界。それは言い換えると「コンテンツ化」した世界とも言えるのではないでしょうか?例えば、水を飲みたいと思ったとき、水道水や適当に買った水ではなく「南アルプスの天然水」や「ボルヴィック」などをわざわざ選んでいたとしたら、そこには自分なりの「意味」があるはずです。その意味の背景には、商品のイメージや企業のストーリーが存在するでしょう。何かしら心を動かすもの、僕の定義する「コンテンツ」が影響しているはずなのです。

衣食住を満たすだけなら、コンテンツは必要ありません。しかし、いいか悪いかは置いておいて、人間はより充実した生活を求める生きものです。人はより豊かで、情緒のある生活を求めます。そういう世界において「コンテンツ」はますます求められていきます。

意味やコンテンツが求められるようになるのは「働く」という分野でも同じです。「お金がもらえるから働く」「生活のために働く」というよりも「この仕事には意味があるのか?」「なぜ、この会社で働くのか?」と多くの人が考えるようになりました。企業であっても「心を動かすようなコンテンツ」を提示できないと選ばれなくなっているのです。

心が動かないものは、存在しないのと同じ

読まれなければ意味がない、届かなければ意味がない

発信を検討している企業から、たまにこんなことを言われます。

「うちの会社はコンテンツを出したいわけではないんですよ。自社の魅力を伝えたいだけ。会社のことを知ってほしいだけなんです」と。

その気持ちもよくわかります。

ただ、じゃあどうすればいいのでしょうか? Xで自社の説明をどんどん発信すればいいのでしょうか?事業内容をnoteにまとめて公開すればいいのでしょうか?

それで果たして、読んでもらえるでしょうか?

前述したように、もはや情報を発信するだけでは届きません。世の中が情報だらけだから埋もれてしまうのです。そこでコンテンツ化によって差別化しましょうというのが僕の提案になります。

言ってみれば、コンテンツは「きっかけ」です。ほとんどの企業はコンテンツを生業にしているわけではないと思いますが、コンテンツは武器になりえます。どんな産業であってもコンテンツを武器にすれば、会社の魅力を伝えることは可能なのです。

読まれなければ意味がない。届かなければ意味がない。心が動かないものは、現代において存在しないも同然なのです。まずは存在を知ってもらえなければ魅力を伝えることだってできません。

より多くの人に届く「コンテンツ化」の威力

経営者の思考も「コンテンツ」にすれば、より多くの人に届けられるようになります。そのイメージをこのような図にしました。

経営者の頭の中には「暗黙知」が詰まっています。個人の経験や直感、言語化できていない知識やスキルなどの暗黙知には、企業を動かし、世の中を変えるような大きな価値があるでしょう。しかし、脳内に留まっていては誰にも伝わりません。そこで必要なのが「言語化」です。言語化、つまり言葉にすれば、まわりの人に伝えることができます。

言語化したものを文章にまとめるなど「情報化」すれば、経営者や会社のことを知っている人たちにも伝わるでしょう。さらに、その情報をコンテンツ化、つまり「何かしら心が動くもの」に加工すれば、業界外の人やこれまで会社を知らなかった人にまで届きます。

これを採用の側面から見てみるとこうなります。

経営者が「こんな人がいたら会社は成長できるのにな」と思っているだけでは暗黙知のままなので誰にも届きません。そこで経営者が考える「こんな人」を言語化します。すると、まわりの10人くらいに届き「社長はそういう人がほしいと考えているんですね」とわかってもらえます。それをきちんと文章に整理してサイトに載せる。すると、関係者やすでにその会社に興味のある人など100人ぐらいが見てくれます。

さらに「こんな人がほしい」という情報にとどまらず「これまでの会社の歴史」「起業したときの思い」「会社が実現させたい未来」などのコンテンツを出します。すると、それまでその会社を知らなかった1000人以上が見にきてくれるようになるという具合です。コンテンツ化にはそれくらいの威力があるのです。

まず広く知られることに注力せよ

こんな相談を受けることもあります。

「エンジニアを採用したいからエンジニアだけに届けばいいんです」「バズらなくていいので社会人5年目くらいの優秀な若手に届けられないでしょうか?」など、一部の人にだけ届けたいという相談です。

もちろん内容を専門的にしたりしてターゲットを狭めることはできなくはないでしょうが、少なくとも発信の初期フェーズでは「届けたい人にだけ届ける」というイメージは捨てたほうがいいでしょう。広く知ってもらう中に、あなたが届けたい人がいるのです。届けたい人がいるなら、まずは広く知られるための発信をすることが有効です。

まず「多くの人に知られる」ことに全力投球しましょう。

知られるのが先。言いたいことは後です。

人はそもそも、知らない人の話は聞いてくれません。これはリアルの場面を想像すればわかることです。いきなりあなたの隣におじさんが座ってきて「あのね、僕のビジョンは食料廃棄をゼロにすることなんだ」などと言ってきたらどうでしょうか?まず真っ先に思うのは「誰?」だと思うのです。「へええ、それは立派ですね!もっと話を聞かせてください!」と答えてくれる人はいません。基本的に知らない人の話は聞かない。だからまずは「知られる」ことが重要なのです。

あなたの会社の知名度はどのぐらいでしょうか?誰もが知っているような有名企業でなければ、まずは知られることを目的にコンテンツを作りましょう。「バズらなくていい」などと言っている場合ではないのです。

この「知られる」という部分をすっ飛ばしている会社は案外多いものです。存在を知られていないのに、自社のよさやビジョンを語る……これでは誰も読みません。

まずは「知らない」という場所から「知ってる」という場所に行く必要があります。僕はこれを「認知の壁を越える」という言い方をしていますが、認知の壁を越えないことには、いかにビジョンを語っても、いかに働き方の魅力を語っても届きません。

ほとんどの会社がこの「知ってる」まで到達していない。逆に言えば「知られている」状態にさえなれれば、何を発信しても聞いてもらえるようになり、無双できます。

企業のコンテンツは「資産」になる

会社の歴史や思いは、誰にも盗まれない資産になる

ビジネスの世界では、あらゆるものが「コモディティ化」していきます。

ビジネスモデル、価格戦略、採用、顧客獲得……どんどん競争が激しくなって淘汰されていき、最終的にどこも同じような場所に落ち着いていく。競合他社と抜きつ抜かれつしながら、なんとか踏ん張ってビジネスを続けていく、というのがよくある光景ではないでしょうか。

このように、あらゆるものがコモディティ化していくビジネスの世界において、唯一盗まれないものが「コンテンツ」です。

例えば会社が歩んできた歴史や創業者の思いは「唯一無二」のものです。それをコンテンツにして多くの人に届けられれば、それ自体が差別化になりますし、誰にも盗まれない資産になります。他社がまねしようとしても、そこだけは絶対にまねできないのです。

差別化できていないと、値段で勝負するしかなくなっていきます。値下げせざるを得なくなると、業績も上がらず、給料もアップできず、いい人材も集まらない……というマイナスのスパイラルに陥るでしょう。差別化できていれば、他社と違う部分で勝負できるので値下げしなくてよくなります。プラスのスパイラルに入っていければ、給料もアップし、いい人材も集まるようになるでしょう。

僕が発信をお手伝いしている経営者に、こんなことを言っていただいたことがあります。

「noteでの発信を続けていくと、絶対に盗まれない資産になりますね。ビジネスをやっているといろいろと追随されますが、このnoteだけは絶対まねできないんですよね」

その会社は、競争の激しい業界に身を置いていて、少し抜きん出たとしてもすぐにキャッチコピーをパクられたり、料金体系をまねされたり、何度も追随されてきたそうです。そんな中発信を続けたことで、いつの間にか誰にも盗まれることのない独自のブランドが構築されたのです。

魅力的なコンテンツを積み重ねていけば、それはやがて「ブランド」になっていきます。

エンジェル投資家であり経営コンサルタントの瀧本哲史さんは『2020年6月30日にまたここで会おう』(星海社)の中でこう語っています。


(「盗まれないもの」とは)その人の人生ですよ。その人が過去に生きてきた人生とか、挫折とか、成功とか、そういうものは盗めないんですよね。「その人にしかないユニークさ」というのが、いちばん盗めないと思います。


音声や動画ではダメなのか?

コンテンツなら動画や音声などでもいいと思いますが、僕はテキストがいちばん「強い」と思っています。いくつかその理由をお伝えします。

ひとつは「長く残るから」です。極端な話、平安時代や江戸時代のことを知ることができるのもテキストで残っているからです。多くの古典はテキストで残っています。昔の映像や音声も残すことは不可能ではありませんが、再生する機械やフォーマットが変わるごとに対処が必要で、誰でも瞬時に見ることは難しい。

何よりテキストは古さを感じさせません。昔の映像や音声だとどうしても古さを感じてしまいますが、テキストであれば戦後すぐのものであっても最近書かれたものであっても、同じように私たちに迫ってきます。「長く残る」「古さを感じさせない」という意味でもテキストがオススメです。

また、テキストのコンテンツは高い検索性があります。今の技術では検索によって動画や音声にたどりついてもらうことは難しいでしょう。テキストなら、オンライン上に載せておけば、検索して瞬時に見つけてもらうことができます。

アクセスのしやすさ、すぐに読んでもらえることもメリットです。たとえば、LINEで届いたテキストは0・2秒くらいで読むことができます。一方動画や音声が送られてきても、音が聞ける環境じゃないと視聴できません。動画や音声はある程度、時間がかかるうえに、いちばん伝えたい内容にたどり着くまでに離脱されてしまうリスクもあります。

さらにはテキストを読むことは能動的な行動です。動画や音声を見聞きするのは受動的な行動なので楽です。しかしその分、右から左に素通りしてしまう可能性も高いでしょう。一方で、テキストを読むことは能動的な行動なので、心に残りやすく、より深く伝えることができます。

会社の発信の先には「サービスを利用してほしい」「採用に応募してほしい」「投資してほしい」という狙いがあります。能動的にテキストを読んでくれる人は、行動に移してくれる可能性も高いでしょう。特に採用の場面では、YouTubeやTikTokなどで適当に見て応募してくる人よりも、きちっとテキストを読んで来てくれる人を採用したいのではないでしょうか? その意味でもテキストでの発信が適切なのです。

もっと言えば、動画や音声などを含めたあらゆるコンテンツは、元を辿っていくとテキストです。動画でも音声でも、収録するときにはある程度決められた台本(テキスト)が必要でしょう。逆に言えば、テキストさえ作っておけば他のあらゆるコンテンツを生み出しやすくなります。テキストで作ったコンテンツを読めば音声コンテンツになりますし、映像化やコミック化なども可能です。いずれにせよ、まずはテキストのコンテンツが必要になる。あらゆる側面から考えて、テキストのコンテンツを作っておいて無駄なことはないのです。

発信よりも事業に集中すべき企業もある

成長ステージに合った施策を

ここまで発信やコンテンツ制作の重要性について語ってきましたが「とにかくどんな会社もコンテンツ制作に力を入れればいい」というわけではありません。コンテンツは万能ではないのです。発信における適切な施策は、企業の成長ステージによって異なります。ここでは、草創期、成長期、成熟期と大きく3つにわけて説明します。

〈草創期〉
この時期は発信に力を入れるよりも、事業を盤石にしたほうがいいとお伝えしています。PRはプレスリリースを中心に、SNSは情報を流す程度でいいでしょう。

〈成長期〉
コンテンツが効いてくるのはこのフェーズからです。事業が軌道に乗って人が増えてきたら、リリースにプラスしてSNSやnoteでコンテンツを発信しましょう。ここでは経営者が前に出て知名度を上げつつ、事業のPRや採用、調達などにつなげていきます。

〈成熟期〉
売上数十億、社員数100名以上、社名やサービス名も知られるようになってきたら、経営者だけではなく社員も含めて会社全体で発信していくといいでしょう。自社の「オウンドメディア」を立ち上げて発信することに合理性が出てくるのがこのフェーズです。ただ、もし企業として成熟はしているけれど知名度はまだないようなら成長期の施策から始めるのがいい判断だと思います。

コンテンツ制作が「無駄な投資」になるケース

企業の成長ステージと発信の施策がズレていると、無駄な投資になってしまいます。

当たり前の話ですが、発信すれば事業がうまくいくわけではありません。事業がうまくいっている上で適切な発信ができるとさらに成長していける、という話です。

たまに草創期の企業の方から「発信を手伝ってほしい」とお願いされることがありますが、僕はまず事業に集中することをおすすめしています。この時点でいかにコンテンツがバズったとしても、それで事業がうまくいくわけではないからです。

例えるなら、草創期のコンテンツ発信は寿司を作ろうとしているのにネタがない状態です。どんなに頑張っても寿司はネタがなかったら作れません。ネタは事業の主体を作ることに集中しないと集まってこない。草創期はまず「ネタ集め」のフェーズとも言えます。

よって草創期はコンテンツというよりも、淡々と情報を流すくらいでいいでしょう。「こういうサービスを始めました」「こういう事業をやっています」といった事実を経営者が発信するのがいい施策です。何度も言いますが、SNSの発信自体が事業を伸ばすわけではないのです。採用や認知度アップには貢献できると思いますが、SNSばかり頑張ることになると本末転倒です。

また、事業が盤石であっても、社名や事業がまだ知られていない成長期に自社のオウンドメディアを立ち上げても、かけるコスト以上のリターンは期待できないでしょう。よく「メルカリのオウンドメディア『メルカン』がうまくいっているから、同じようなメディアを立ち上げよう」「資生堂の『花椿』みたいなフリーペーパーを作ってみよう」といった議論になりがちですが、すでに知名度のある企業のまねをしてもうまくいくとは限りません。自分たちと同じフェーズの企業のうまくいっている施策をまねることが大切です。

この本のターゲットは主に「成長期・成熟期」の企業です。事業がうまくいっており、顧客が満足する商品やサービスをきちんと市場に提供できていて、あとはリソースさえかければ伸びていく。そういうフェーズにある会社にとって、経営者が前に出てコンテンツを発信していくことはもっともレバレッジの効く施策です。

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