教#026|目の前の課題を、とにかく毎日一所懸命やる~かくかくしかじかを読んで⑨~(たかやんnote)
明子は「プーは許さない連合」の両親に命令されて、父親の勤めている電話会社のコールセンターで働くようになります。月水金の夜と、会社が休みの土日祝日は、日高先生の画塾に行って生徒を教え、自分の絵も描きます。超ハードな日々が始まります。ほとんど隙間時間のない極限状況に追い込まれて、明子は、ようやくマンガを描き始めます。それも、一気にひと晩で下書きを24枚描き上げます。
私は、原稿用紙に、たかやんノートの下書きを書いています。毎日、書くのは400字詰め原稿用紙5枚半です。何故、5枚半なのかと云うと、それ以上の枚数ですと、ワープロで打っていて、目に疲れが残ってしまうからです。原稿用紙の文章を書くことは、多分、何枚でも書けます。学生の頃、ひと晩で、どれくらい書けるのか試したことがあるんですが、ひと晩で100枚くらい書けました。まだ、有象無象の妄想が、渦を巻いていた青年時代だったから、書けたのかもしれません。が、朝から、夕方まで、7、8時間没頭すれば、今でも、50枚やそこらは書けます。ですから、明子が、ひと晩で、24枚書いたのは、信じられます。
PM9時に寝て、AM4時に起きている私には、もう無縁の世界ですが、人間のcreativeなimaginationは、AM1:00~3:00に、もっとも活性化されると私は確信しています。何かを創作するのであれば、AM1:00~3:00のゴールデンタイムは、外せないだろうと云う気がします。明子は、この時間帯に、必死になって、マンガを描いています。絵は雑ですが、ブーケの編集部のU岡さんが見抜いたように、something、何かいいものが、明子のマンガには、潜んでいます。宝石の原石がようやく頭角を現した来たと言えそうです。
明子は、日高先生に「(油絵で)描きたいものとか全然ない」と、正直に伝えます。それに対して日高先生は「描きたいものなんか探しとるから、ダメになる。目の前にあるものを、ただ描けばいいんや。お前は余計なことを考えすぎじゃ」と、忠告します。日高先生のこのセリフは、ある意味、至言です。
目の前の課題を、とにかく一所懸命やる、普通の人は、それでいいと思います。一所懸命に課題をこなせば、次にやることが、必ず見えて来ます。見えて来なければ、取り敢えず、目の前にある何かをやればいいんです。絵に関して言えば、描きたいものがなければ、目の前にあるティッシュ箱を描けばいいんです。ティッシュ箱くらいは、何処の家にもある筈です。若い頃には、なかなか解らないんですが、人間の生きている時間には、限りがあります。本当の自分を探して、本当にやりたいことを追求して、それで、うかうか40歳くらいまで過ごしてしまうとか、crazyです。いつも言ってますが、遅くても、30歳からは腹を括って、自分が自ら決めた人生のテーマに取り組む必要があります。40歳では、手遅れです。
明子には才能があります。後に描くことになる、「東京タラレバ娘」や「海月姫」を読めば、軽いノリで、テンポ良く洒脱なストーリーを作って行く明子の才能が、そこかしこにあふれていると、理解できます。これって、多分(詳しくは知りませんから多分です)二見が聞いていた渋谷系の音楽のようなノリです。
明子が画塾で教えた佐藤さんが、地方の大学の美術学科を出た後、明子のアシスタントになり、その後、プロの漫画家になります。功なり名を成した二人が、こじゃれたカフェでランチをします。その時、佐藤さんは
「漫画の絵って、全然、別モンですよね、私たちが習った絵(デッサン)と」と、明子に伝えるsceneがあります。私は、それほど多くのマンガは、読んでませんが、高校時代、別冊少女コミックに、大島弓子さんや萩尾望都さんが、登場した時は、驚きました。私は、高校時代、ドストエフスキーや、バルザックと云った本格的なnovelを、解らないなりに読んでいました。大島弓子さんや萩尾望都さんがこしらえるstoryは、世界の文学とはまた別物で、すごいと思いました。
マンガと油絵、マンガと日本画は、まったく別ものです。強いて言えば、マンガは、建築に近いと思います。storyを組み立てて行くためには、構成力が必要です。小説は、着地点を決めなくても書けますが、マンガは、着地点も含めた、大枠のデッサンができてないと、描けないと想像しています。
漫画家志望のgirlたちに(何故かgirlでした。boyには出会ったことがありません)取り敢えず、必死になって勉強して、早稲田の文学部に行けと、進路のアドバイスをしていました。一文(あっ、早稲田の文学部のことを一文と言いました。ちなみに文Ⅰと云うのは、東京大学法学部のことです)を目指して頑張れば、最悪でも二文には引っかかる筈です。一文や二文には、crazyなピーターパン症候群の人たちが、嫌と云うほどいました。その中で、漫画家を目指すのが、bestの選択肢だと、私は確信していました。もっとも、今は、二文が文化構想学部にchangeしていて、そのあたり様子は、かなり変貌してしまっています。
日高先生は、明子に絵を描かせようとします。ブーケのU岡さんは「すぐ描いて送ってね。どんどん描かないとダメだよ。今、描かないと上手くならないから」と催促します。正論です。そもそも、明子はデビューが遅すぎました。バントであろうと、アニメであろうと、マンガであろうと、19歳くらいから、本気で精進する必要があります。が、明子は、まだ20代の前半、今が、まさに頑張り時です。デッサンは、モノを正確に観て、描く絵です。マンガは、自分の中で、形を構築します。美大を出ても、マンガに関しては、明子はシロウトです。マンガは、基本、モノクロですから、天性の色彩感覚とかも不要です。
日高先生も、絵は毎日、描かないとダメだ、一日も休むなと、明子に命じます。絵に限りません。何でもそうです。数学の先生だって、毎日、数学の問題を、少なくとも一問は解くべきです。隣の隣にいたIさんと云う若い数学の先生に、小学生の算数の角度の問題(日能研の正答率10パーセントくらいの問題)を解いて下さいと、頼んでおいたんですが、その後、音沙汰なしです。Iさんは、お昼休み、超有名店のラーメンを食べに行って、ラーメンの汁を全部飲んでしまう方です。午後は、脂肪分で頭がもわーんとして、それで、角度の問題が、解けなかったんじゃないかと邪推しています。いくら超有名店とは言え、ラーメンの汁を全部飲む、無謀です。四文字言葉を使うと、「暴虎馮河」より、ヤバい感じです。
話が逸れました。数学の先生は、毎日、問題を解く。バンドのボーカルは、毎日、歌う。ラーメン屋は、一日も休まず、ラーメンを作る。マンガ家も、毎日、描く、これが基本です。