#80 リングに潜む魔物、あの試合の真相

「去年の年末にQOHのベルトを賭けて薨と両国でやったのって知ってる?」

うっ、知ってるもなにも会場で見てたよ
あの試合?

「あ、あぁ、ええ」
何故か観に行ったとは言えなかった

「知ってたかぁ。まぁそっか。あれは本当に最低の試合だったよ、、、ウチがね」
そう言ってイザネ氏はサングラスを掛ける

「QOHには何度か挑戦はしたことあるけどさ。普段と違っていつも空回りしてしまうというかさ」

、、、、

「今回は満を持してって感じで薨は一通りはユニットのリーダーやエースたちとやり合ってウチが最後の砦って感じで期待は高まっていたと思うんだよね。年内最終戦の大舞台でもあるし。体調は万全だし緊張はあったけど心地良い緊張感って感じで完璧な体勢で挑んだのは間違いないんだ!」

「ハ、ハイ」

「でもリングには魔物が潜んでいるもんなんだ」

「え!ま、魔物ですかっ?」

「そう、ブチ上がり過ぎたアドレナリン!それが魔物の正体!!」

「ア、アドレナリン?!」

「頭がブッ飛んじゃうんだ!攻めて攻めて攻め込んでセコンドも介入させて大観衆がウチにブーイングを飛ばす。この世のモノとも思えない快楽がウチの体内を駆け巡る。もっとコイツを痛めつければもっともっと気持ち良くなれる!そう思うとワケが分からなくなるんだ」

「、、、あのぅ、、ちょっと私には難しいかなぁ、、、と」

「あ、そうだよね。ごめん!でもレスラーならこういう瞬間ってあると思うんだ。逆にベビーだったら大声援だったりさ。脳内麻薬ってヤツ?、、、それが放出されるんだ!」

うぅっ、何か恐い、、、でもぅ、、きっとそういうことってあるのかなってことは少し理解できるかも

「やっぱりこういう大一番って人を狂わすほどの何かがやっぱ潜んでるんだと思う。だから、、、やっちまったんだ、、、」

そう言うとイザネ氏は暫し俯く

「普段ってさ、、メリケンサック使う時って握り込んでメリケンサック自体が当たらないように殴ったり、握り込む部分の尖ったところで流血させたりするんだよ、、だからメリケンサックって基本的には相手への威嚇と客へのアピールの凶器ってとこかな、、竹刀とか鞭だったら派手に痛みが伝わるし実際にものすごく痛い。フォークだったりハサミなんかも流血させるには派手だよね。でも死にはしない。試合が終わればはちゃめちゃに痛いけどさ、、、でも、、メリケンサックでまともに殴ったらどうなる?」
俯いたまま私に問いかけた

「下手したら、、、死んでしまいます、、、」

「そう、そうだよね、、それをウチはやってしまった、、、薨が咄嗟に半身をズラして額で受けてくれたから良かったもののそうじゃなかったら、、、」

やっぱ私があの時感じたことは正しかったんだ
あの瞬間に空気が変わったのが肌で伝わっていた

「薨の額から流れる血を見てウチは真っ白になってしまった!自分はヒール軍団の頭としてやってきていつも死と隣り合わせのギリギリの試合を心掛けてきた。でもそれはあくまでプロレスの範疇でただの殺し合いじゃないんだ。流血はやるのもやられるのも上等だよ!リングの上で死ぬのも本望だ!そこに嘘偽りはないっ!だけど快楽の為に一線を越えようとしていた自分がいたことにショックを隠し切れなかった。そして呆然と立ち尽くしたまま、、、無様に負けちまった、、、」

、、、、


イザネ氏の肩が小さく震えてる

一線を越えたと判断した薨の怒りだったのかそれとも危険を回避する為に立て続けに技を繰り出し試合を終わらせたのか、、、

だがあの時の薨の体から出ていた私が感じた青白い炎のようなオーラは尋常じゃなかった


そしてまた語り出す

「あんな無様なやられ方してさ、、一応、最後まで頭としてやってたけどさ、、メンバーの気持ちは離れていくよな、、、偉そうなこと言って指示したりやってけたのはやっぱヒールとしてのテクニックありきだと思うのよ、、それが大舞台であのザマでさ惨めにやられて、、ウチだったらついてかねぇーよ、、だからメンバーの気持ちはわかるんだぁ。一人でもう一度やってみようとも考えたけどもうHYDRANGEAじゃ上がり目はねぇなと。だから引退しようとも思ったけどまだプロレスは辞めたくねぇ!だから何にも考えずにとにかく退団したってワケ」

そっか、そうだったんだ
私はあの時手元が狂ってああなったと思ってたけどアドレナリンの上昇で脳内麻薬が出過ぎて自分で自分をコントロール出来ずに、、、

私の頭にある知識では考察出来ないリアルがそこにあったんだ

イザネ氏はようやく顔を上げる
「で、退団発表があった日に薨がセカジョに入団する記者会見があったじゃん?私の退団の話なんて全部ブッ飛んじゃった。笑うよね?、、、悔しかった、、、ここでもウチは薨に無様に負けるのかってね」

、、、、

「悔しいけどその記者会見見たよ。薨は変わらず静かな佇まいで受け応えしてた。その表情を見てるとあの試合を思い出してまた腹立ってきた。そこに真琉狐選手が乱入してくんじゃん?正直、今も事情わかんないけどさとにかく怒りの表情で薨を殴りかからんばかりの勢いだったじゃん?たまちゃんも必死に止めにかかってたよね?」

「ハハハ、ハイッ」

「あの時の真琉狐選手の表情って鬼気迫るモノがあったでしょ?でもどこか物哀しいようなさ。そこにウチの感情も乗ってしまったというかさ。新人の頃に一度だけHYDRANGEAに上がってる真琉狐選手に挨拶させてもらって柔和で綺麗な人だなって印象はあったけど新人だからその時の試合はまともに見れなかったしさっきも言ったけど基本鎖国だからそれっきり」

記者会見の日に夢子さんと真琉狐さんが話してたことって実際にあったんだぁ

「でね!」

イザネ氏は熱っぽくまた語り出した



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