#60 ミッションをポッシブルする

んん?
返事がない

「もっかいノックするの勇気いるなぁー」

でもやらねば
もうミッションは下っているのだ

コンコン

、、、、

やはり返事がない

「うぅぅーきびぃぃー」
泣きそうな気持ちになるが腹を括るしかない

「いくぞ、作麼生!!」

ガチャ
扉をそっと開ける


!!!!


い、いた!!
当然のことだがそこに薨がいた

薨はイヤホンをし黒のタンクトップに売店の人たちと同じあのブランドのトラックパンツ(薨に関してはジャージとは言えない)に白のスニーカーという出立ちで控室の床に座り込み開脚(もはや180°!)しながら柔軟をしていた

体を曲げながらの薨と目が合う

綺、綺、綺、綺麗ーー
顔ちっちゃー
鼻、高ぁー
顎、尖ってるぅー
唇、ぷるぷるぅー
髪、つやつやーー

大荒れの記者会見
あの時も間近で見たがほぼ瞬間的な出来事だった

今はこの空間に私と薨だけなのだ

私にはミッションがある
そして曲がりなりにもプロレスラー(仮)という自負がなくファンのままだったら卒倒してたであろう

そして薨を間近にして一番驚いたのは一点の曇りもないその瞳

美しく広がるエメラルドグリーンの南国の海のようなある種で人に俗されているモノではなく
誰も知らない標高の場所に湧き出る真清水のような透明感

こんな綺麗な瞳の人がいるんだぁ、、、

そんなことを思っていると薨はイヤホンをゆっくりと外しながら立ち上がった

ドキッ!!

「どちら様?」
特徴はありながらも落ち着いていて耳障りの良い薨の声

わ、わ、私、話しかけられてるぅぅーー

完全にテンパってしまった私をその透明感溢れる瞳で見つめながら不思議そうに薨は小首を傾げる

ヤバッ!ヤババの極みベシャメールソース添えだよぅ!!(もはやイミフ)

いや!ダメダメ!
ミッション、ミッション
ミッションをポッシブルしないと!(ポッシブルの意味わかんないけど)

私はビシッと背筋を伸ばし
「ハイッ!社長からの言い付けでセコンドにつかせていただきます。全世界女子プロレス新人の都並貴絵ですっ!!よろしくお願いしますっ!!」
極限ペコリ

良かったぁ噛まずに言えたぁー
そしてゆっくり頭を上げる

うおぅ!
薨が目の前にいるぅぅーー

そして薨は優しく微笑みながら
「タカエさんですね。よろしくお願いします」
そう言って私に向かって手を差し出した

た、た、タカエさん?!
セカジョ入って初めてだよぅー本名呼ばれたのぅ
しかも薨にぃぃー

そして差し出された薨の手
細長い綺麗な指
ネイルは施されていないがピカピカに手入れされた爪
手の甲からはハンドクリームの優しい香りが鼻腔をくすぐる

差し出された薨の手を握り返す
想像と違い温かく柔らかかった

そしてこんな下っ端の私にも律儀に礼を尽くしてくれるという人柄に感銘を受けた

こんな素敵な人がこの世にいるんだぁ

「よ、よろしくお願いします」
もうとろけそうだよ
頭がポーッとなる

いや!ダメダメ
ミッションをポッシブルせねば

「あ、じゃあ早速で申し訳ないんですが一つよろしいでしょうか?」

「え、あ!ハイ」

「夢子さんにご挨拶に伺いたいのですが?」

「ゆ、夢子さんに?、、、ですか?」

「ええ」

「あ、ハイわかりました、、、ちょっと聞いてきますね」

「お願いします」

私は控室を出た
何だろう?
よくわかんないけど薨を控室から出したらダメな気がした

とりあえず夢子さんを探そう!

大部屋にはいない
真琉狐さんの控室も人の気配がなさそう

「まだ来てないのかな?」
てことは!

エレベーターホールの前で夢子さんはスマホを握りしめて立っていた

「夢子さーん!」

「お、どうした?」

「もしかして真琉狐さんまだですか?」

「そうなのよ、既読にもならないし電話しても出ないしボチボチ来ないとマズイんだよね」
顔の表情から焦りを感じた

「あ、あのぅ、、、」

「ん、何?」

「あの!薨さんが夢子さんにご挨拶したいってことなんで聞きにきました」

「え!カーコが?」

「ハイ、どうしたらいいでしょうか?」

「うーん、そっか。じゃあ私が行くよ」

「じゃあそう伝えます」

「いや、今行くわ」


コンコン
「失礼します!」

扉を開くと薨は立っていた

2人の10数年ぶりの再会
勝手に私の体を緊張が貫く

薨と夢子さんの目が合った瞬間
薨は背筋を伸ばしたまま深々とお辞儀をする

「夢子さん!ご無沙汰しております。その節は多大なるご心配、ご迷惑をお掛けし大変申し訳ございませんでしたっ!」

「、、、ほんとだよ、、、もしアンタと再会したら何て言うんだろって考えてたけどさ、、、」
夢子さんはそーっと薨の手を握る
そして空いている方の手で薨の二の腕をパンッと叩く

「顔上げろ!顔、、よく見せてくれないか?」

ゆっくりと顔を上げる薨
身長差は10cm以上か
見上げる夢子さん

「ちゃんとプロレスラーの顔になってるじゃないか」

「ハイ」

「おかえり、、、カーコ!」

「ハイッ、ありがとうございます!」
薨はその夢子さんの言葉で胸のつっかえが取れたのか一気に涙腺が緩み涙が瞳に溜まってゆく

「泣くなカーコッ!!試合前に涙を見せるヤツがどこにいるっ!!」

薨はすぐさま手で涙を拭った

「今日、アンタたちの想いをぶつけ合うのは良い。でもここはプロレスのリングなんだ!それだけは忘れるな!今、アンタの目を見てまだ冷静さを感じ取れた、、、頼んだぞ!」
夢子さんは薨の両肩をガシッと掴んだ

「ハイッ」

きっとこの短い会話だけで2人は10数年の空白を埋めそして今日何が起きそうなのか薨は理解したのだと思った

夢子さんはまたスマホの画面をチラッと見る
そして出口に向かい背を向けたまま

「カーコ、私は真奈美だけじゃない、、アンタの健闘も祈ってる。で、今日の試合を見てベルトのことは考えてやるよ」
そう言い残しそのまま控室を出て行った

薨はまた深々と一礼をしながら夢子さんを見送っていた



薨はまたイヤホンをはめる
「タカエさん」

「ハイ」

「柔軟の続きしようと思うのでアレなら自由にしててください。必要なモノは全部用意してますので特に買い出しとかもありませんので」

「あ、じゃあ少しだけ出てていいですか?」

「ええ、どうぞ」

「すぐ戻りますのでよろしくお願いします」
ペコリ


当然ながら私は真琉狐さんのことも気になっていた
直前の練習では少し笑顔も見せていたがやはり夢子さんの言葉も気になる

そして開場まで後30分
まだ来てないなんてやっぱ心配だよ

控室を出てエレベーターホールに向かう
夢子さんがさっきと同様スマホを握り締めて立っていた

私が夢子さんに声を掛けようとしたその瞬間

チーン

エレベーターが開く

?!

そこには珍しくキャップを目深に被った真琉狐さんが乗っていた

「ま、真琉狐さん、、、」


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