#98 裏投げだ!!
腕を振り上げ猛スピードできょろろん選手の首を掻っ切ろうと迫り来る夢子さん
見開いた目でその動きを冷静に捉える
ナタのように振り下ろされるその腕を両手で抑えそのままその腕を左脇に挟み絡め取る
「ああぁぁーーっ!!」
そしてそのまま体重をかけ夢子さんをマットに組み伏せる
リング中央きょろろん選手の脇固めが華麗に決まった
「ぐくっ」
勢いのままに腕を絞り上げられ思わず夢子さんも声を上げた
何度も何度も声を上げきょろろん選手は絞り上げる
夢子さんは苦悶の表情を浮かべながらエスケープを図ろうと体を動かす
私は自然とマットを叩いていた
「夢子さんっ!!こっちです!こっちこっち!!」
夢子さんと目が合うようにその動きに合わせ私もポジションをいろいろと変えながら声をかける
だがリング中央で腰をしっかりと落とした脇固め逃れる手はあるのか?
地味に見えるが柔道でも一本取れる技だ
ウィッキーさんがギブアップの確認を取る
「NOだ!バカヤロー!!」
だけどどうやって抜けるつもりなんだ?
私はバンバンマットを叩き声をかけ続けながらそう思っていた
そしてきょろろん選手はギブアップを取る為にもう一度声を上げ絞り込もうとする
だがその一瞬の動きが彼女が掴みかけた勝利の女神の前髪を離してしまったのだ
絞り込もうとする瞬間に必ず隙は出来る
夢子さんは左肘を軸にしきょろろん選手の方へ横に半身を起こし右膝を脇腹へと叩き込んだ
「うぎゃあぁぁー!」
不意を突かれ悶絶するきょろろん選手は思わず技を解いた
たがそれでも懸命に立ちあがろうと片膝をついた瞬間に夢子さんのシャイニングケンカキックが炸裂した
万事休す!!
それでもふらふらの状態で立ち上がりきょろろん選手はロープに走り出した
「たまあぁぁぁーーっ!!」
え?
夢子さん私の名前呼んだ?!
何で?
きっと何も考えられない状態で無謀にも夢子さんに向かって突っ込んでくるきょろろん選手
まさにぶつかり合うその刹那
夢子さんがはすに構えた
きょろろん選手の右脇下から自らの右腕を差し込んで首元に手を回しそのまま後方に美しく弧を描きながら反り投げマットに叩きつけた
裏投げだ!!
ものすごい衝撃音が弾け会場内に飛び散るかのよう
きょろろん選手が飛び込むその勢いをそのまま利用するかのように柔道技やプロレス技とも少し違う
どちらかというと合気道に近い
流れる水のような華麗な動きだった
私が知る通常の夢子さんが使うぶっこ抜くものではないことに驚いた
もしかして私に伝授してくれる為に、、、
そんなことを考えてる間もなく夢子さんはきょろろん選手に覆い被さる
「レフェリー!フォール!!」
「1、2、、3ー!!」
カンカンカンカンカン
ゴングが鳴った
きょろろん選手は肩を上げることなく天井を見上げた
「4分45秒、4分45秒!裏投げからの体固めで雨宮夢子選手の勝利です!!」
勝利のアナウンスから「SATORI part I」が流れ
私も練女のセコンド陣もすぐさまリングに上がる
冷却スプレーで夢子さんの右腕を冷やしアイシングを手渡す
「大丈夫ですか?夢子さん!」
「ああ、なんともないよ」
そう言いながら自分で右腕を冷やす
きょろろん選手に目をやる
大の字になりながら腕で目を押さえながらおんおんと泣いていた
きょろろん選手辞めちゃうのかな?
悔しいよね?
でもこんなにがんばったしいいじゃん!
脇固めで夢子さんを追い込んでたじゃん!
私には無理だよ
ねえ!辞めないでよ
私の胸中にそんな想いが込み上げる
UNIも必死に声をかけている
ハッキリとは聞こえてないけど私の気持ちと同じような事を言ってるんだと思う
そんな中ちづるさんがブースから駆け寄りマイクを夢子さんに手渡していた
そしてマイクを受け取り夢子さんは立ち上がった
「みなさん!久しぶりだね!」
大歓声が巻き起こる
練女ファンである前にみんな女子プロレスファンである
夢子さんの復帰を思わぬ形で観れたんだ
興奮しないワケがない
「先ずはセカジョの休止からずっとずっとオファーくれてたのに断り続けてたのを懲りずにオファーを出してくれて今日ここに立たせてくれた社長とちづるに感謝します!どうもありがとう!」
そう言って一礼する
「そしてっ!!きょろろん!座れるか?」
そう声をかけるとがんばって起き上がろうとするのをUNIが肩を回し介助する
「一番に感謝しなきゃいけないのはアンタだよ!私と戦ってくれてありがとうな」
夢子さんは優しく声をかけその言葉でもう涙を隠し切れない
嗚咽し出し周りを気にすることもなく泣きじゃくる
そして夢子さんはしゃがみ込みきょろろん選手と目線を同じにしその涙に濡れる目をジッと見つめ話しかけた
「なぁ、きょろろん!プロレス好きか?好きなんだろ?」
「う、うっうっぅ、、、ハイ!、、、」
「、、、だよな!じゃあやれよ!誰がなんと言おうとやれよ!誰の為でもないアンタが腹一杯になるまでやんだよ!」
「ハ、ハイッ、、、」
「うん!アンタは今日必死に私に立ち向かってきた。きっとずっと破れなかった殻をぶち破れたんだ!勝った負けたなんて些細なことだ!この右腕の痛み忘れないから、、、日本武道館頼んだぞ!」
え?といった表情から目をまんまるにして驚きの表情に変わるきょろろん選手
そして今度は嬉し泣きに変わり
「あ、ありがとうございますっ!!」
いろいろな感情でもはや崩れるようになりながら座礼で夢子さんの言葉に応えた
改めて「SATORI part I」がかかる中マイクを置き締めは練女の選手に任せたとばかりにリングを降りようとする
するとUNIがそのマイクを取り夢子さんの前に立ちはだかった