
#100 月が綺麗
夢子さんは着替えも終えて椅子に座りながら体を揉みほぐしていた
私はその横で夢子さんのコスチュームを畳んだりいそいそと帰る準備
結果、怒られることはなかったみたいだ
すると扉をノックする音
「ハーイ!」
「夢子さん、入って大丈夫でしょうか?」
ちづるさんだ
「いいよー!」
失礼しますと言いながら入ってきたちづるさんの後ろにはウィッキーさんとガンタさんも
夢子さんは立ち上がり
「ウィッキーさん!今日はありがとうございました」
と一礼
ウィッキーさんも近づき握手して
「夢子は相変わらずだな!良かったよ楽しかった!」
「ありがとうございます!ガンタさんもありがとね」
「おう!お陰さまで良い写真撮れたよ!」
「あのう夢子さんコレ!差し入れです!」
そう言ってちづるさんは夢子さんと私にキンキンに冷えたコーラを手渡してくれた
「おー!嬉しいー!やっぱアンタわかってんね!」
「そりゃもう!新人の頃から試合終わりにコーラを飲んでるのをいっつも見てましたから」
「そうだな!サンキュー」
そう言うとキャップを開け半分くらい一気に飲み干した
その様子を懐かしそうに見ながらちづるさんが
「きょろろん、喜んでました!プロレス続けられるって」
「フーッ、そっか。アイツはすでにパドックに入っていたんだよ。でもプロレスをやっているのは馬じゃない!人間だ!待っててもゲートはいつまでも開かない。それをやっと自分で開けれた。それだけのことだよ」
「そうですね、、、あ!きょろろんが挨拶に来たいって言ってるんですが?」
「いや、ここで私に挨拶なんてしたらまた元に戻っちまう。今度は腕を折りに来いって伝えといて!」
ちづるさんはフフッと笑い
「わかりました!伝えておきます、、、後一ついいです?」
「うん、何よ?!」
「UNIに謝罪に来させようと思うんですがぁ、、、」
「いいよ!別に。アンタが注意したいならしなよ!こんなことよくあることでしょ?てかアンタが本来一番注意とか出来ない人間なんだからね!」
「ウッ!すみません、、、」
「いやいやいやアンタら2人ともだわ」
と笑顔でウィッキーさん
「そうだぜ夢ちゃん!夢ちゃんもちづるのこと注意出来る立場じゃねぇよ、ねぇ?ウィッキーさん」
「ほんとほんと。まあぁーっ酷かった!一回バスの中でお菓子がどうのこうのとかで殴り合い始めるし止めに入った亀も巻き添え食って鼻血出してるし試合でも途中から殴り合うしアンタらグーパンチは反則なんだからねっ!!もうレフェリングごまかすのも大変だったんだから!」
「ア、アハハ」
「すみませんでした」
夢子さんの乾いた笑いとちづるさんの謝罪
ウィッキーさんの前ではきっと2人ともあの頃に帰れるのだろう
「じゃあ帰るわ!んーーと、たまえちゃんだっけ?」
不意にウィッキーさんは私に話しかけた
「あ、ハイッ!ご挨拶遅くなりました!全世界女子プロレス新人の都並貴絵です!!」
ペコリ
「んん?タカエ?、、、ま、いっか。もし夢子にこんなことで怒られたら私に言ってきなよ!代わりに怒っとくから!」
「ん、あ、え、あ、わかりました」
ペコリ
返事に困るなぁー
「でも!それ以外のことはちゃんと夢子の言うことを聞くように!夢子は本物のプロレスラーだからさ。じゃ、お疲れ!」
そう言って振り向くこともなくパッと手を上げてウィッキーさんは帰って行った
ガンタさんは煙草を咥えながらパイプ椅子に腰掛ける
「ガンタさんここ禁煙です!」
「あーそうだった。悪ぃ。トレーニングルームだもんな」
そう言いながら煙草を戻す
「いやぁまあそれにしてもたまちゃん!すげぇー迫力だったな!よくあんな言葉バンバンと出てきたねぇ」
「え、あ、まあ、、、」
「私もビックリしたわ。プロレスの煽りというよりヤクザ映画でしか聞かないような言葉じゃなかった?」
「うーん、確かに夢子さんの言う通りですね。プロレスではあんま聞かないような、、、」
そして3人同時に視線が私に注がれた!
「え!あ、あのぅ何て言ったらいいんでしょうか、、、お、お、お父さんがそういったバイオレンス映画が好きで小っちゃい時から一緒に観てたというか観させられていたというか、、、だから、、、かなぁ?、、、なんて、、、」
「ほーぅじゃあお父さんて不良だったのかい?」
私は手をぶるぶる振りながら
「いえいえいえ!全くそんなぁ、、、普通のお、お父さんです!」
「じゃあその観てた映画の記憶でってこと?」
「あ、は、え、そ、そうだと、、、思いますぅ、、、た、ただぁ、、、」
「ただ?!」
3人の声が揃う
「あんまり記憶がぁ、、、頭真っ白になっちゃったので、、、ハイィィ、、、」
本当に正直あまり覚えてない
薨のセコンドに着いた時も自分の言ったこと忘れてたし、、、
無責任なワケじゃないんだけど、、、
でもやっぱ無責任だよね、、、
自分の悪い癖にヘコむ
「まあプチンときて真っ白になっちゃうってのはわからなくはないけどアンタ以外はアンタがそんな状態になってるなんて思っちゃいない。これからどんな状況にせよ一度発した言葉は呑み込むことは出来ない!だから発言の一つ一つに責任が付き纏ってくるということだけは覚えときなさい!」
「ハイ、すみませんでした。ありがとうございます」
私は深く反省するとともに深く頭を下げた
「ま、私もちづるもウィッキーさんの言ってた通りこの事については本当に何も言えないんだわ。だから今言ったことだけは心のどこかに留めておいてくれればそれでいいや」
「ハイッ!わかりました!」
「返事だけはいいんだから」
そう言って夢子さんはクスッと笑った
「ちづるは?!」
「フフッ、以下同文です!」
「ガンタさんは?」
「ま!夢ちゃんの言う通りで間違いねぇけどさ。なんか最近かしこまってるレスラーが多い中でたまちゃんもUNIも破天荒でいいんじゃない?俺は夢ちゃんと同期でさぁたまたまプロレスの部署に決まってセカジョの担当になって本当に夢ちゃんて人に驚きを隠せなかった。新人のくせにこんなに自分を貫き通そうとする人間がいるなんて!俺なんてペコペコしてばっかりのコマ遣いみたいなもんよ。するとその後にはそんな夢ちゃんが気に入らねーってちづるが入ってきてさ。お互いチャンピオンになってからの試合は名勝負だったと思うよ。でもセカジョのリングで殴り合いしてる2人の試合が俺は何百、何千試合と観てきた中で一番ワクワクしてたと思うんだぁ、、、」
フフッと2人とも照れ臭そうに笑った
「だからたまちゃん!」
「ハイッ!」
「この2人に負けないくらい破天荒にはちゃめちゃにやっててくれよな!」
ガンタさんはそう言って笑った
そして深く刻まれた口元のシワに優しさを感じた
ガンタさんは立ち上がり
「いやー!ほんと今日はラッキーだったわ!帰って記事書きたいからそろそろ行くわ。あ、そうそう。ちづる!」
「ハイ?」
「UNIにも同じこと伝えてといてくれな!じゃっ!」
そう言いポケットに手を突っ込み腰を丸めながらガンタさんは出て行った
「よしっ!じゃあウチらも帰ろっか。帰りの準備出来てるよね?」
「あ、ハイ!終わってます!」
「おしっ!じゃあちづる行くわ!」
「ハイッ!今日は本当にありがとうございました、、、また夢子さんに救われました!」
「おぉん?なんのことやら」
「変わりませんね!そうやってとぼけるとこ」
「とぼけてなんかないよ。わかんないだけ」
「フフッ、ですね!」
「武道館よろしくな!」
「ハイッ、精一杯ご協力させていただきます!」
「おうっ!たまぁ、行こっか?」
「ハイッ!ちづるさん!お世話になりました」
ペコリ
「うんっ!たまちゃん!また会おうね!」
「ハイッ!!」
夢子さんはそんな様子を微笑ましく見ていた
「じゃっ!ちづる!ありがとね!あ、見送りはいいからここでな!」
「ハイッ!」
そして私たちは練女の道場を出た
「なんか疲れたしお腹も空いたなあー。たまぁ何食べたい?」
「うーん、マックですかね?」
「えー!マックって夜食べないでしょう」
「え!そんなことないですよおぅ。美味しいですよ!夜食べても」
「そうかなぁ?うーんまあ他に思いつかないからドライブスルーでも寄ってこか?」
「ハイッ!」
そんなことを話しながら駐車場までの夜道を歩く
ふと空を見上げた
「わあぁーなんか月が綺麗ですねぇー」
「あー!ほんとだねー」
「なんか手を伸ばしたら届きそうな」
「なにロマンティックなこと言ってんのよ」
「子どもの頃からずっと思ってたんですよね!なんでこんなに近くに見えてるのになんで届かないんだろって」
「アレでしょ?車に乗ってて月がずっと付いてくるみたいな?」
「そうです!そうです!」
「まさにプロレスと一緒だな」
「え?」
「まあいつかアンタもわかるよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ!、、、うっし!月見バーガーでも食べよっかな」
「まだ月見バーガーの季節じゃないですよぉぅ」
そう言って2人で笑った
優しく照らす月明かり
伸びた影も笑っていた