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#75 誰かの間違いは誰かの正解 第二部 完

溶けたグラスの中の氷が窓からの光で反射しキラキラ光っている

そんな柔和な光が今度は薨の瞳の中で星を散らすように映し出された

そして眩いばかりの微笑みで
「タカエさん、私もタカエさんに伝えなければならないことがありました」

「あ、え?わ、私にですか?」

「ええ、タカエさんのお陰ですよ!リストクラッチのデスバレーを返せたのは」

「私の、、、お陰、、、ですか?」

「正直返すのは不可能だと思ってました。もちろん頭の中では返さなきゃとは考えているのですがその脳の伝達が体までに届くのだろうかって」

、、、、

「でもその時にタカエさんの言葉が聞こえてきました、、ここで終わったら死んでもセカジョの人間として認めないって」

わ、私そんなこと言ってたの?
とにかく薨を刺激する言葉を放って奮起してもらうために一生懸命だったけどなんてこと言ってるんだ
自分だってセカジョの人間(仮)状態じゃんか

恥ずかしいよ
恥ずかしいったらありゃしない

セコンド業務云々の前に私はあまりにも人として学んだことを冷静でいられない時に忘れ過ぎではないか?

自然と情けなさでため息が出た

「フフ、幸せが逃げちゃいますよ」

「あ、あー、すみません」

「タカエさんのその言葉で私は奮起出来たんです!返せたんです!アレくらい胸にくる言葉じゃなかったら私はあそこで3カウントを聞いてました」
薨が少し熱っぽく話す

そして私の目をマジマジと見てからゆっくりと
「だからタカエさん、もう一度言いますね!間違っていきましょう!誰かの間違いは誰かの正解かもしれない。恐れず突き進んでください!何かあれば社長や夢子さんが導いてくれるはずです、、、ね?!」

「、、、ハイッ!」
薨の笑顔に私も笑顔で応えた


"誰かの間違いは誰かの正解"

もの凄く心に響き勇気づけられた
だけどきっと額面通りに捉えちゃダメだ!
この言葉の意味をしっかりと考えなくちゃ

うん!


「やっと笑顔になってくれましたね。タカエさんの笑顔には人を勇気づけてくれる力があります。だから人の為だけでなく自分の為にも笑っていてください」

「ハイッ!ありがとうございましたっ!!」
私は立ち上がってペコリ
薨の優しい眼差しに笑顔で応えた

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。大丈夫ですか?」

「ハイッ!」
私は残りのミルクティーをズズッと飲み干した



こうして私たちはカフェを出た

「今日はありがとうございました。ごちそうさまです」
ペコリ

「いえ、こちらこそ楽しかったですよ」

「薨さんは電車ですか?」

「いえ、自転車なのでアッチですね。病院に停めてあるので」
と病院の方を指差す

「あ、じゃあ逆ですね。ここでお別れかぁ、、、」
なんだか名残惜しい

「そうですね。次はタオル取りに行きますね」

「ハイッ!」

「では、また」

「あ、あのぅー?」
もじもじもじもじ

「????」

わかってる!
わかってるよー!!
そんなこと
わかってるんだってば!


「あ、あ、またぁ、今度で」

薨は例のキョトン顔

「本当に大丈夫ですか?」

「あ、ハイッ」

「、、、わかりました。またお茶しましょうね!じゃあ!」
手を振ってくれる薨

本来なら頭を下げるべきなのだろうがサラッと自然なその振る舞いそして目を細めた優しい笑顔に思わず親戚のお姉ちゃんと別れる時のように手を振り返してしまった

サッと踵を返し私とは逆方向に歩いていく
その瞬間にフワッとなびいた綺麗な黒髪
残り香が鼻腔をくすぐる

私は薨の姿が見えなくなるまで立ち尽くしその均整の取れた美しい後ろ姿をずっと見つめていた


帰りの電車の中
今日、薨や真琉狐さんにそして以前に夢子さんに言われたことを頭で反復していた

「あんな凄い人たちみたいに私はなれるのかなぁ」

私には何が足りないのか?
きっと足りないモノだらけだ
少しずつまずは足りないモノを見つけることから始めるんだ!
近道なんてきっと無い
一生懸命に回り道をするんだ!

これが私なりに考えて出した答えだ


「やっぱ聞けば良かったかなぁ?でもぅ聞かなくて良かったのかなぁ?」

両国の最後に薨が放った
「I hate myself and I want to die」
その不穏な意味

だがこの間はNOと否定してたかに思えた

薨は真琉狐さんとの死闘で何か救われたのだろうか?

真琉狐さんと私が試合中に聞こえた英実さんの声

薨にも聞こえていたのだろうか?


そんなことを考えていたら電車のアナウンスがもうすぐ最寄りの駅に着くことを告げる

「あ、もう着くんだ」
アッという間だった

電車を降りバス停に向かう間にどの辺にヒロタのシュークリームがあったのだろうか?
なんてキョロキョロ

バスも待たずに乗り込めた


道場に入る

まずは英実さんにシュークリームをお供えせねば

「んん?なんか聞こえるけど社長と星野さん?」

事務所の扉が開いてるのか何やら揉めてるというわけではないが星野さんがワーワー言ってるような感じだ

「なんだろ?ま!いいや。脚立、脚立」

脚立に登り
神棚にシュークリームを供える

「英実さん、ただいま!今日、真琉狐さんのお見舞いに行ってきました。真琉狐さんは前みたいに明るく戻ってて良かったです!で、途中で薨さんも来たんですよ!このシュークリームは薨さんが買ってきてくれたんですよ!英実さんの好きなヤツですよね?食べてくださいね!それとね、真琉狐さんも試合の時に英実さんの声が聞こえてたみたいですよ。きっと英実さんのお陰で無事に試合が終わったんですよね!、、、でもぅ、、、薨さんにも声聞こえたんですかね?聞こえてますよね!」

何だか興奮して一人で話してしまった
英実さんが「うん、うん」とうなづきながら聞いてくれてる気がするのだ

今じゃ私の癒しのスポットになり始めている

「あ、そうそう英実さん!後でシュークリーム分けてくださいね!」
そう言って私はガチャガチャ音の軋む階段を登っていく

登るにつれ社長と星野さんの声が大きくなる

「何揉めてるんだ?」

やはり事務所のドアは開きっぱなしだ
まぁ暑かったからかな?

自分の部屋に入りたいのだが何か通りづらい


「だから難しいって何度も言ってるじゃないですか?!」

「この時期はなぁ、割とキャンセルが出るんだよ!お前も知ってんだろ?!」

「そうかもしれませんがウチにそんな体力はないでしょう!」

「うるせぇーな!米はなんとかするってんだろうが!!今やらねーでいつやんだよ?!おっ?!」

「何とかってそう簡単に銀行も融資なんかしてくれませんよ!大きなスポンサーもいないじゃないですか!」

「うるせぇーうるせぇー!小言なんか聞きたくねぇや!ダメだったら俺が首括ってやるよ!保険金大量に掛けとけ!」

社長の一言に星野さんは黙ってしまったみたいだ

てか自殺って保険金降りるの?
なんて現実的なことを考えていたら

「、、、わかりました、、、明日、問い合わせてみます、、、」

「おう、そうしてくれ。じゃあ俺は帰るからよ」

そう言って社長は事務所から出てきて廊下で私と鉢合わせた

「何だ?お前、帰ってたのか?」

何となく気まずいが
「ハイ、今、帰って来ました」

「ほぉーん」
と聞くだけ聞いて興味無さそうに言いながら私の横を通り過ぎる
だがすぐに立ち止まり振り返って

「あ、そうだ!おい!たま!お前のデビュー戦の会場決まったぞ!」

「え?あ、ハイッ!」
思わず直立不動に

おーっ!とうとうデビューだ!
てか、え、どこだろ?
やっぱ後楽園ホールがいいよね!
なんかエリートって感じがするしぃー
もう胸の高鳴りが抑えられないよ

ドキドキ、、、ドキドキ、、、


「日本武道館だ!」


、、、、

んんん?!


「ばぁっ、ぶ、ぶ、武道館ーー?!バッ、バ、バババヤババッ!!!!」


あ、そうだ!
薨と写真撮ってもらえば良かった

あまりの出来事に私は全く関係のないことを考えていた



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