P18 現実と観念
誰かが私に言っていることは
私に言っていない…
ある人は私の将来が闇だと言った。
けれど、その人は己の闇を見ていたのかもしれない。
ある人は私が醜いと言った。
けれど、その人は己の醜さを見ていたのかもしれない。
またある人は私に”死んでしまえ”と言った。
けれどその人は、本当は生に希望を見出せなかったのかもしれない。
彼の言葉はある意味においては真実かもしれないと思えてきた。
「今私に、誰かに言われたことを受け入れても仕方ないと言いましたよね?」
「そうや」
彼は眉一つ動かさずに淡々と答えた
「けれど、人に何か嫌なことを言われたら傷つきますし、言われたことを正さなければならないのが普通ではないですか?」
「それが君の人生を縛っている”観念”や」
私の反論に間をおかず彼は答えた。
相変わらずこの人との会話は全く予想がつなかい。
「一つは”相手の言葉によって己が傷ついている”という観念
そして、”指摘されたことは正さなければならない”という観念」
私は静かに次の言葉を待った。
「例えば、誰か君に”お前は役立たずだ”と言ったとしよう。
そしたら、君は自分はどう思う?」
「もちろん、自分は役たたずなのかとショックを受けます。」
「では、同じ状況で同じ言葉を100人の人が言われたとして
みんな、君と同じようにショックを受けると思うか?」
「それはみんなショックを受けるのではないですか?」
「では質問を変えよう。
その100人の人達がそれぞ、君は役たたずだと言われれば
みんながみんな”自分は役たたずなのか”と思うかい?」
私はようやく、彼の質問の意図が理解できた気がした。
「…そういう反応は微妙に違ってくると思います。」
「そう、微妙どころか人によっては天地の差やで。
ある人はあなたは私の能力を理解していない、あなたに評価される筋合いはないとかいって、相手に反抗心や対抗心を示す。
ある人はこの人は私の素晴らしさに気づいていないんだと、相手に憐れみや、同情を示す。
ある人ははなぜ相手がそう思ったんだろうと探究心や好奇心を示す。
そして、ある人は君のように”相手の評価をそのまま自分の評価”として受け入れ、悲しみや無価値観に浸る人もいる。
十人十色や」
言われれば、分からなくもない。
「つまりな、相手の言葉によって傷ついているじゃない
”相手の言葉に対する意味づけ”で傷ついているんや。」
私は怒涛のように流れる言葉の流れにしっかりしがみつこうとした。
意識に流れる情報を咀嚼し、糧として、新たな言葉を生み出そうとした。
「……結局は自分で、自分を傷つけていると?」
それが私の精一杯の返答であり、解釈であり、意味づけだった。
「ちょっと偏った言い方やが間違ってはいない
わしが言いたいのはな、
現実に対する意味づけは選べるということや」
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