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P9 無の弾手
頻繁に過去に飛ぶ私の意識を呼び戻すように、また玄関のチャイムが鳴った。
2年の引きこもり生活で学んだのは、ただの生活音や機械音にも演奏者の意思が伝わるということだ。
今まで聞いてきたそれは物々しいバックグラウンドを含ませていたが、その音は文字通り、”ただのチャイム”だった。
まるで機械が誤作動を起こしているように。
呼吸を静かに3回ほど繰り返したころ、今度はノックの音がした。
それはとても正確で規則正しく、空気を振動させた。
大きすぎず…小さすぎず…早すぎず…遅すぎず…
コン、コン、コン、と…
この音の主は人間の心を理解していると言いたげなのだろうか。
私はというと相も変わらず、防衛本能が命ずるままに、警戒心を尖らせている。
その音から察するに玄関の向こうには間違いなく、”あの男性”がいるのだろう。
しかし、なぜ彼が我が家のチャイムをならさなければならないのだろうか…
私は記憶を総動員させてみたが彼にあたりそうな人物は思い当たらなかった。
私の知る限り、父や姉、もちろん母の関係者でもそのような人は思い当たらない。
いいや、そもそも彼は先ほどの彼女達との会話でこの家を、この家庭を、そして私を初めて認知したような様子だった。
つまり、彼は今さっき認識したばかりの、黒い噂がただよう得体のしれない存在に接触をしようとしているということだ。
そう考えると彼の目的を考えられずにはいられなかった。
その動機は知的好奇心からくるものなのか、それとも正義心や義務感の類か、はたまたそれ以外のなにかか…
いずれにせよ、その理由が判明しない限り、私はそのコンタクトに反応するつもりはなかった。
もっとも、理由がわかったとしても私が彼と接触するということは天文学的奇跡に近い現象のように思えるが…
また少しの間が沈黙が流れていたが、玄関前から男性が去ったような様子はなかった。
足音も聞こえてこないうえに、その気配は確かにそこにあったからだ。
このまま、応答があるまで待ち続けるのかと思っていた矢先、玄関のポストが開く音が聞こえた。
すると同時に、スタスタとした足音が遠のいていくのが聞こえてきた。
相も変わらず、無機質なリズムを刻みながら
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