「ベッドルーム・ポップ」という曖昧な音楽ジャンル③:ストリーミング時代の流行
僕は「ベッドルーム・ポップ」が三度の飯より大好きだ。しかしずっと「ベッドルーム・ポップ」についてしっかりまとめようと思ってはや2年。この体たらくで申し訳ないが、昨年の年末からようやくこの「ベッドルーム・ポップ」の特集コラムをはじめました。
今まで2回に渡って「ベッドルーム・ポップ」の起源とルーツに迫ったコラムから、「ベッドルーム・ポップ」というジャンルの音楽性の広がりについて触れてきました。
今回は「ベッドルーム・ポップ」というジャンルが大きく広がった、2016年以降のストリーミング時代に焦点を当てて、このジャンルの波及についてまとめていこうかと思います。
2016年の世界的なストリーミング時代の到来
前回のこのコラムの終わりの方で触れましたが、2015年6月ごろからApple Musicの本格的にスタートし、Spotifyも勢いがつき始め、新たな時代の到来の兆しが見え始めたのが2016年。この年は世界的に見ても素晴らしい音楽作品がこぞってリリースされた年でもありますね。Kanye WestやBeyoncé、Chance The Rapper、Solange、そして前回のコラムでも触れた「ベッドルーム・ポップ」において重要となるFrank Oceanの『Blonde』と『Endless』。もっと最高な作品はありますが、少しあげるだけでもやはり名作ばかりですね。そんな裏側では「ベッドルーム・ポップ」の息吹がもたらされています。
Rex Orange CountyとBROCKHAMPTONの登場
ストリーミング時代には若手のアーティストに多大な影響を与えるアーティストがアルバムをリリースします。まずイギリスから現れた、SoundCloudやBandcampを中心に楽曲をアップロードし、早耳リスナーからも注目を集めていたRex Orange County。彼の初作『bcos u will never b free』は2015年に当時”Rex”名義でリリースし、大きな反響を集めました。
ちなみにストリーミングにはないですが、Bandcampの音源にはM3に「Cape Fear」という曲があり、Cosmo Pykeがちゃっかり客演で入っています。Cosmo PykeもUKを代表するベッドルーム・ポップ・アーティストでもあり、削除されてしまっていますが、Frank Oceanの「Nikes」のMVに出演しており、シーンの中心人物でもあるのは明らかですね。(自分がかつてSpincoasterで書いた記事を貼っておきます。)
Rexの話に戻して、そのあと彼はTyler, the Creatorに魅入られ、2017年の『Flower Boy』にも客演で参加し、彼は一躍世界中の「ベッドルーム・ポップ」のスターへと駆け上りました。
一方アメリカの方では、コレクティヴ〈Odd Future〉の後継を担うようなグループが現れます。自らを”アメリカン・ボーイ・バンド”と名乗るKevin Abstractを中心としたコレクティヴ「BROCKHAMPTON」。2016年4月に『ALL-AMERICAN TRASH』をリリースし、そのツアーで注目を集めていきました。その勢いのままに2017年には『SATURATION』3部作を発表し、世界中から熱狂的ファンを集めるようになります。
またKevin Abstractの2016年に発表した『American Boyfriend: A Suburban Love Story』も忘れてはいけません。この作品には熱狂的な指示を集めるRoy Blairが参加していることでも有名です。
あまり「ベッドルーム・ポップ」のジャンルを語るときに、Kevin Abstract率いるBROCKHAMPTONの存在は語られませんが、実は彼らが中心となって、アーティストの輪が広がり、この「ベッドルーム・ポップ」のジャンルが波及したのは間違いありません。それについて言及したコラムは有料ですが、以前ここで詳しく語っていますのでぜひのぞいてみてください。
このRex Orange County、そしてBROCKHAMPTON、主にKevin Abstractを中心に、のちのち「ベッドルーム・ポップ」のスターとなるアーティストが増え始めます。
“「ベッドルーム・ポップ」で括るな” 2017年の業界の策略
2017年になるとどんどん多くの「ベッドルーム・ポップ」系のアーティストが芽吹いていきます。Clairoはもちろん、Roy Blair、Zack Villere、Dijon、Omar Apollo、Raveena、Deb Neberなどここもあげたらキリがないですが、多くのアーティストがEPやアルバムを続々と発表していきます。
これまでのコラムでも「ベッドルーム・ポップ」の起源についても触れてきましたが、2010年代の前半はどちらかというと、DIYアーティストによるニッチなジャンルでした。それが2017年になるとたちまちこのニッチなジャンルであった「ベッドルーム・ポップ」がメインストリームに食い込んでいきます。今まで技術的な進歩によってシステムが安価になり、多くの人が”宅録”でき、さらにはストリーミングサービスへのデリバリーも簡単になったことも起因していますが、もっと追い風を吹かせた業界の一手があったのはご存知でしょうか?それがSpotifyが制作した”Bedroom Pop”というプレイリストです。
現在では100万以上のフォロワー数を誇る巨大なプレイリストですが、2017年の終わり頃からこのプレイリストが現れ、2018年になったばかりの頃には10万人のフォロワーを抱えていました。もともと2017年6月ごろからSpotifyのエディトリアルチーム(プレイリストなどを制作するチーム)が、この「ベッドルーム・ポップ」のムーブメントに目を向けていたそうで、それが確信に変わったのがClairoが2017年9月に「Pretty Girl」をYouTubeに出したことです。これがネットで爆発的なヒットをし、1日で100万回再生にいったほど。
Clairoの今までの経歴やバイラルヒットによるアーティストの苦しみにフォーカスして書いた、『Sling』のアルバムレビューを公開しているので、詳しくはこちらをのぞいてください。
そこからSpotifyのエディトリアルチームが一気に動き始め、そういう系統のアーティストを集めたプレイリストを制作し始めました。名前はかなり悩んだそうですが、シンプルに”Bedroom Pop”と名付け、それがのちのちこのムーブメント、そして曖昧でジャンルレスなサウンドが、「ベッドルーム・ポップ」とラベリングされるようになったのです。そこから多くの音楽メディアでもこの用語が多く使われるようになり、その成れの果てが「ポスト・ジャンル」というわけです。やはりそういう風に業界側からアーティストのムーブメントをラベリングをされると、反感を持つアーティストも多いです。Pigeons & Planesのインタビューで「ベッドルーム・ポップ」という言葉で括られることについてClairoは下記のように語っています。
このPigeons & Planesのインタビューではそれぞれの「ベッドルーム・ポップ」と括られたアーティストがどのような心境なのか語られているのでとてもいい記事ですのでぜひ。
先程のBROCKHAMPTONのコラムでもそのアーティストの広がりについて記載していますが、ストリーミング時代の新人アーティストはそれぞれのアーティストがお互いをリスペクトして、各々のSNSでその楽曲を紹介したり、交流したり、コラボしたり、それが重なりに重なり、一大ムーブメントへと拡大していったのです。僕自身もこのムーブメントは初期から追っていますが、やはり新しいアーティストを知るきっかけは、別のアーティストのSNSの発信でした。そこを追っていけばいくほど、どんどんクモの巣のように広がっていき、アーティスト同士の繋がりが確固たるものだと確信しました。そのお互いの高めあいこそが、「ベッドルーム・ポップ」というムーブメント、然りジャンルをメインストリームに押し上げていったのでしょう。
2019年に急に現れた謎のプレイリスト”Lorem”
「”Lorem”?なんだこの単語は?」実際の意味は、出版やグラフィックデザインなどに用いられるダミーテキスト「lorem ipsum」の略なんだとか。
「ベッドルーム・ポップ」を熱心に追っている中で、2019年のはじめ頃から、アーティストがある一つのSpotifyのプレイリストで騒ぎ始めました。それがこの”Lorem”です。
「ベッドルーム・ポップ」のアーティストの輪は数珠繋ぎのようにどんどん広がっていき、2019年には正直プレイリストでは網羅できないほど巨大なムーブメントになりつつありました。そんなときに「巨大なムーブメントを隅々まで網羅し、しかもしっかりと新しいアーティストも追加されている。なんなんだこのプレイリストは…」と驚いたのを今でも覚えています。このプレイリストのファンはどんどんと増え続け、現在のフォロワーはなんと98万人と、”Bedroom Pop”のプレイリストにも近いほど巨大なプレイリストに成長し続けています。僕自身もいまでもよくチェックするSpotifyのプレイリストの一つです。
この”Lorem”の仕掛け人が、Lizzy SzaboというSpotifyのエディトリアルチームの人です。この方が常にYouTubeやTikTok、SNS、アーティストの動向を追って随時追加しているらしい。一時期この人が追加する前にどれだけ早くアーティストを見つけられるか、みたいなどうでもいいゲームを1人でやっていた時期もありました。
ちなみに主に18歳〜22歳の若者がよく聴いているそうで、ある種のコミュニティ的な盛り上がりをみせています。Spotifyにはこの”Lorem”以外にも、ジャンルにとらわれない面白いプレイリストが多く存在しますが、最近であれば”planet rave”とかですかね。
Spotifyのプレイリストは”Bedroom Pop”といったものや、”hyperpop”などのジャンル的なものに特化したものが出来上がるも、その後アーティストから反感を買うことが多かったですよね。そんな中で新たな試みとして”Lorem”や”POLLEN”、”planet rave”など、全く関係ない単語を使用しつつも、ある種コミュニティ機能を果たすようなプレイリストが増えてきているような気がしています。アーティスト側も何かのジャンルに括られることを特に忌み嫌う若手のアーティストや、ジャンルにとらわれないリスナーが増えていることも間違いありません。それだけ音楽をある種のジャンルに分けることの無意味さが露呈してきているのもたしかです。
このコラムで「ベッドルーム・ポップ」の起源やルーツ、サウンドの広がり、そして今回のストリーミング時代での波及について追ってきましたが、「ベッドルーム・ポップ」のムーブメント自体が、音楽メディアで使われるような「ポスト・ジャンル」の大元でもあり、ジャンルに括ることのアホらしさを示したムーブメントでもあるということです。
しかしその「ベッドルーム・ポップ」というサウンドも、2021年にもなると段々と定型化されていき、飽和状態になりかけていきます。次回は「ベッドルーム・ポップ」というムーブメントの終焉について迫っていきます。
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