マライア・キャリーの最新アルバムにジャズシンガーとしての高いポテンシャルをみた。LULLABY OF BIRDLAND(14)(FROM THE THE RARITIES ALBUM) / MARIAH CAREY
ジャズのスタンダード「lullaby of birdland」はイギリス生まれのピアニスト、ジョージシアリングが生み出したヴォーカル曲として知られ、サラヴォーンやエラフィッツジェラルドなどこれまでさまざまな名シンガーが名を連ねるディスコグラフィーである。
この度マライアキャリーがリリースしたレア曲ばかりを集めたアルバム、その名も「THE RARITIES」にこの曲のカバーが収録されていたことにファンはかなり歓喜した。なぜなら彼女はジャズを好きだということをオフィシャルに言ってきたことはあまりないし、影響を受けたシンガーとして公言しているのはアレサやスティービー、パティや80年代のロックシンガーたちばかりだったことから、特にジャズに傾倒している様子は感じたことがなかったからだ。
しかし2014年あたりから、ライブの打ち上げやオフショットで時たまジャズを歌ってみせる姿を動画サイトやSNSでみられる機会が増えた。ファンはすぐさま反応を返し、「ジャズアルバムを作って」「ジャズをもっと歌うべきだ!」などリプしていたのを覚えている。遊び半部で歌っているにも関わらず、しっかりジャズしている歌唱に高いポテンシャルを感じたのだろう。かくいうわたしも、彼女のフリースタイルにはかなり熱いものを感じたし、何よりもこのキャリアにしてまだまだ引き出しがあるのかと、驚嘆したものだ。
さて今回収録された「LULLABY OF BIRDLAND」はそんな時期にライブで披露されたバージョン。酒焼けしてラスピーになっているマライアの声にぴったりな歌唱で、御馴染みビッグ・ジム・ライトがムード満点のピアノアレンジとインプロヴィゼーションを披露してくれている。機嫌よく歌っているマライアはまさに貫禄を漂わせる名ジャズシンガーそのものだ。
とはいえ実は、ジャズのカバーは初めてではない。91年に発表したアルバム「EMOTIONS」では、ピアニストのラス・フリーマンがチェットベイカーに提供したインスト曲「THE WIND」にオリジナルの歌詞をつけて歌っている。この渋い選曲に子供だったわたしはかなり戸惑ったのだが、年を重ねるごとに不思議と好きになってきた曲でもある。大人になってからはますますこの曲が好きになっていった。
さらに驚くことにこの時期のマライアは御年21歳。なんという選曲の妙であり、彼女のディープでエアリーなボーカルがめいっぱい堪能できるコアな1曲である。アルバムのラストを飾る名歌唱として、長年のファンの間では根強い人気を得ているというが、わたしのような気持ちで長年かけて好きになっていったファンがきっと多いのだろう。
R&Bも歌え、ソウルも歌え、ゴスペルも歌え、ポップスもこなし、そしてジャズも歌える歌手なんてほんの人握り。いやそんな多彩な歌が歌える歌手は後にも先にもマライアひとりくらいかもしれない。ファンとしてはヒットチャートで暴れまくる彼女の姿がまたみたいと思いつつ、今回のようにジャズのスタンダードを披露してきたところをみると、彼女自身に音楽探求に一筋の変化が訪れたに違いないと推察する。リラックスした大人のアルバムを作ってくれる日も近いのかなと思い始め、期待せずにはいられない。