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まだ幸せになりたいと思っている

今日は午後に4時間ぐらい寝て少しは身体も楽になったつもりでいたら夕方になって頭痛。それほど激しくはないので放置していたらキンキン痛みます。困ったなあどうしたもんかなあ、やっぱり痛み止め飲んだほうがいいかなあと迷います。痛み止めを飲んでも効かない痛みだと厄介です。

とかなんとか悩みにもならない悩みでぐだぐだしていたら天気が不安になってきました。夕立というかゲリラ豪雨というか。予報では降らないはずですが、雲がけっこう出てきた気がします。なので買い物へ。ついでに少しぐるっと歩いて歩数を稼ぎます。

歩いている途中で日が沈んでいきます。暗くなった道を歩いていると今の生活に対する漠然とした不安が込み上げてきます。同時に、今の生活が決して不幸ばかりでもないのだなと、そんなことも思います。戦乱に巻き込まれているわけでも食うに困るほどの貧困にあえいでいるわけでもなく、娘はともかく私は健康で仕事もありわずかながらも副収入を得たりおためし程度に投資を体験したりもしています。

不幸ではないな。いや、娘の病気は幸せではないけど、私ひとりの身でも娘を抱えている暮らしも幸福かと言われるとどうかなあとも思うけど、だからと言って不幸かと言われるとどうなのかなあ。

多分、不幸ではないと思うんだよな。

もしかすると意外と幸せかも。娘の病気はともかく。(元)妻も出ていったけど。

そういえば(元)妻がいなくなってからの生活はお金がかからないので何もしなくても貯金が少しずつ増えていく状態です。(元)妻は高い買い物をするわけでも遊び歩くわけでもなかったのですが、日々の食費がなあ。とにかく腹が減ると泣いて暴れたりするし食事に肉がないと悲しくなるし美味しいものを食べると食べ終えてしまうのが悲しいと言って終盤は本当に悲嘆にくれたりもしていました。食い意地だけで生きている感じ。出ていく直前数カ月はそれまであまりしなかった料理もがんばっていましたが、食材が高くつくんだよなあ。よく聞く「お父さんの手料理」みたいな感じ。逆に私は食材費はほとんどかけないのです。なので、出ていったあとも「金食い虫がいなくなったからお金かかんないんじゃないの」と(元)妻本人が言っていました。よくわかってんじゃん、その通りだよ!

それらもすべて思い出になりつつあります。楽しかった日々、そんなこともあったなあ。面白いやつだった。

そういう振り返りも含めて、やはり今の自分は不幸とは言えないなあ。幸福とも言えないけど。

そして、もういい年齢なのに、まだ幸せになりたいと思っている自分に気がついてなんとも言えない気持ちになります。幸せと言っても色々あります。自分が今思う幸せは人生の宿題を片付けること、それ一点です。もう時間がないのではなどと思う気持ちとまだまだなのではという気持ちのせめぎ合い。多分、まだまだが正解です。

買い物をして帰宅したら娘が起きてきました。買ってきた菓子パンを食べるそうです。夕食はこれだけでいいかも。風呂は今日も入らないと言います。そろそろ入りなよ。髪の毛ネバネバだよ。

私の夕食も娘と同様に菓子パンでした。足りない。うどんを茹でることにしました。

「うどん茹でたら食べる?」

娘にもいちおう聞いてみます。

「食べる」

菓子パンだけじゃ足りないよね。今日の昼食は、ツナとレタスのホットサンド、ベーコンと小松菜のスープでした。四食めになるけどしょうがない。ヒガシマルのうどんスープを使い切りました。また買ってこないとな。

いただいたサポートは娘との暮らしに使わせていただきます。ありがとうございます。