娘からあまり聞かなくなった「世界没落体験」と妄想よりも過酷な現実について
統合失調症のよくある妄想として挙げられる「世界没落体験」については何度か触れています。「霊の声が聞こえる」と言い出して病院に通うようになった娘は「家の外で世界が大変なことになっている」という典型的な世界没落体験をよく聞かせてくれました。
世界没落体験という妄想は映画や物語のネタになるような話だったりしますが、純粋に心の内側から湧いてくる心象風景が基になって広がっていくだけでなく、外の世界で実際に起こっているなにかに影響を受けることもありそうです。なので、病気のことが判明してからは娘にはなるべく刺激の強いニュースなどは見せないようにしていました。中学生高校生の頃は受験対策もあってテレビでニュースなど見せていたのです。背景の知識が不足していたりそもそも複雑な説明だとついていけなかったりなので、すっきりと要約されていて背景の説明も必要であれば付加される「手話ニュース」をよく見ていました。見ていたというか見せていたというか見てもらっていたというか。まあ、どんなニュースを見ても娘は興味を示すことはなく「見たよ」ぐらいの反応でした。好奇心とか探究心、知識欲などは娘とは無縁です。関心が無いというより自分には関係ないというか、自分の中にそうした関心の置き場所が無いというか、なんかそんな感じです。
大学を中退してからはテレビでニュースを見ることもなくなりました。そのうちテレビを見ることも無くなり、先日はYouTubeを見ていたはずのスマホも発作的にゴミ箱の中に捨てていたのでこちらでしまっておくことにしました。映像による外界との接点はもうありません。娘はそれで困っている様子もありません。頭の中の妄想と会話するだけで充分に忙しいようです。
とはいえ、病院に行ったりなんだりで外に出ないわけにもいきません。たまに外に出ると「外の世界は存在していたんだ」みたいな感慨にふけっています。一瞬ですが。すぐに興味を失って早く帰って妄想の世界に戻りたいでいっぱいになります。
ここ数年は、疫病や戦争など、娘の「世界没落体験」が具体化してしまったような大変な出来事が相次いでいます。今日も、21世紀のものとは思えない事件が起こってしまいました。ネットには映像が溢れています。娘が今スマホを使っていなくて良かったとホッとしています。映画やドラマでも衝撃的なのに、現実で、それも外国ではなくこの日本で起こった出来事が娘の妄想をどれだけ加速させるか、考えただけで恐ろしいです。
非常に低刺激な日々を送っている娘は、だからこそ、万が一、薬が劇的に効いて社会に戻る機会が訪れた時、この地獄のような現実を受け入れられるのでしょうか。ひどく心配です。
幸か不幸か、現時点では薬が劇的に効いて社会に復帰する可能性はほぼありません。ですが、これから先、特効薬が出てこないとも限りません。
でも、それで病気が治ったところで、簡単に社会復帰できるかどうかはまた別問題です。
悪意や暴力に満ちた世界は妄想の中だけで充分です。
現実はもっと善意と親切で満ちていて欲しいのです。
薬が効いた時が危ないとよく言われます。自分自身の置かれた難しい状況に気がついてしまうからということだと理解していますが、もしかすると悪意と暴力の満ちた現実に絶望してしまうということもあるのかもしれません。
しかし、そう考えると病気でない人々、もしくは病気でも薬を飲んで社会に戻ろうとしている人々、もしくは病気だけど病気でないと思いこんでいたり病気でないと思い込もうとしたりしている人々は、この過酷な現実を、ギリギリかそれぐらいで、なんとかかんとか生き抜いているわけです。
考えてみると、それだけでけっこうすごい。すごいですよ。
本当にすごい。
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