笑顔で狂ったことを言われると血走った目で叫んで暴れてとはまた違う意味で心の深いところをえぐられます
娘、昨夜は全然寝ませんでした。何度も起きてトイレに行ったりキッチンでがちゃがちゃやったり。合間合間に楽しそうに喋ったりも。明け方もトイレに向かってドスドスバッタンドスドスバッタン。久しぶりに耳栓して寝ようかなあ。
最近耳栓をしていないのは寝る直前にスマホでラジオを聞いているからです。アメリカのミュージックチャートとかBBCのニュースとかです。ラジオで聞くとエド・シーランもジャスティン・ビーバーも歌めちゃくちゃ上手いし良い声してんなあとか、そんなことを思います。デュア・リパとエイバ・マックスとレディ・ガガは耳で歌だけ聞くと印象がごっちゃになってしまっていましたが、慣れてくるにつれて徐々に違いがわかるようになってきました。エイバ・マックスは新曲の『Maybe You're The Problem』をラジオで聞いて久々に変な曲だと思ってYouTubeでPV見たらビデオは曲を上回るバカっぷりで最高でした。レディ・ガガを越えそうな勢いです。あとリル・ナズ・Xはなんか若々しくってすごくいい。ドージャ・キャットは声がすげえかわいい(ちいかわ的な方向で)。
とか、そんな感じでラジオを聞いて、眠くなったらイヤフォンを外して寝ているので耳栓をするタイミングが無いというか。今日は久々に試してみようかなあ、耳栓。
夜中に寝なかった娘は今日の日中も寝ていなかったようです。いや、寝たり起きたりなのかな、どうなのかな。食べているのは食べているようです。今日もキッチンには食べ散らかした残骸が散らばっていました。食べる量も増えているので、風呂に入る際に体重を測ってもらったら、過去最高まではいきませんが、だいぶ増えていました。よろしくないです。それでもアイスは食べます。
あ、今、気がついた。体重増、ミルクセーキだ。砂糖か蜂蜜入れて何杯も何杯も飲んでるアレだ。そうだそうだ。どうにかなんねえなかなあ。なんねえんだろうなあ。
今日は風呂にも入ったのでよく眠れるでしょうか。よく眠ってほしいです。
と思っていたら、「寝るね」と言って部屋にこもってから三十分も経たないうちに出てきて今度はコーンフレークを食べていました。だから食べ過ぎだって。
そのあとも居間でふらふらしています。飲み物は甘いのを中心にガブガブ。甘くないのも用意してあるのですが、先に甘いのから行くようです。もう、どうにもならん。
「眠れないの?」
声をかけてみました。
「あのね。○○だよ」
ものすごく嬉しそうなキラキラした笑顔で妄想彼氏の名前を言い出しました。
「○○だよ」
「違うでしょ」
「○○だよ」
「いや、だから違うって」
「○○になるの」
「ならないよ」
「あのね、このままオトコになるの」
「いや、だからならないって」
「○○だよ」
この間、娘はずっと笑顔です。男になるのだそうです。嬉しそうです。
「あのね、○○クン、今なにしてるか知ってるの?」
娘が知ってるはずはありません。妄想彼氏の○○クンは小学校中学校の同級生ですが、中学を出てから会ったこともないはずです。
「全部忘れて男になるの」
「だから、ならないって」
「あのね、オトコになるんだよ」
ものすごく嬉しそうなキラキラした笑顔で妄想彼氏の名前を名乗り男になると言い出す娘はどうしようもないほど狂っています。まともなところはひとつもありません。叫んで暴れている時はもうすぐ落ち着いてくれるという不幸中の幸いのようであまり幸いでもない希望があります。キラキラした笑顔で嬉しそうに狂った妄想を垂れ流される先には不幸中の幸いのような希望すらありません。娘がこれから先まともなことを言うだろうという微かな希望すら失われてしまったことをこれでもかと思い知らされます。私の心は瞬く間に怒りに満たされます。なんでこんな目に会わないとならないんだ。むき出しの怒りをなんとかぎりぎり抑えつけながら、私は娘に言います。
「嘘つき」
「嘘じゃないよ。男になるよ」
楽しそうです。
「嘘ばっかり」
「男になるよ」
キラッキラです。
「嘘ばっかりだよ」
娘と話すことはありません。今に始まった話ではなく、もうずっと前から娘と話すことはありません。何もありません。娘とは何も話せません。
虚無とか絶望とかそういうことなのかどうかも私にはわかりません。娘には何もないのです。今までも、これからも。娘がこれから先、まともなことを喋りだすことはありません。
狂気は空っぽです。キラキラした嬉しそうな笑顔で狂ったことを言われると、それを思い知らされます。
狂気は空っぽです。
希望も絶望もない。
何もない。
空っぽ。
◇ ◇ ◇