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「小説を読むという行為は、かなりヘンなことだということは、自覚したほうがいい」に笑いました。『百冊で耕す <自由に、なる>ための読書術』
『百冊で耕す <自由に、なる>ための読書術』は、読書の効能をうたったビジネス書です。
「速読するのは、静かに精読するためだ」「読書とは痕跡のことだ/著者とつきあうことだ/自分の感情、思考、その痕跡を残す」「本を読むとは、結局、人類を信じるということだ」など、本を読むことの本当の意味を教えてくれます。
特に「読書とは、問いを、自分で言葉にできるようにする、遠回りの、しかし確実なトレーニングだ」は、読書を問いのための訓練道具にすることを推奨しています。
「本ににじりよっていくうち、自分の言葉で、問いを表現できるようになる」と、問うことで答えを導き出していくのです。
「<知識>が堆積していって、そのエネルギーで発火するのが、<理解>という現象の本質だ」と、本が知識から理解へと至る過程に使われる道具であることがわかります。
本を活用したいサラリーマンは、トレーニングの一環として読み始めることを勧めます。
「本棚が人格を作る」「そもそも本を読むとは、みんなと同じが居心地悪い人、いわば不良の行為なのではないかと思うときがある」「批判とは、たえまない移動をくりかえすこと」などを通して、本を読む人を変人だと認識することから始めるということがおかしかったです。
特に「本を読むとは、孤独に耐えられるということも意味する/世界で一人きりになっても、本の世界に遊ぶことができる」は、孤独に耐えられるという読書の効能を説いています。
「愛されることを渇望する人は、孤独の重さに耐えられない」と、読書をしない人間は孤独であることに恐怖します。
しかし、「本があればなんとか生きられる人は、必ずしも愛されることを必要としない」と、孤独を当然のことと認識し、スルーすることができます。
孤独に耐えられないサラリーマンは、一度、読書で自分を癒してみてはいかがでしょうか。
オタクの視点から言うと、「広義の積ん読:将来読むつもりで、本棚に入れておくこと」に刺さりました。
「ファッションとしての積ん読」を推奨しています。
前山のようなオタクは、読みたくて本を購入しているのに、他の本に気を取られて、結果的に積ん読を重ねてしまう傾向があります。
ファッションとして積ん読を捉えることで、オタクの罪悪感を払拭できるかもしれませんね。