019 ビートたけし「ロンリーボーイ・ロンリーガール」(1986年)
作詞・作曲:ビートたけし 編曲:森村献
芸人が売れるとレコードを出すという時代がありました。その多くはお笑いの要素を含んだコミカルなものだったわけですが、ビートたけしは本気でした。
その初期にはお笑い的な要素のあるレコードもありますが、音楽は音楽として真面目にやるというスタンス。人間としての弱さや孤独、男の背中など、素の人間性を歌った歌が多く、それは芸人としては諸刃の剣だったはずですが、たけしはそれを見事に人や芸の深みに繋げました。
たけしの音楽は、主にソウルミュージックとバラッドがベースになっています。80年代なので8ビートのアレンジが主体ですが、アクセントを後ろに置いたドラミングやホーンセクションの使い方はまさにソウル・ミュージックそのものです。
アルバム「AM 3:25」(84年)の頃はジャッキー・ウィルソンを80年代ポップ化したような感じ。そして、「浅草キッド」(86年)の頃は、そこにサム・クックが入り込んできます。実は、大学生の頃のたけしはサム・クックが好きで、よく聴いていたようです。たけしの特徴的な歌い方も、実はサム・クックからの影響なのではないかこと僕は思っています。特に、母音の"あ"の音を上顎の奥に引っ掛けるように響かせるところは、サム・クックそっくりです。僕は常日頃から、たけしこそ日本のサム・クックだ!と豪語しているのですが、残念ながら今のところ同意してくれる人はいません(笑) しかし、決して上手い歌い手ではないものの、個性的かつ心に訴えかけてくるものの豊かさという点で、素晴らしいシンガーであることに異論はないでしょう。
86年は、松方弘樹との「I'll Be Back Again…いつかは」の大ヒットや、CMに使われた英語曲の「I FEEL LUCKY」といった話題が多く、それに続くシングル「ロンリーボーイ・ロンリーガール」はひっそりとリリースされた印象があります。おそらく、たけしの名曲群の中でも、それほど人気のある曲ではないでしょう。しかし、これこそがたけしの音楽面を語る上での重要曲なのです。
まず、たけし自身の作品・作曲であるということ。ソングライターでもあったサム・クックには、クック調と呼ばれる楽曲スタイルがありましたが、アレンジこそポップになっていますが、この曲はまさにクック調そのもの。もしかしたら、デモ(があれば)の段階では、もっとシェイクするようなリズムだったのでは?と想像します。
ところで、なぜこのタイミングで、クック調の曲が出てきたのか。実は、この前年である85年、サム・クックの知られざるライブ録音が発掘され、世界中の音楽ファンに衝撃を与えました。そのアルバム「Live At The Harlem Square Club, 1963」(現在は「One Night Stand! Harlem Square Club, 1963」と改題)は、今まで白人の市場を意識してソフトに歌ったレコードしか残していなかったサムが、黒人の客だけしかいない会場で歌ったときの録音で、その激しさ、荒々しさ、ゴスペル直系のプリーチと、これぞサムの本質!と言えるもので、それを聴いたすべての黒人音楽ファンが震えたのです。おそらくたけしも同じようにこの名盤を聴いて、感銘を受けた結果がこの曲に繋がったのではないか。そんな気がします。