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世界


私のおばあちゃんは、魔法使いだったんだよ。

私が病気になると、呪文を唱えてくれたの。
呪文を唱えながら、悪いところを撫でてくれたの。

私、体が弱かったから、ずいぶんおばあちゃんに迷惑かけたんだ。

おばあちゃんが一生懸命呪文唱えて、撫でてくれてるのに、なかなか元気にならなくて。いつも病院に行く羽目になっちゃって、いつもいつも迷惑かけてたんだ。

虫歯になって、顔が腫れあがった時も、迷惑かけたの。
乳歯だから、抜ける歯だから、なんとか呪文が効いたんだって。
夜中に病院に連れていかれて、点滴打たれて、すごく痛かったけど、三日間の入院で助かったの。

階段から落ちた時もね、おばあちゃんが助けてくれたよ。

足首がすごく腫れて、親指が変色してね、もう歩けなくなると思ったんだ。
でもね、おばあちゃんが呪文してくれたから、病院行かなくても助かったの。痛いけど、歩けるようになったから、毎日歩いて学校行けたんだ。
おばあちゃんのおかげだよ、ちょっと足の親指が短くなっちゃったけど、大丈夫、サンダル履かないし。

盲腸になった時は、病院のせいでひどい目に遭ったんだよ。

おばあちゃんが一生懸命呪文してくれてるのに、藪医者が乗り込んできて途中で止めさせられて。私は気絶しててそのこと知らなかったんだけどね。そのせいで私おなかの中で悪い菌が増えちゃって一か月も入院させられたの。

病院はいつもいつもおばあちゃんの呪文を邪魔してくるんだ。

肺炎になった時も、呪文するのに邪魔だから点滴を取ったら怒られて。
呪文、途中で止めたせいで血が止まらなくなって。

左手の骨が折れた時も、呪文唱えながら骨を伸ばしていたら怒られて。
呪文、途中で止めたから、今でも左腕がちょっと反ってるの。

病院なんて、おばあちゃんがいれば必要ないんだけどね。
なんでか、いつも、私が気を失うたびに病院にいたんだよね。

今でも不思議なんだ、どうして私、いつも病院で目を覚ましていたのかな。
…多分、私の頭が悪いから、理解できないんだと思うんだけど。

私、頭が悪くて勉強ができなかったから、すごくおばあちゃんに助けてもらったんだ。

おばあちゃんが私の頭が良くなるようにって、毎日二時間お祈りしてくれてたの。
お祈りしてくれたから、私学校に通えるくらい頭が良くなったんだよ。学校の勉強が楽しかったのは、おばあちゃんのお祈りのおかげだったの。お祈りをやめたら勉強ができなくなるっておばあちゃんが教えてくれたから、理解できる頭がなくなっちゃうのが怖くて、必死で毎日正座してたんだ。

いじめられて、悲しかった時もおばあちゃんが助けてくれたんだよ。

学級名簿の住所を使って、同級生全員におばあちゃんが呪文とお祈りの大切さを書いたお手紙を送ってくれたの。
そしたらね、頭の悪い子供たちが私の周りから一人もいなくなったんだ。お祈りと呪文の素晴らしさがわからない人と友達になったら、恥ずかしいもんね。いじわるする子が一人もいなくなったの、一人で本を読む時間ができてうれしかった。

頭の悪いお友達なんか必要ないって、おばあちゃんが教えてくれなかったら寂しくてたまらなかったかもしれない。
でもね、寂しいのは、子供のうちだけだよって、おばあちゃんが教えてくれたから我慢できたんだ。

私ね、年頃になったら、おばあちゃんが見つけてくれたステキな人と結婚することが決まってるんだ。

おばあちゃんの選んでくれた人だったら、私絶対に幸せになれるもん!
私、早く大きくなって、おばあちゃんの選んでくれた人と恋するんだ!
出来の悪い人と付き合わないで、自分を磨いて、旦那さんのために生きていくんだ!

おばあちゃんのいう事は全部正しいから、安心して大人になれる!

おばあちゃんが呪文してくれるから、お祈りしてくれるから、何も怖いことなんかないよ!
おばあちゃんが私の事を大切に思ってくれているから、私はとっても幸せなんだ!

おばあちゃん、大好き!いつもありがとう!

そう、思っていたんだ。

思って、いたんだけど。

私、おばあちゃんに嫌われちゃったんだ。

…おばあちゃんが選んでくれた、男の人が、私の事をいらないって言ったから。

私、おばあちゃんの選んでくれた人に、「こんなデブは嫌だ」って言われちゃったんだ。
私、おばあちゃんの選んでくれた人に、「こんなブサイクは嫌だ」って言われちゃったんだ。
私、おばあちゃんの選んでくれた人に、「こんな汚い声の子は嫌だ」って言われちゃったんだ。
私、おばあちゃんの選んでくれた人に、「こんな暗い子は嫌だ」って言われちゃったんだ。
私、おばあちゃんの選んでくれた人に、「こんなオタクは嫌だ」って言われちゃったんだ。

おばあちゃんが、私を怒るようになった。

こんなにいろいろしてやったのにお前は何だ。
こんなにいろいろしてやったのにお前は役立たずだ。

こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかった。

お前に費やした私の時間を返せ。
お前に費やした私に詫びろ。

お前のせいで。
お前のせいで。

なにをしても、怒られる、私は出来損ない。
なにをしても、認めてもらえない、私は出来損ない。
なにをしても、私はダメなんだ。

何もできない出来損ない。
何も残さない出来損ない。

何一つおばあちゃんの喜ぶことができない出来損ない。
何一つおばあちゃんを喜ばせることができない出来損ない。

何もしなくても、私はダメなんだ。

何もできないんだから、労働ぐらいしたらどうだ。
何もできないんだから、金ぐらい出したらどうだ。
何もできないんだから、家のことぐらいやって詫びろ。

・・・なにをしても、私は。

・・・何かをしたところで、私は。

おばあちゃんは、私に呪文をしてくれなくなった。
おばあちゃんは、私にお祈りをしてくれなくなった。

なにもしてもらえない私は、どんどん頭が悪くなっていった。

頭の悪くなった私は、おばあちゃんの教えが理解できなくなった。
頭の悪くなった私は、おばあちゃんの行動が理解できなくなった。
頭の悪くなった私は、おばあちゃんの全てが理解できなくなった。

なにもしてもらえない私は、どんどん体が悪くなっていった。

体の悪くなった私は、すぐに病院に行くようになった。
体の悪くなった私は、すぐに病院で薬に頼るようになった。
体の悪くなった私は、すぐに病院で弱音を吐くようになった。

頭も体も悪くなった私は、頭の悪い人たちの世界に飛び込むことになった。

私は、頭の悪い人たちの世界でしか、存在を許されなくなった。

おばあちゃんが一番偉い家の中で、私の居場所なんて、存在しなくなった。

都会の片隅に、小さな部屋を借りて、家を出た。

一人で、頭の悪い人のあふれる世界を旅する毎日。
一人で、自分の頭の悪さを、持てあます日々。

何をしていいのかわからない、日々が、続いた。

何をしたらいいのかわからない、私だったけれども。
少しづつ、いろんなことを、知っていった。

頭の悪い人たちの世界は、ずいぶんやさしい事を、知った。

・・・頭の悪い人の世界。
・・・頭の悪い人の世界は、こんなにも。

理解できない私を叱る言葉は飛んでこない。
―――こんなの常識でしょうが!!

理解できない私を詰る言葉は飛んでこない。
―――なんで解ろうとしないの?!

理解できない私を責める言葉は飛んでこない。
―――お前のせいでこうなったんだ!!!

理解できない私を蔑む言葉は飛んでこない。
―――バカは生きるのが楽でいいね。

理解できない私を嘲る言葉は飛んでこない。
―――はいはい、結局出来損ないってことだね。

頭の悪い世界の優しさを知って、私はますます頭を悪くした。

頭の悪い私は、おばあちゃんの言葉すら理解することができなくなった。
頭の悪い私は、おばあちゃんが何を言っているのかわからない。
頭の悪い私は、おばあちゃんとの思い出すら浮かばなくなってしまった。
頭の悪い私は、おばあちゃんに孝行するという考えすら思い浮かばない。
頭の悪い私は、生まれ故郷を懐かしむという事すら思い浮かばくなった。

頭の悪い私は、今を生きることに精いっぱいで、昔の事を思い出せない。

思い出そうという気が起きない。

実家の電話番号が思い出せない。

自分の血筋の人間を誰一人として思い出せない。

頭の悪い私は、貴重な連絡先をすべて消し去ってしまった。

消してしまった連絡先は、もうどこにも存在していない。

私はもう、過去を思い出せない。
私はもう、過去を思い出そうと思わない。

頭が悪くて、幸せの意味が解らない。
頭が悪くて、生きる意味が解らない。

けれど、頭が悪いからこそ、生きていけると私は知った。

頭が悪いから、私は何も悲しまずに生きていける。
頭が悪いから、私は何も感じずに生きていける。

頭が悪くないと、生きていくのは難しい。

私は頭が悪いままでいい。

私は頭が悪い。

私は頭の悪い世界で、今日も頭の悪い言葉を吐き続け、生きている。

私は頭の悪い世界で、今日も。

精一杯、生きている。

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たかさば
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