偉大なる作家は、周りの妨害により物語を完成させることができない
……ここに、稀代の小説家がいる。
溢れるアイデアを意欲的に文字化し、個性的な発想で数多の人々を仰天させ、奇想天外な結末をいくつも発表して世の読書家を震え上がらせた人物である。
小説家は、非常にフットワークの軽い人物だ。
執筆の糧になると信じ、積極的にメディアに登場している。たくさんのタレントと関わり、たくさんの知らない事象と向き合い…、刺激をもらう事で感性を研ぎ澄ましているのだ。
小説家は、詰め込まれたスケジュールの中、素晴らしい作品を次々と生み出している。
続々と発表される作品に驚愕し、惹き込まれ、陶酔するファンが急増している。
その類稀な執筆速度と、落ち着いた鼓動を激しく打ち鳴らさずにはいられないアツい展開、初めて出会う斬新な描写、一度読んだらドはまりする独特の世界観…その魅力は、多くの人々に読書の習慣をもたらした。
小説家の独特な物言いは、読書に明るいもののみならず本を読まない人たちにも好まれている。
こんな面白い事を言う人が、いったいどんな物語を書いているのだろう…テレビ番組を見た視聴者が好奇心から著書を手にし、たくさんの人が作品のファンになっている。
ファンたちは、小説家のメディア進出を喜ばしいものとして受け入れていたが…、その反面、モヤモヤとしたものを抱えていた。
小説家は、些細なことで…貴重なアイデアを失いがちだったのである。
「ちょ!ニ十億人が涙を流す感動の物語が消し飛んだ!地球の未来が今この瞬間に潰ついえたんだけど?!」
「三島由紀夫があの世から乗り込んできて創作論を語るレベルのネタが浮かんでたのに!!あの世との関係性の覆るチャンスが、この、この!!ワサビ寿司のせいで!」
「ああ…美味すぎる、この味に出会えた奇跡の前に…僕のつまらない妄想が自主的に昇天していった…幅茂たんとうさん、今週のショートショート、消えちゃいました、ごめんちょ!」
時に罰ゲームのワサビの塊寿司を食べてネタを飛ばし。
時にドンケツゲームで負けてネタを飛ばし。
時に朝の情報番組で極上スイーツを堪能しネタを飛ばし。
テレビ番組に出なければこの世に発表されたであろう、消えた作品の数は…軽く100を超えている。
ゆかいなリアクションを求めて、小説家をいじるタレントが、後を絶たない。
……優れたリアクションをする人は、他にもたくさんいるというのに。
なぜ、どうして…よりによって、希少な小説家のリアクションを、人は求めてしまうのか……。
テレビに出ず、執筆だけに邁進して欲しい…そう願うものはたくさんいた。
テレビ生出演中も、メモを取ってネタを確保してほしい…そう祈るものがたくさんいた。
次はどんな物凄い物語が消えるのだろう…ハラハラしながらテレビ番組を視聴するものもいた。
貴重なアイデアが、一瞬の娯楽を求める数人の思惑でかき消されてしまう事が、残念でならない。
秒の笑いを取るために、永遠の感動が消えてしまっていることが、悔やまれてならない。
……完成に至らなかった物語に、思いを馳せる人々は少なくない。
小説家のもとには、鉛筆とメモ、筆記用タブレットなどのプレゼントがひっきりなしに届いている。
忘れる前に残せるのであれば、それが一番、いい。
しかし、執筆とテレビ番組出演を完全に切り離して考えている小説家は、もらったプレゼントを使う事はない。いただいたものはありがたく受け取り、海外の恵まれない子供たちにプレゼントをすることにしている。プレゼントを受け取った子供たちが、いつか面白い物語を創作してくれるのを、期待していたりもする。未来を想像して、物語を創作する事だってもちろん忘れてはいない。
……今日も小説家は、いろんなテレビ番組に出ては、思いついた端から盛大にネタを飛ばしている。
アンチの間では、実は何も思いついていないのに忘れたと言ってごまかしているのではないかという説が横行している。
小説家は、ものすごい勢いで色んな事を思いつくけれど、信じられないくらい気持ち良く思いついたことをキレイさっぱりと忘れてしまうためだ。
小説家はその説を真っ向から受け止め……、そんなことはないと否定している。
忘れっぽくてすまないねと、小説家は笑っている。
またいつか思い出すと思うからと、小説家は笑っている。
次はもっとすごいネタを書くから許してねと、小説家は笑っている。
忘れてしまったせいで書けなかった物語が、どんな物語なのかは…わからない。
毎度毎度忘れては、普通に面白い小説を発表し。
毎度毎度忘れては、普通に感動する小説を発表し。
毎度毎度忘れては、普通に唸らせる小説を発表し。
毎度毎度忘れては、普通に驚くような小説を発表し。
毎度毎度忘れては、普通に売れる小説を発表し。
………こんなに忘れているのに、たくさんの人たちに読まれる物語を書いている、小説家。
小説家は、今日もマイペースに…創作をしている。
いつか小説家が、何一つ忘れることなく…ものすごい作品を発表できる時が来るのを、私は心待ちにしている。
志半ばで挫折することが無いよう、これからも私は小説家を見守っていく所存だ。
……長生きしろよ、小説家。