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てんこ盛り


私には、食べたくてたまらないものがあった。

いつ見てもホカホカと湯気を携える、実に魅力的な食べ物。
いつ見ても凛々しく盛り上がっている、実に神々しい食べ物。

……てんこ盛りのごはんである!!!

いわゆる、昔話盛りという奴だ。
盛りすぎている、白いご飯だ。

毎日会社へと向かう道中、大変にうまそうな、てんこ盛りのごはんを見た。
毎日会社から帰る道中、空腹感を倍増させる、てんこ盛りのごはんを見た。

定食屋の看板にくっついている、少々変色したてんこ盛りご飯の立体オブジェ。決して食べることはできない、ただの作りものである。

だがしかし!!!

実に食欲をそそるデザインのこのごはん、湯気が出るギミックを装備しており、営業時には実に勢いよく白い煙をもくもくと……これ見よがしに噴出していたのである!
朝食もやっていたので、出勤時もはでに美味しそうな雰囲気をぶちまけていたのである!
夕方はスポットライトを浴びて、さらにきらびやかに魅力を振り撒いていたのである!
初めて見かけた3年前から、ずっと変わらぬ過剰演出を続けていたのである!

一度でいいから食べてみたい、アニメの中で見た、てんこ盛りの白いご飯。

通りかかると、いつもガタイのいいおじさんたちが、若者が、こぞって入店していくのを見かけた。

この人たちは今からてんこ盛りを喰らうのだな、そんなことを思いつつ、定食屋の横を通り過ぎる毎日。
自分も食べてみようかな、そう思いつつ、暖簾をくぐる勇気が出ないまま、定食屋の横を通り過ぎる毎日。

定食屋のてんこ盛りご飯を見るたびに、腹がけたたましく鳴り空腹を訴えた。
定食屋のてんこ盛りご飯を見るたびに、家に帰ったら白いご飯を炊く事を心に誓った。

この店に入れば、てんこ盛りのごはんが食べられる、そう思い続けて数年が過ぎた。

この店に入らずとも、自分の家で茶碗にご飯をてんこ盛ればいいじゃないか、そう思い続けて数年が過ぎたのだ。
この店を横目に見つつ、家に帰って炊飯器を開けて、てんこ盛るのはやめておこうと思いとどまって……数年が過ぎたのだった。

てんこ盛りに憧れた私は、てんこ盛りに手を出すことなく、普通盛りをもそもそと食べ続けていたのだ。

そんなある日、仕事帰りにいつもの様に定食屋の前を通りかかった私は、入り口に大きく張り出された張り紙を見て思わず立ち止まった。

「え!!嘘!!閉店するの?!」

なんと、長きにわたり私が思いを募らせてきたあの定食屋が、閉店することになったのである。

「5年にわたるご愛顧ありがとうございました」と書いてあるのを見てしまった、私。

……これは閉店前に何としてもてんこ盛りを食べておかねばなるまい!!!
かくして私は、初の入店を決めた。

翌日、私は昼ご飯を少なめに取り、万全の超空腹で定食屋の暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませー!お一人様です?」
「はい。」

カウンター席に陣取り、日替わり定食を注文する。

「ご飯は何盛にしますか?」
「て、てんこ盛りでお願いします!」

「はーい、日替わりてんこいっちょ―!」

すんなり注文が通ってしまい、少々驚いた。

ガタイがいいとはいえ、私は女子なのだ、一言くらい確認してくれると思っていたのだ。

もしかして私、そんなに食べそうな人に見えるのだろうか……。

「牛好き定食、てんこ盛りで。」
「カツとじ定食てんこ盛りダブルね。」
「生姜焼き定食てんこ盛り。」

注文した後、ボチボチ入店してくるお客さんの言葉を拾うと、実にみんなてんこ盛りを注文している。

……大食いの人ばかり来るお店なのかも?
やばいな、残したりしたら怒られそうだ。
いざとなったら、ラップの一枚でも貰って家に持ち帰ることを心に決めた。

「はーい、日替わりてんこ盛りでーす!」

トレイを持ってやってきたお姉さんから、注文の品を受け取ると。

目玉焼きハンバーグに、せんキャベツ、トマトがひと切れにキュウリが三枚乗った皿。お味噌汁に漬物の小鉢、そしててんこ盛りの、ごはんが……。

……ごはん、ちっさ!!!

確かにてんこ盛りだ、だがしかし、ごはん茶碗が実にこう、子ども茶碗?!
左手にちょこんと乗るサイズのなんとももにょるてんこ盛り―――!!!

「はーい、てんこ盛りダブルのお客さんねー!」

後ろのテーブルのおじさんのトレイをのぞき込むと、普通サイズの茶碗にてんこ盛りのごはんが。

なるほど、この店はてんこ盛りが普通サイズらしい……。

そうだな、確かに表のてんこ盛りご飯は大きかった、だけど実物大とはどこにも書いてなかった。よくよくメニュー表を見てみれば、下の方にちっちゃく「当店のてんこ盛りは普通サイズのごはんです」と書いてある。
……へえ、ごはんはおかわり自由なのか、サービスいいな。
……なに、みそ汁も漬物もおかわりできるとな!

てんこ盛りご飯は、普通においしかった。
日替わりのおかずも、普通においしかった。

全てきれいに平らげて、私は店を後にした。


……ごく普通に、ちょうどいい感じに満腹になった、あの日。

……あの日を、思い出す日が……まさかやってこようとは!!!
たまたま親せきの家に行った帰り道、とある町の商店街に行ったら、見たことのあるてんこ盛りご飯があるじゃありませんか!!!

うわあ、ちゃんと煙出てる、今もこのギミック使ってる店あるのか、これはすごい!ってね?!……思わず駆け寄り、立ち止まって見物していたら。

「ねーねー!このごはんおいしそうじゃない?!」
「うーん、うまそう、食べてこ!!」
「たべたい。」

エンゲル係数爆上げ家族がですね、実に興味を持ってですね!!
時刻は11時を少し過ぎたころ、ちょうどいいやって言うんで寄っていくことになってですね!!

おかしいぞ、つい二分前までは、ハンバーガーを食べると宣言していたはずなのに!

「いらっしゃいませー!」

「お父さん焼肉定食にしよ!」
「あたしからあげ定食!」
「オムライス下さい。」
「え、えーっとー、日替わり定食を!」

「定食のお客様、ご飯のサイズどうします?」
「てんこ盛りってどれくらいですか?」

「普通盛り二杯分です~。」

「「てんこ盛りで!!!」」
「私は小盛りで……。」

朝早くに出発したため、家族は全員腹を空かせている。
てんこ盛りのごはんを喰らいつくす気満々の人が約二名。

「ちょっと君ら食べられるの?!残さないでよ!!」

「大丈夫大丈夫、いざとなったら別腹開放するから!!」
「あたしビニール持ってるし、やばかったら持って帰ろう!!」
「僕も食べる。」

息子に至っては、オムライスで白いご飯を食べる気満々である。

「お待たせいたしましたー!」

そして運ばれてきたてんこ盛りはと言いますと。

やや大ぶりの茶碗に、ホカホカと湯気の上がる白いご飯。
あの日見たてんこ盛りとは明らかに違うボリューミーなごはん!
……食べきれるのかね。

「わーい!いただきまーす!!!」
「バクバク!!むしゃむしゃ!!このごはんうまい!!」
「おいしい。」

私の心配をよそに、ガツガツと食らいつくしてゆく家族!!!

……この分なら、残さなくて済みそうかな。
安心して、自分の日替わり定食に手をのばす。

へえ、鮭の照り焼きにミックスフライが三つ、味玉にマカロニサラダ、みそ汁に漬物、これで980円はまあまあお得だな、結構うまいぞむぐむぐ……。

「ご飯多い!おかず足りないよー!お母さんの照り焼きちょうだい!!」
「ねえ、メンチカツ一個貰っていい?」

「ちょ!!何勝手に……食うな!!!」

いつの間にかてんこ盛りが普通盛りにまで減ってる奴らが、揃いも揃って人のおかずに手をのばし!!!

「たまごおいしそうだね。」

息子はオムライスを食べつつ、人の味玉に視線を向け!!

「君、ホントたまご好きだね……どうぞ。」
「ありがとう。」

茶わん一杯のごはんとふたすくい程のマカロニサラダ、照り焼き半分にミニコロッケ一個とミニエビフライ一個、みそ汁漬物……。
メインのおかずを持って行かれてしまったので、明らかに食べ足りない、物足りない自分がここに!!

「うーん、ちょうどいい量だった!てんこ盛りいいねえ!!!」
「べふー!満腹だー!!!でもアイス食べたい、コンビニ寄ろ♪」
「おいしかった。」

……私もてんこ盛りにしておけばよかった。
そしたら、白いご飯のぶん、今よりは満たされていたはず……。

「ありがとうございましたー!」

会計を済ませ店の外に出た私は、ホカホカと湯気を携える、実に魅力的なてんこ盛りを見た。

……おなか、空いたな。

……なんで私、ごはん食べたばかりなのに、ひもじいんだろう。

……そういえばこのてんこ盛りオブジェは、空腹感を倍増させるんだったな。

デザートを買うために寄ったコンビニで、私はおにぎりを買う事になりました、そういうお話です……。


なにをかくそうおままごとセットが好きすぎる者です。食べ物の置物とかめちゃめちゃ好きでしてねえ。
一人暮らしになったらお部屋の片隅におままごとコーナー作るんだ…。


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たかさば
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