影遊び
・・・ここは空の上。
人として生まれる前の魂たちが、人として生まれる準備をする場所。
光があふれる場所で、子どもたちが影遊びをしている。
思い思いに、自らの体の形を変えて、その形を影にして盛り上がっている。
子どもたちは、これから生まれる魂。
魂として、まだ生まれたばかりの、初めて人として生まれる、子どもたち。
「ねえねえ、見て!これ、わんわん!」
「これ、鳥だぞ!」
「これ、ハート!」
「ねえねえ、宇宙ってどんな形だろう?」
「この形、美味しそうな食パンだ!」
自由自在に形を変えて、光に体を照らして。
光を受けて、影を雲に映して。
子供たちは、ここで自分の影を作って、生まれてゆく。
ここで作った影を魂に縫い付けて、生まれてゆく。
ここでもらった影を背負って、生きてゆく。
ここでもらった影を背負って、命を終える。
影遊びは、自分の影を作るために大切な…勉強。
影遊びをして、形を学んで、自分だけの人生を形にするために、子供たちは一生懸命、遊んでいる。
「見て!僕、こんなにおっきいぞ!」
「みてー、あたしこんなに小さいよ!」
「僕なんかこんなにとげとげなんだぞ!こわいだろー!」
「「きゃー!」」
「こらこら、みんな、もう少し真面目に遊びなさい。」
光をまとった、神様が現れた。
はしゃいでいた子供たちは、少しだけおとなしくなって、真剣に自分の体の形を変えている。
「自分の体を決めるために遊んでいるんだよ、ちゃんと自分の生き方を考えて、しっかり形を練り上げなければ、とんでもないことになってしまうかもしれないよ?」
「「「「「はーい!」」」」」
ここで影をもらって地上へと生まれてゆく魂は皆、ここで決めた影を目指して生きてゆく。
「ここできちんと影を作らなければ、人生が変わってしまうからね。」
「どう変わってしまうの?」
「野球選手になりたくて、バットを持った影を作ったのに、太さや形状の詰めが甘くて釘バットを振り回すヤンキーになっちゃった子もいるんだよ。」
「こわーい!」
「コックさんを目指して長い帽子をイメージしたのに、適当に作ったせいでおかしな髪型の一発屋芸人になった子もいるんだよ。」
「おもしろーい!」
「お姫様になりたいってふわふわのドレスをイメージしたのに、ブクブクの体を持て余すことになっちゃった子がいるんだからね。」
「ええー!悲しい…。」
「せっかく生まれるんだから、しっかり影を作って、きちんと人生を生きないとね!その影が、君たちの生きざまになるんだよ。」
「「「「はーい。」」」」
皆、一生懸命体の形を変えて、影を作っている。
隣の子と相談しながら形を変える子がいる。
神様に手伝ってもらいながら形を仕上げる子がいる。
ただ黙々と影を作る子がいる。
「私は小さめがいいかな。」
「僕は大きいほうがいいな。」
「私、どうやって影にしたらいいのかわかんないよぉ…。」
「僕は絶対に夢をかなえたいな。」
「ぼくは、誰にも作り出せないような影をもって生まれたい。」
どんな人生を生きようかな。
どんな人生を楽しもうかな。
どんな人生を送れるのかな。
子どもたちは、まだ生まれたことが無いから、夢を追いかけようと真面目に形を模索し続ける。
子どもたちは、まだ生まれたことが無いから、夢をかなえることを願って何度も形を変えている。
子どもたちは、まだ生まれたことが無いから、夢を見ながら自分の人生の形を追い求める。
「じゃあ、影の決まった子から、こっちにおいで。」
「「「はーい!」」」
神様の声に、子供たちが反応している。
慌てる子もいる。
びくっとする子もいる。
返事をしながら飛んでくる子もいる。
返事をせずに夢中になって形を変えている子もいる。
神様の前に、一人の子どもが立った。
神様の光に照らされて、影が雲に映し出される。
大きな、大きな、両手を広げた丸い体の、影。
「君は、まあるい体を持ちたいんだね。」
「うん、大きな体で、たくさんの人を抱きしめたいんだ!」
魂に、影が縫い付けられた。
大きな影は、ギュッと凝縮し、魂は影を手に入れた。
影を手に入れた魂は、ずんと重くなって、空に浮かぶ雲の中にめり込んで…あっという間に、生まれていった。
神様の前に、一人の子どもが立った。
神様の光に照らされて、影が雲に映し出される。
小さな、小さな、すばしっこそうな、影。
「君は、ちいさな体を持ちたいんだね。」
「うん、わたし速く走れるように、重たいからだはいらないの。」
魂に、影が縫い付けられた。
小さな影は、ギュッと凝縮し、魂は影を手に入れた。
影を手に入れた魂は、ずんと重くなって、空に浮かぶ雲の中にめり込んで…あっという間に、生まれていった。
神様の前に、一人の子どもが立った。
神様の光に照らされて、影が雲に映し出される。
丸い頭に、何やら四角い箱を背負った、管の付いた…おかしな、影。
「僕は宇宙飛行士になりたいから、頑張ったよ!」
「いいね、きちんと色々調べて、きちんと再現できている。がんばって夢をかなえるんだよ。」
魂に、影が縫い付けられた。
おかしな影は、ギュッと凝縮し、魂は影を手に入れた。
影を手に入れた魂は、ずんと重くなって、空に浮かぶ雲の中にめり込んで…あっという間に、生まれていった。
神様の前に、一人の子どもが立った。
神様の光に照らされて、影が雲に映し出される。
明らかに人の体ではない、とげのたくさんある…奇妙な、影。
「君は…これは何をイメージしたんだい?」
「僕は人に見えない何かになりたい。だから、人の形を作らなかった。僕は普通の人なんかになりたくないんだ。」
神様は、少し躊躇している。
「人に生まれるからには、人として生きていかなければならないんだよ。この影を、君は背負って生きていけるのかい。」
「僕は普通の人生なんか興味がないんだ。アッと驚くような人生を送って、必ずここにまた戻ってくるから。ねえ、この影を僕につけてよ!お願いだよぅ!」
神様は困ってしまったけれど、この魂のやる気にかけてみよう、そう思った。
魂に、影が縫い付けられた。
奇妙な影は、ギュッと凝縮し、魂は影を手に入れた。
影を手に入れた魂は、ずんと重くなって、空に浮かぶ雲の中にめり込んで…あっという間に、生まれていった。
一人、夢中になって形を練っている子どもが残された。
「ゆっくり自分の形を決めるんだよ、後悔の無いようにしなさい。」
「はーい!」
さあ、生まれた子たちは、どうなったのかな。
君たちの人生を、ここから見させてもらおうかな。
神様は、生まれていった子供たちを優しく見下ろした。
大きな体の影をもって生まれた子は、大きな体の男の子になった。
たくさんの人たちを抱きしめると誓って生まれたけれど、いつしか男の子は大きな体で大きな体の男を受け止める、力士になった。
―――あの時、空の上で練った形が、横綱の奉納土俵入りの影と重なった。
多くの人を受け止めたいと両手を広げた影は、不知火型の影と重なった。
大きな懐を持つ、大きな器の親方として、ずいぶんたくさんの人を受け止め続け、魂は影を抱きしめて天へと帰った。
小さな体の影を持って生まれた子は、小さな体で大地を蹴るようになった。
女性らしいふくよかな体を持たないことで、ずいぶん身軽に大地を蹴ることができた。
けれど、筋肉すらつかない細さはやがて瞬発力を生み出すパワーを失い、ただの小さな女性になった。小さな体で、貧弱な日々を過ごしていたある日、庇護欲にかられた男子に見初められ、家族を持った。
―――あの時、空の上で練った形が、小さな子供を追いかける影と重なった。
小さな体で小さな子供を追いかけ、大きくなった子供と共に大地を蹴り、幸せに人生を送った魂は影を抱きしめて天へと帰った。
宇宙飛行士になる事を願って形を練り上げた子は、ずいぶん努力をして夢に近づいたものの、宇宙服のデザインがガラッと変わってしまったせいか、潜水士になった。
ずいぶん深い海の底で活躍したが、宇宙に飛び出すことはできなかった。
―――あの時、空の上で練った形が、潜水服を着て調査船の上でライトに照らされた影と重なった。
深い海の底が、宇宙と同じような色をしていて、同じような浮遊感をもたらしてくれた事に満足し、魂は影を抱きしめて天へと帰った。
とげとげのついた体の形を練り上げた子は、生まれ落ちたときからずいぶん個性的な子供だった。
やがてパフォーマーとして個性的な活動をするようになり、ある時稀代の魔術師に弟子入りをして、大脱出を試みた。
箱の中に入り、たくさんの剣を突き刺されて、爆発に巻き込まれたのち、スタッフは無事に生還すると信じてスポットライトを向けた。
―――あの時、空の上で練った形が、スポットライトに照らされた無残な姿の影と重なった。
粉塵がやむのを待たずして、魂は天へと帰った。
形を練り上げる難しさを、神様は嘆いた。
思いもよらない形で、ここで縫い付けた影が重なってしまう。
初めて生まれる魂には、影がない。
影を縫い付けなければ、生まれることも、生まれ変わることもできない。
初めて生まれる時こそ、幸せな人生を生きてほしいと思うのだが、願いはなかなか…叶わない。
魂の望んだ人生を生きることは、難しい。
神様は、幸せになることを願って魂を送り出している。
送り出した魂が幸せになれるかどうかは、魂がどう生きるかにかかっている。
送り出してしまった後は、神様には、どうすることもできない。
普通の人生を目指してもらいたいと神様は思う。
とびきりの人生を目指してもらいたいと神様は思う。
ドラマチックな人生を目指してもらいたいと神様は思う。
「ねえねえ!あたしみみはやしてみた!」
「みてみてー!ぼくマッチョマンだぞー!」
「ねえねえ、漫画家ってどうやって表現したらいいと思う?」
神様のまわりに、影遊びをする子供達が集まってくる。
皆が、無邪気に形を練るのを、神様は優しく見守っている。
初めて生まれようとする魂の純真な気持ちを大切にしたいと、神様は思っている。
「生きたいと思える影が作れないよぅ…。」
「どうしてもうまく形が作れないよ…。」
自分で生きる人生は、自分で形を決めてほしいと、神様は思っている。
自分が生きる人生を、自分で形として作れないようでは頼りないと、神様は思っている。
自分の願う人生を、自分で練り上げて、自分で叶えるために生まれてゆく。
・・・ほとんどの魂が、自分の思い描いた人生を生きることができないけれど。
すべてがうまくいくものなど、ほんの一握り。
・・・ほんの、一握りだけれど、いるのだ。
はじめて人として生まれるということは、魂のスタート地点。
これから、長い長い年月をかけて、ゴールへ向かって人生を何度も何度もかけてゆく。
何度も何度も成功し、何度も何度も間違えて。
けれど確実に、ゴールに向かって、魂はすすみ続けるのだ。
影を手に入れた魂は、何度だって生まれることができるから。
影を手放してしまわない限り、いつかきっと願いはかなえることができるから。
影をどこかで落とさぬように。
影をどこかで奪われぬように。
お前たちの影は、お前達が初めて生み出した、お前という魂の影。
その影を、大切にするのだよ。
「ゆっくりでいいよ、自分の力で、自分の生きたい人生を思って、形を練ってごらん。」
「「「「「はーい!」」」」」
屈託のない、明るい声を聞いた神様は、形を練り続ける子供達に優しい笑顔を向けた。