いいにおい
くん、くん。
……いいにおいがする、これは…焼き魚だな。
五階建てマンションの端の部屋に住む、俺。
エレベーターは反対側の端っこにあるので、100メートルほど共用廊下を歩かねばならない。
このマンションは、ドアを開けて入ってすぐにキッチンがあるので、晩飯時には各家庭からいいにおいが漏れだす。
例えば、隣の家はいつもニンニクを使った料理を作りがちで、その隣の家は和食が多く、その隣の家は焼肉をよくやっているのが丸分かりだ。何も匂わない家もいくつかあるが、大抵毎日、いいにおいが俺の鼻をくすぐる。
俺は一人暮らしだから、いつもコンビニの弁当ばかり食っていて…家庭で作る料理の匂いに、憧れている部分も多い。ついつい…人の家の換気扇からあふれ出す臭いを、嗅いでしまうんだよな。
あ、この家はカレーか……よし、今日はカレーを食おう。
いちばん端にあるエレベーターホールでボタンを押した時、ふわりと…いままで嗅いだことのない、香ばしいにおいがした。
……多分、肉?
なんていうんだろう、脂が焦げる匂いと、肉汁が滴って火で焙られて瞬時に蒸発する時のなんとも言えない弾けるようなうま味を含んだ……香り。
ぐぐ、ぎゅぅうう~……。
あまりの美味そうなにおいに、俺の腹が激しく鳴った。
どうしよう、焼肉でも食いに行くか……?
俺は、財布の中を確認して、カレーしか選択することができなかったのだが。
翌朝、仕事に行くために共用廊下を歩いていくと、また……端っこの部屋で肉を焼くいいにおいがした。
……朝から肉を焼いているのか、豪勢なことだ。
俺は朝はコーヒーしか飲まないので、若干胃もたれを起こしそうになりながら、エレベーターを待った。
その日の晩、俺は同僚と飲み会に行って帰りが遅くなってしまった。
夜中一時を回る頃、マンションに到着してエレベーターを降りると…また、肉の焼ける匂いが、する。
……こんな真夜中に焼肉?
帰宅がおくれたんだろうか。
……まあ、そういう日も、あるわな。
俺が、その家の前を通りかかった、その時。
……ガチャッ。
ドアが開いて、住人と思われる奥さんが姿を現した。
「ぅわっ、びっくり、したっ……!」
「あ、ご、ごめんな、さい……。」
うちのマンションは、節電だとかで、共用廊下の電気は夜中薄暗くなる。
俺を見上げている?奥さんの表情がよく見えないな……。
黒いエプロンにまだら模様のワンピース…部屋の中からは、うまそうな肉の焼ける匂いがする。
「焼肉ですか?旨そうなにおいですね!僕も今肉食ってきたばっかなんすよ、ハハハ!」
酒が入っていることもあり、陽気に声をかける。俺は基本、人好きの陽キャなんだ。
「……食べていきます?」
せっかくの奥さんの誘いだが、あいにくと俺の腹は居酒屋メニューでいっぱいだ。
「すんません、締めでラーメン食っちゃったんで!またの機会にオナシャス!」
俺は、軽く手を振り部屋に戻ったのだが。
次の日。
俺は、けたたましい、パトカーのサイレンの音で、目を覚まし。
二日酔いでガンガンする頭で、テレビを、見て。
自分の住む、マンションが。
凄惨な、事件の、現場となっていたことを知り。
……焼肉が、食べられなくなったので、あった。
コンテストに応募してみました!
これって…受賞経験無かったら過去作品を応募しても大丈夫ですよね……?
この記事が参加している募集
↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/