見出し画像

【読書メモ】先行研究はどのように行えば良いのか?:『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(阿部幸大著)

私は研究プロセスの中でも先行研究が特に好きです。かなり変わった趣味であることは自覚していますが、毎日あげているnoteでも過半数は先行研究に関するものです。そのためか、先行研究に苦手意識を持つ大学院生の方から「先行研究はどうすれば良いのですか?」と聞かれることがままありますが、うまく答えられません。好きなことに時間を割くのに理由はありませんので。その点、阿部幸大さんの『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』の第6章は、本来、私が答えるべき内容が言語化されています。先行研究をどのように行えば良いかを知りたい方は、私に聞くのではなく、ぜひ本書の特に第6章を読んでください!以下では、個人的に特に刺さった内容をまとめてみます。

先行研究が好きな人が陥る罠

先行研究が好きな私のような奇特な人間もそうですし、ゼミの指導教官から「まずは先行研究をしなさい!」と言われて数十本の論文を読んだ人が陥りがちな罠があります。それは、先行研究の枠内に閉じた思考になってしまうという点です。

「あー、この論文は私が言いたいことを言ってくれている!」「この主張には100%賛成だ!」というように、論文を読んでいると納得感ばかりおぼえてしまうことがあります。私も最初の修士2年の半分くらいまではそんな感じでしたし、今でも新しい領域の先行研究を進めるときは同様の感覚に陥ります。

でもこれって先行研究のあるべき姿ではないのですよね。著者は以下のようにズバッと指摘してくれています。

期末レポートだろうが博士論文だろうが、わたしたちに求められているのは先行研究の議論を一歩さきに進めることでアカデミックな価値を提供することである。このゴールを見失ってはいけない。いいかえれば、わたしたちの目的は「勉強」ではなく「研究」なのだ。

p.116

大学院のコースによっては新しいアカデミックの価値を提供することが求められてはいないので、そういう場合にはセンシティヴに捉える必要はないのでしょう。ただ、せっかく大学院で学ぶのであれば、勉強(≒インプット)的な態度ではなく研究(インプット+スループット+アウトプット)的な態度で取り組むことにより得られるものは大きいのではないでしょうか。

研究のための先行研究の方法論

では勉強ではなく研究としての先行研究とはどのようなものなのでしょうか。著者が提示しているものは一見するとハウツーに誤解されますが、理由や背景もしっかりと書かれているので詳細は本書をよく読んでください。

極めて具体的なアドバイスとして、自分自身が提出しようとしているジャーナルの直近の論文を数本選び、そこで「どういったリソースからどの程度の分量をどこで引用しているのか」(p.118)を分析せよ、という内容です。これは無自覚にやっていたことなので個人的には納得です。

この点をさらに深掘りして著者は、自分自身の研究領域と直接関わらないものであっても投稿したいジャーナルの先行研究をしましょう、と提案しています。というのも、査読の際に覆面のレフェリーは複数人つくことがほとんどなのですが、論文は、現象を説明する特定の概念と、現象が生じているフィールドといったように因数分解されて記述されます。たとえば、キャリアという概念を用いて説明をするフィールドは日本の雇用社会である、といった具合です。

この場合、学会誌が査読者の先生を選定する際に、キャリアに詳しい研究者と雇用社会に詳しい研究者を選んでも不思議はありません。論文を書く際に、概念の方ばかりを意識して先行研究の引用を行っていると、フィールドに関する先行研究の引用が弱くなり(つまりは読み込みや理解も弱くなり)、致命的な査読の指摘を受けるリスクが上がりかねません。そのため、自分自身が用いている概念にとらわれず、ジャーナルに投稿されている論文を手広くチェックしておくことが大事になるのです。

数値上のガイドライン

先行研究として引用する文献数は、前項で述べたプロセスを行うことで目星がつけられますし、そうすべきです。とはいえ、初めて論文を書く際の目安としてざっくりとしたガイドラインを提示してくれているのも本書のありがたいところです。

それでも数値的な目安が欲しいひとのためには、ズバリ最低25本だと雑に言っておこう。もっと厳しめの数値としては、日本語なら400字ごとに1本、英語なら300語ごとに1本という基準は悪くないようだ。

p.119

この箇所を読んで、私、自分が筆頭筆者を務めている論文で引用している件数を調べました(笑)。まず絶対的な最低ラインはクリアしていて、また引用文献の割合は295字に1本なのでこちらもクリアしていて安心した次第です。

ただ、安心した後に思ったのは、引用文献が多いのにトータルの字数が少ないことです。これは本章では書かれていませんが、第4章〜第6章をnoteにまとめた際に述べたことと絡めれば、私の文章に飛躍があり説明が尽くされていないということかもしれません。難しいものですねー。

引用目的の先行研究で着目すべきポイント

引用するための先行研究では、第1章ででてきたその論文のアーギュメントに着目しましょうとしています。端的にいえば、イントロダクション(導入)、アブストラクション(要約)、結論パートです。導入、要約、結論だけ読むのはどうなのかというあり得る疑問に対しては、この内容は引用するべきものを押さえるための先行研究であって、通常の先行研究では全て読んだ方が良いとされているのでこの点はよくよく留意してください。

その上で、複数の先行研究におけるアーギュメントを整理して「各研究がどのように互いにつながっているのか、そのネットワークを脳内に構築すること」(p.133)が必要であるとしています。換言すれば、先行研究をただただ並べれば良いということではないということで、この点は中原先生もブログでたびたび言及されていますので、併せてお読みになってみてください。

本書のような素晴らしい書籍のまとめはついつい長くなってしまうのですが、特に私が好きな先行研究に関するものなので通常よりも長くなってしまいました。最後までお付き合いいただき、どうもありがとうございます。

いいなと思ったら応援しよう!