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第95回アカデミー賞「エブエブ」旋風に思うこと
下馬評通りアカデミー作品賞は「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が受賞した。作品賞を取れなかったとしても受賞は確実視されていたミシェル・ヨーの主演女優賞とキー・ホイ・クァンの助演男優賞はもちろん獲得している。ただ、7部門も取るとは思わなかった。
というか、前哨戦の主な映画賞で作品賞を受賞していた「イニシェリン島の精霊」、「フェイブルマンズ」、「TAR/ター」が揃って無冠というのはビックリだ…。
というか、作品賞ノミネート作ではこのほか、「エルヴィス」と「逆転のトライアングル」も無冠だ。
作品賞候補10本のうち半分の5本が無冠ってありえないよね…。
また、映画館に観客を戻してくれた立役者である「トップガン マーヴェリック」と「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」は1部門ずつの受賞に終わっている。
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さらに驚きなのが複数部門を受賞したのが「エブエブ」以外では、外国語映画である「西部戦線異常なし」と、作品賞にノミネートされていない「ザ・ホエール」しかなかったということだ。
「エブエブ」と「ザ・ホエール」はインディーズ系のA24作品、「西部戦線」は一応メジャー扱いだが配信系のNetflix作品だし、しかも外国語作品だから、いかに非ハリウッド的なものを選ぼうという意向が働いているかがよく分かる。
「イニシェリン島」などサーチライト作品には独創的な作品が多いが、ディズニー傘下=ハリウッド的として避けられてしまったのだろうか?
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そして、ユダヤ人でいじめられっ子だったスピルバーグ監督ですら、今のポリコレ至上主義の欧米エンタメ界では既得権益者扱いされてしまうから、「フェイブルマンズ」は評価されないのだろうか?スピルバーグ監督作品が作品賞を取るのも、彼自身が監督賞を取るのも、約半世紀にわたってコラボしてきたジョン・ウィリアムズが作曲賞を取るのも今回がラスト・チャンスだったと思うんだけれどね。
そして、よく考えてみると、いわゆるポリコレ系作品も「エブエブ」以外は苦戦している。
女性差別を描いた「ウーマン・トーキング 私たちの選択」、黒人差別を描いた「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」は1部門ずつの受賞、ルッキズム差別を描いた「ザ・ホエール」が2部門の受賞にとどまっている。
格差社会を描いた「逆転のトライアングル」、女性指揮者が主人公の「TAR」、保守的な社会と闘ったエルヴィス・プレスリーの伝記映画「エルヴィス」、反戦メッセージを込めた「イニシェリン島」といったいかにもポリコレな作品は無冠だ。
なんというか、とりあえず、「エブエブ」を評価しておけば、ポリコレ勢もオタク勢も満足するだろうという風潮はあるような気がする。
ポリコレ視点ではアジア系差別、同性愛差別、格差社会などが描かれているし、オタク視点ではカンフー、マルチバース、下ネタが題材となっている。つまり、最近の欧米作品に対して、オタクがよく言う“ポリコレガー”も、ポリコレ至上主義者がよく展開する無知なオタク批判もできないということだ。
その結果、「エブエブ」をつまらないと言うと新しいものについていけない老害とか、映画などエンタメの知識がない無教養な奴だからこの作品を楽しめないんだと言われて批判されてしまうことになっている。
ぶっちゃけ、つまらないよ、この映画!
過去30年のアカデミー作品賞受賞作品は劇場もしくはそれに相当する形(試写会など)で全て見ているが、本作がダントツでつまらない!
年間150本程度を映画館で見ている自分ですら、酷い映画だと思っているんだから、やっぱり、この映画って、特定のジャンル(たとえば、ポリコレ仕様の映画とか、アメコミ映画とか)にしか興味がない人には刺さるけれど、自分のような雑食系の映画ファンとか、話題作だけを見るライト層にはつまらない作品に思えるのではないかと思う。
同じミシェル・ヨー出演作品で言えば、2000年の「グリーン・デスティニー」も個人的には過大評価だと思った。あれは、カンフー映画を見たことがない欧米人にとっては斬新な作品だったが、アジア人にとっては特別、新しいことをやっているとは思えなかったしね。ストーリーもベタな復讐ものだ。
ただ、旧来のカンフー映画が疎かにしていた美術やセット、衣装、撮影、音楽などがしっかりしていたので、その辺はカンフー映画を見てきた世代にも評価できるポイントとなっていた。
勿論、ミシェル・ヨー、チョウ・ユンファといったアクション映画でおなしみの俳優が出ていたのでカンフー映画ファンにも楽しめるものとなっていた。
でも、「エブエブ」には、これまでのカンフー映画やアメコミ映画でおなじみのマルチバース設定にプラスアルファされたものがあるかというとそうでもないと思うんだよね。
カンフーの要素も思ったより少ないし、早送りでごまかしているようにも見える。ポリコレ要素は最近のアメコミ映画には嫌というほど盛り込まれている。
だから、ここまで評価されているのが納得いかないんだよね。
まぁ、自分がミシェル・ヨーを好きになれないから本作を評価できないというのもあるのかも知れないけれどね。
「グリーン・デスティニー」の時にはそういう感情はなかったが、「ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝」の時に取材する機会を得て、その時の彼女の態度が何かこちらを見下しているように見えて(気のせいかも知れないが)、どうしても苦手意識を持つようになってしまったんだよね…。
まぁ、ジョディ・フォスターも初めて取材した時はそういう印象だったが、2度目の時は優しい感じに変わっていたので、その時の体調とか気分が万全でなかっただけなんだとは思うが。
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とりあえず、今回のアカデミー賞で誰もが納得する結果となったのは長編アニメーション賞を「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ」が取ったことだと思う。前哨戦の成績も文句なしだったが、これ以外の作品の受賞なんて考えられないほど、ダントツで作品の出来が良かった!
ストップモーション・アニメーションの技術は勿論素晴らしい。また、舞台をムッソリーニ政権下のイタリアに変更したことで反戦のメッセージが明確になり、嫌でも現在進行中のウクライナ情勢を想起させるものとなっている。そして何より、感動的。とくれば受賞は当然だしね。
日本のアニメはオタクが望まないという理由で手描きアニメにこだわっているせいで技術的には成長か止まったまま。オタクにはネトウヨ思想の者か多いから政治的なメッセージは込められない。
そりゃ、欧米の映画賞で日本のアニメ映画が受賞するのは難しいよね。
今回の日本アカデミー賞のアニメ映画部門に入った5本のうち、海外の賞レースに参戦できたのが日本での知名度も人気も一番低い「犬王」だけというのも海外と日本で評価されるアニメの違いを如実にあらわしているって感じだしね。
「犬王」はマイノリティ差別を描くと同時にオリエンタリズムにあふれているから、まぁ、欧米の意識高い系の人には受けるよねとは思った。