逆転のトライアングル
今回のアカデミー作品賞にノミネートされた10本のうち、最も作品賞を受賞する可能性がない作品が本作だと思う。
つまり、ノミネート当落線上ギリギリにあったということだ。
おそらく、「RRR」、「バビロン」、「エンパイア・オブ・ライト」、「ザ・ホエール」、「ザ・メニュー」、「ナイブズ・アウト:グラス・オニオン」、「The Woman King」、「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」などといった辺りと争っていたのだと思う。
作品賞候補10本のうち、「トップガン マーヴェリック」と「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」といった娯楽映画、しかも、続編ものは通常であれば作品賞には縁遠い作品だ。しかし、コロナ禍になってアメコミ映画以外はなかなかヒットしにくくなっていた状況を打破し、映画館に客足を戻すことに貢献した作品として評価する映画人は多いのではないかと思う。
また、前者はCGに頼らない生のスタントによる撮影。後者は逆に最新の映像技術を駆使。と両極端ではあるが、いずれも映画人なら技術的な面で評価したくなる作品ではある。
さらに、後者は米エンタメ界の主流であるリベラル層が好きな環境破壊や女性の活躍推進といったテーマも描いている。その辺りは投票行為に十分結びつく要素だと思う。
「西部戦線異常なし」と「ウーマン・トーキング 私たちの選択」の2本もおそらく当落線上にあった作品ではないかと思う。
とはいえ、前者は反戦のメッセージが現在のウクライナ情勢を想起させるし、後者は女性の活躍推進という問題に結びつく作品だ(しかも、女性監督作品)。だから、受賞の可能性はゼロではない。
「エルヴィス」、「TAR/ター」の2本の音楽映画は今期の賞レースでたびたび名前のあがっていた作品だ。前者は伝記もの、後者はフィクションと違いはあるものの両者とも演技部門では受賞に結びつくケースも多いことから、作品賞ノミネートは当然と思っていた映画ファンは多いと思う。
今期のこれまでの賞レースで作品賞受賞が目立った作品といえば、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」、「フェイブルマンズ」、「イニシェリン島の精霊」の3本だが、普通に考えれば今回、作品賞を受賞するのはこの3本のどれかのはずだ。
勢いがあり、ここ最近のアジア系映画人評価の流れにのった「エブエブ」か、映画人好みの「フェイブルマンズ」、賞レース向きな作風でなおかつ、ウクライナ情勢を早期させる「イニシェリン島」、どれも受賞理由を一言で説明できるからね。
でも、本作「逆転のトライアングル」だけは作品賞受賞のイメージがわかないんだよね。
アカデミー賞で評価されやすいエンタメ業界モノ、女性活躍推進問題に結びつく内容など、確かに賞レース向きな要素はあるけれどね。
ただ、前者で言えば「フェイブルマンズ」、後者では「アバター」、「TAR」、「ウーマン・トーキング」とテーマがかぶる作品があるから、正直なところ印象は薄いと思う。
また、本作はカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作品でもあるが、ぶっちゃけ、フランスの映画祭での最高賞受賞はアカデミー賞には大きな影響はないからね…。
同賞受賞作品でアカデミー作品賞にノミネートされたのは、90年代が3作品、00年代が1作品、10年代が3作品、そして、20年代が1作(本作)となっていて、開催されなかった20年を除くと32回中8回、つまり、25%だからね…。
トロント国際映画祭最高賞受賞作品が今回を含めて11年連続でアカデミー作品賞にノミネートされているのに比べると影響力はほとんどないと思う。
そんなわけで、“どうせギリギリでアカデミー作品賞にノミネートされた作品でしょ?”とあまり期待せずに本作を見ることにした。
想像していたものとはかなり異なる内容の作品だった。一応、男性モデルと女性モデルのカップルが主人公ではあるが、モデル業界の内幕モノ的な要素はほとんどない。冒頭に男性モデルがオーディションを受けたり、取材されたりする場面があるくらいだ。
作品は大きくわけて3つのパートにわかれている。全てのパートに出てくるのは先述したモデルのカップルだけだ。そして、どのパートも主題となっているのは格差社会だ。
最初のパートではこのカップルの喧嘩が描かれている。喧嘩の原因はデート時の飲食費をどちらが出すかでもめたことだ。
最近、AV女優の深田えいみが酔っ払った勢いとはいえ、“デート費用は男が出せ。女性はメークや服に金がかかっているんだ”と発言したことに対して批判の声が高まったが、本作における論争のベースにあるのはまさにこれと同じだ。
欧米では恋愛関係にある男女でも割り勘が当たり前、男が支払わなければいけないのは都合のいい時だけ男女同権を訴える日本女性だけみたいな意見をよく耳にするし、自分もそうだと思っていた。
でも、本作を見ると日本と変わらないんだよね。
日本より遥かに女性の活躍が推進されている欧米でも、都合のいい時だけ“女性は弱いんだから、デート費用は男が払えとか、結婚したら家の金は全て男が稼げ”と思っている人が多いようだ。
また、男女同権で男女の給与格差がほとんどなくなったし、業種によっては女性の方が高収入のものもある。本作で描かれたモデル業界は作中でも言及されているように圧倒的に女性モデルの方がギャラが高い。炎上した深田えいみが所属するAV業界だってそうだ。体力的につらいのも世間の目が冷たいのも一緒なのにAV女優に比べるとAV男優のギャラは安い。
男女の収入がほぼ同じ、場合によっては女性の方が高いことがあるのに、デート代も家計費も男が出せと思っている女性が多いことに対して不満を持っている男性が多いのは日本も欧米も同じというのは本作を見るとよく分かる。
深田えいみが炎上したのはAV女優という一般女性より高収入、というかほとんどの一般男性よりも高給取りの者がデート代を男が出せと言ったからなんだよね。売れない芸人とか地下アイドルならそこまで言われなかったと思う。
本作の女性モデルだってインフルエンサーと呼ばれ、豪華客船から宣伝のために招待されるようなセレブだから、売れないモデルの彼氏は金を持っているのに金のない自分に出させようとする彼女にブチ切れたわけだしね。
日本のフェミ側・アンチ側双方の主張する“欧米ガー”って根拠のないものだったんだというのが本作を見るとよく分かると思う。というか、欧米の男性もフェミ的思想の連中って大嫌いなんだというのがよく分かった。
続く真ん中のパートでは、この2人が乗った豪華客船が舞台となる。ここでは金持ちやセレブといった上流階級の乗客と乗務員の格差を描くと同時に、乗客内での格差、乗務員間での格差も描かれている。
そして、乗客内での最大の権力者がロシア人というのも皮肉だ。本作の撮影時はロシアはウクライナに侵攻していなかったが、カンヌ国際映画祭での上映は侵攻後だから、おそらく多くの人が嫌でも本作を見ると現在のウクライナ情勢を思い浮かべてしまうのではないかと思う。
本作に登場した富豪のようなロシア人と縁を切ったために、世界中でエネルギーや食品の価格が高騰しているわけだしね。
ちなみに、このパートの後半はパニック映画となっている。ちょっとした「タイタニック」状態だ。悪天候に巻き込まれて船は難破してしまうからね。ただ、「タイタニック」と異なるのは描写が下品だということ。
乗客が次から次へと船酔いを起こしゲロを吐くシーンは大爆笑ものだ。「スタンド・バイ・ミー」が上品に見えるほど、大量の嘔吐物がぶちまけられるしね。
それから、乗客側のトップであるロシア人富豪と乗務員側のトップである船長が酔っ払いながら政治談義をしたりするところなんてめちゃくちゃ面白い。しかも、ロシア人富豪の方が欧米的考えで、白人の船長の方が社会主義的考えだったりするしね。
そして、最後のパートは無人島に流れついた一部の乗客・乗務員が繰り広げるサバイバル劇となる。ここでのヒエラルキーのトップとなるのは乗務員の中でも下のランクに位置づけられていたトイレ清掃の非白人と思われる女性だ。しかし、彼女は食料を見つける能力があり、料理もできることから、この無人島では絶対的な権力者となり、船内では権力を持っていた富豪やセレブは彼女の支配下に置かれることになる。男性モデルなんて性奴隷にされてしまったくらいだ。
しかし終盤になると、彼等が無人島だと思っていた島は単なるリゾート地であることが判明する。
それにより、再びヒエラルキーは変化する。
日常生活が戻ってくるということは、トイレ清掃の女性は再び下層民に戻るということでもあるからだ。
だから、女性モデルは彼女に対して“アシスタントとして雇ってもいい”などといった明らかに上から目線の発言をするようになる。
これに対して清掃女は怒りを隠せなくなるわけだが、清掃女や女性モデルがこの後、どういう行動を取ったかを見せずに本編はここで終了となる。
置かれた状況によってコロコロ変わる自分の階級を描いたこの作品は、フェミ・ポリコレ的思想に毒された今の欧米エンタメ・アート・マスコミ業界に対する批判のようにも取れる。
現在の欧米のフェミ・ポリコレ思想では、女性・有色人種・障害者は絶対的な正義であり、こうした人たちを悪役にしてはならないような風潮がある。ところが本作では、第2部ではかわいそうな人の1人だったマイノリティの女性が第3部では悪役になっている。
また、先述したように第1部では女性の権利を主張する人たちにとって最大の矛盾である、平等の権利を得ても庇護される立場でいようとすることについても踏み込んでいる。
こうした作品を見ると、欧米エンタメ界でも、ここ最近異常な状態となっている過度なポリコレに嫌気がさしている映画人が結構いるんだなというのがよく分かる。
それにしても、女性モデル役のチャールビ・ディーンって結構可愛いなと思ったが32歳の若さで亡くなっているのか…。
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