【10話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱
3-3 球技大会そのに
翌日。俺は今日もまた起きれなかった。
死にたくて仕方がなかった。しかし、その術を持っていなかったので、凶器になりそうなものはハサミであっても残らずすべて取り上げられていたので、自傷を行うこともできなかった。鬱が最大でも、即効性のある薬はない。飲んで解決、みたいな薬はないのだ。あればいいのに。睡眠薬はあるのに。
ああ、不安だ。
不安で不安で不安で不安ばかりで、気がつくと動けなくなって、小さくなっている
起き上がれない
鬱
憂鬱
誰にも理解されない、誰にも理解できない孤独
そこはかとなく、無限に続く孤独
喪失感
不安
不安
不安
不安
不安
心のすべてを占める不安が常に襲い来る不安と混ざり合って融合物となり、現れる。俺は今日もだめだと、泣きながらに、静かに一滴の涙を流すように泣いて、何かを待つのだ。そう、たとえば彼女とか。
カーテンが開かれる。日差しが差し込む。
「おはよう、咲くん。今日は駄目そう、かな? あまり顔色よくなさそう。手は暖かいから、眠れたかな」
「おはよう、小春。なあ、手が暖かいと、どうして眠れた事になるんだ?」
「ほら、赤ちゃんとか寝てるとき手があったかいでしょ? にんげんだから、同じことだよ」
「そうか。でも、小春の見立て通り、今日は本格的に良くない。昨日慣れない運動でもしたからかな」
「運動したらよく眠れると思うんだけど……」
「そうかもな。でも今は死に行きたくて仕方がないよ」
「そうなのかな。でも、あまり、そういうのは良くないと思う」
「良くない、か。まあでも、そんなの、仕方ないだろ。生きてるんだから。人間誰だって死ぬように出来てるんだ。生きてるから死んでいく。あたり前のことだ。そんなことわかってるさ。だから悩んでるんだ。あたり前のことだから、苦しくて、悩んで辛いんだよ。お前ならわかるだろ」
「うん。わからないけど、わかるよ」
それでいい。そうでなくっちゃ駄目だ。
俺は起きた。今日は全く持ってだめだと思っていたのにな。
「おはよう、咲くん。今は八時だから、始業のチャイムには間に合いそうだね」
「おはよう、小春。久しぶりだな、そんなのは。ちょっと待っててくれ。準備する」
「うん」
俺は急いで用意して、それから小春と二人で家を出た。
自慢の桜ももう散ってしまい、葉が少しづつ存在感を増すようになってきた。道路を行き交う車は今日も忙しそうに、なにか急ぐように走り去っていた。そんなに急いでどうするんだか。ガソリン使ってまで急いで、何をするんだろうか。
「もうすぐゴールデンウィークだね」
「ゴールデンウィーク……そうか、もうそんな時期か……連休なんてあっという間に無くなるんだろうな……」
「もう、始まる前から終わること考えない! 楽しめないよ、それじゃあ」
「ごもっとも。まあ、それができれば苦労はしないんだけどね」
そよ風吹く月末。もうすぐ五月。春はやがて初夏へと移ろいでゆく。
その日は平和な日であった。授業で当てられることもなく、難しいことを勉強するでもなく、快適に授業を受けることができたと思う。
昼前に体育の授業があった。球技大会前であったので、種目はサッカー。俺は祐希とペアを組んでパスやらシュートやらの練習を始めた。適当に自由に練習になった頃、俺と祐希は座って話をしていた。
「あれだよ、あれ。あそこにいるのがサッカー部のエース。某炎寺だ。なんでも火を吹くようなシュートを打つらしい。すごいよな、期待だぜ」
「ふーん」
どっかのサッカーアニメに出てくるキャラクターみたいな名前だなと、俺はその時思った。
それからしばらくの日々は体育の時間にサッカーをやったり、屋上で練習したりして経過した。
そしていよいよ明日からゴールデンウィークというその前日。球技大会は始まった。一番はクラス優勝して祐希が軽音楽部に復帰できるかどうかというのが見どころだろう。
「矢箆原にはフォワードをやってもらおうと思う。某炎寺とツートップだ」
「なぜ!?」
「背が高いからな。競り合って勝てるかもしれない。それに、他の運動部でうまいやつはディフェンスとか中間に回したい。守りをおろそかにすると勝てないからな。それに矢箆原は不良だろ? 威圧していい感じにしてくれよ」
「な、なるほど」
つまり、運動ができるかどうかもわからない不良くんは、前でワンチャンスゴールを押し込める場所にいてくれってことか。オフサイドに気をつけながら立ち回るしか無い。ちなみに祐希は後ろの方で適当なところに立たされていた。あいつも役立たずだと思われているのだろう。試合に出られているだけマシと思うしか無い。
「ピーッ!」
第一試合が始まった。ボールをチームが奪うと、自然と某炎寺にボールが集まる。俺や他のクラスメイトとパスを回しながらゴール手前へ。
「フレイムシュート!」
ゴール。炎が出てきそうな凄まじいシュートだった。炎は出てないけど。
次のボールが蹴られ、試合が再開する。またもやボールを奪って某炎寺へ。今度のシュートはキーパーが防ぎ、コーナーキックとなった。ディフェンスも上がってくる。
準備し、頃合いを見計らってクラスメイトがコーナーを蹴り上げる。ボールは俺を超え、某炎寺を超え、そしてあの男の元へ。
「うおおおおおおお」
良いところにいた祐希は、ヘディングシュートをしようとして失敗し、しかし顔面でシュートを決めていた。痛そうだが、全力の笑みでこっちに指でグーを作って送っていた。
一回戦は二対ゼロで勝利した。
続く二回戦も某炎寺のお陰で勝利し、駒を進めること決勝戦。優勝が見えてきた。相手は三年生。サッカー部ばかりのクラスで、優勝候補筆頭だ。さて、勝てるだろうか。
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