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【サクラノ刻 if SS】因果交流電燈のひとつの紅い照明(≒召命)
※このSSはサクラノシリーズ(詩・刻)の if 草薙直哉×夏目圭となっております。
※同性愛描写・R‐18相当の性的描写が存在します。
※ネタバレが含まれます。ゲーム(サクラノ詩・サクラノ刻)のプレー後に読むことを推奨します。
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燃えるような暑さだ。夏日、真夏日か?
朦朧とする意識を抱きながら、俺はかろうじでそんなことを考えていた。
外からは蝉の鳴き声がいつもより騒々しく聞こえる。
空はあざやかにその青を彩る。漂う雲。風景が流れる…というにはゆっくりだが、窓から見るには最高の景色だ。
吹き込んでくる風も心地……風……か、ぜ???このクソ暑いさなかに???
「ぶつぶつなに言ってるんだ?直哉?」
間近で、小動物のようなクリッとした目が、純粋無垢な疑問を投げかけてきた。
「キモい」
ひとときはその目を見つめたものの、背けて、反射的に答えてしまう。
「キモいってなんだ!?俺は心配してるんだぞ!!!……ほら、熱を…」
俺の額に、細い腕を一生懸命に伸ばして手を当てようとする。
近づく身体は暑さからか、汗が滲んで花のような、、、それでいて甘すぎず、、、ひまわり、、、太陽にある向日葵のような爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
「はっはっは。そういうところが男のくせにキモいんだよ!バーカ!バカバカ」
離れなくてはいけない。
「……もっと優しくしてくれてもいいのよ?」
本気で心配してくれたのか、少女のようなあどけなさの残る童顔をうつむけてしまう。
「……すまん、圭。でもなんでこの部屋、冷房が入ってないんだよ!?!?!?現代日本においてありえないだろ?????」
大声を張り上げて誤魔化す。
「夏目家も、もう古いからなぁ。経年劣化で動かなくなるときもあるさ。とはいえ、少しは効いてるだろ?だから、エアコン・窓・扇風機をフルに動員して俺の部屋で探し物してるわけだ」
「……ホンモノのバカ」
「そのバカを心配して、わざわざ手伝いにくる直哉ほどじゃないよ」
二パッとした笑顔。
……上手く言い返されてしまった。
冷房の効かない部屋で、とあるモノを漁らなくてはならない。しかも、今日中に……。
高校でその話を聞いたときから、頭がクラクラしていたのだろう。
いい、いい、と、しつこく拒む圭を押し退けて、この部屋に来てしまったというわけだ……。
「うう。圭に言い負かされるなんて……」
熱さのせいだ。
「はは。たまには直哉も負けた方がい……うわっ」
「どうした!?」
すぐさまかけよる。
「見てみろよ直哉!アルバム!俺とおまえが公募荒らししてた小学生時代のお宝だぞ!」
あきれ。蔑む視線に気づかず、この暑さのなか、圭は作業を中断して写真を眺めだした。
そういえばあの頃もこんなことがあった。
あの頃も俺たちは────
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「「「K・O!」」」
ゲームが大音量を上げる。何度目だろうか。
「直哉ぁ……大人げないぞ……」
弱々しい声。それがいじめたくなるわけのひとつだということに圭は気づいていないのだろう。
「そりゃあ、こどもだからね。圭が文展で大人に混じって賞を獲っても、今はゲーム中だしね」
いつまでも俺を〝こども〟でいさせてくれる圭に甘えて、クックと少し悪い笑みを浮かべる。
「直哉が公募展に出ればいいだけなのに……」
いつもの会話の流れだ。勝ったから上機嫌……というより、圭が俺を信じてくれると、なにかに、何者かでいれる気がして嬉しいのだ。
ゲームはその対話のきっかけにすぎない。
圭は見た目よりも、色々と考えて、思ってくれている。
───描けない自分がもどかしい───
知っている。
「はぁ~あ。いつから直哉はこんな悪いやつになったんだか……初めからだけど」
「おまえが夏目家に来て丸くなりすぎなんだよ!」
「少し前の直哉の、俺が好きな言葉~」
「有機体ではない絵など単なる工芸品だ!魂には響かない!」
「うわぁぁぁあああ。どこでそれを!やめろやめろやめろやめろやめろ」
「あはははは」
お互いの顔を見つめ、ありのままの自分。こんな日々なら永遠でもかまわない……かもしれない。
もみ合いじゃれつく俺たち。
なんのこともなく、圭が俺のカバンを蹴っ飛ばした。
「ご、ごめん」
ドキリと心臓の音がした。
「ま、まぁ気にするなよ。じゃあ俺、片づけるな」
なにもなかったように散乱する雑多な本を拾い集めようとする。
「俺がやるよ!」
片付けようとする圭。気づかいのできるあいつなら当然の流れだ。
「いいって!いいって!」
「なんだ?これ……?」
遅かったーの顔になる。
えっちな本。エロ本だ。圭はそういうものに一切の興味がない。
絵画のために無知のひとになったのだから。
「これは河川敷にいたら、たまたま押し付けられてだな?俺もこんなもの持ってたくなかったんだけど……」
なぜか言い訳。弁舌家だったころの自分をこのときばかりは取り戻したかった。
その空気も次の言葉で一瞬で変わる。
「……なんか、むずむずする…」
は?
心臓がまた『ドクン』と脈打つ。
違う違う違う圭はこんな下劣で低俗なものに興味を持たないはずだ。
俺のために無知になった。俺のための華奢な両腕。そんな愚劣な本を持って鑑賞するための両瞳ではない。
俺が責任を持って正さなければならない。
極度に熱くなった激情は、見る見るうちに冷血さを取り戻していく。
「へぇー圭も“そういうの”に興味あったんだ」
無感情な声を出す。
「直哉ぁ。これ……いったい……」
本を追って後ろ姿になった戸惑う圭を囲んで、拘束するように背中を自分の身体で覆う。
今の自分はどんな眼差しになっているだろう?
圭からは見えない。見えないのだから意味がない。世界は俺たちを鑑賞しない。
「???……なんか、こわいぞ……どうしちゃったんだよ」
怯える声を聞いて冷血になった頭が沸騰しそうになる。
「それは俺のセリフだよ」
「俺のバッグを蹴飛ばして」
「勝手に本を盗み見て」
「どこか、むずむずするなんて」
「圭。おまえ、おかしいよ」
ほんのりと怒気。抑えろ、抑えろと、少しずつ、優しさで包み込むように耳元で囁く。
「へん?変?どうしたらいい?どうしたら……」
今までにない感覚に恐れる圭の声を聞いて思う。
跳ねた髪。飛ぶ鳥のように無駄な贅肉をなくした骨ばった身体。香る向日葵。反転スるセカイ……アゝ、コノ、チイサナ、ツバメハ、オレガ、深淵ニ堕トソウ。
『普通じゃない』
首筋にかける息に圭が身悶えたような気がした。
「痛かったらごめんな」
薄い短いズボンの上からむずむずする部分を柔らかく撫でる。
ツルツルとした生地の質感の中で、圭の熱さに軽く触れる。……まだ、不完全だ。
「痛くはないけど……」
その言葉にホッとする。これは治療。俺はいつも通りの自分で在れるだろうか?
続けて、撫でる。
「こそばゆいって」
ははと平静さを取りつくろい、俺の手から離れようとするツバメ。
……もう逃げ場はないよ。
全てを捨てたおまえの身体じゃ、俺からは1ミリも動けない。
触れる、撫でる、、、、擦る。
混ぜながら、進んだり、戻ったり、離れないように、優しく、優しく。
初めてなのだから。愛撫。
いつからか本は圭の手からなくなり、空をつかんだり、自分の服をつかんだり、俺の腕をつかんだり、行ったり来たり、口角が上がってしまう。
二人だけの部屋に時計の針を刻む音だけがコダマする。
から、
熱気を帯びた息が交じる。
これは俺の音?それとも圭?……どちらでもいいな。この世界に意味をなさない全てが旋律に変わるなら。
「な、直哉ぁ。このままじゃ切ないよぉ……」
衝動。
赤く染まる耳を唇ではむっと咥えてしまう。声と同様の甘さで軽く噛みながら言う。
「降参?」
震える体躯。
膨らむ生地から、芯のできた凸から、憂いを帯びた身体に流れる汗から、全ては察せられた。
ただ、言葉が欲しい。形が欲しい。おまえの無邪気な声が俺に染まった旋律だけが欲しい。
顔を覗き込もうとする。……後ろからでは見ようとしても見えないな。失敗だ。次はもっと上手くやろう。やれるはずだ。
「じゃあ、本当に触れるぞ」
ここまでは布の上からの羽毛を撫でるような感触。本番はここからだ。緊張が走る。
今まではその柔肌を確かめていない。……ズボンの、トランクスの裾から手を入れよう。
圭の本心をつかむのだ。どこにも行かないように。
はぁ、はぁ、と、二人の荒い生の息吹だけが場を支配する。
熱棒に。熱望に。切望に。
肌と肌が接した瞬間。
「ヴゥッッッ」
刹那。獣のような声に我に返る。今のは……。
フゥーフゥーと、もはや小動物からは程遠い息づかいの圭にやっと気づいた。何百回も全力疾走した後のように苦しそうだ。
「ご、ごめん圭!」
身体を俺に預けて崩れ落ちる圭。
「痛かったよな。苦しかったよな。ごめん」
正面の圭が見える。胸は激しく上下し、ようやく目と目が合う。
「フーッハァーーッッ。だ、大丈夫だよ直哉。驚いただけ……」
俺は圭の頬に手を当てる。
その手を握りしめながら、なぜか圭はチュッと優しく俺の指を舐めた。
「ありがとう」
なにが『ありがとう』なのか、俺にはわからなかった。
そっとツバメに口付けされた手の指を見る。
少量の唾液とそれ以外の白い粘液。
これを圭が自分で舐めたのか……ドッドッと心音が高まる。
俺は……俺はどうしよう…。
そこからは白と黒の渦巻いた情動を眺めるだけで…。
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「色々となつかしいなー」
純心な圭の言葉に、ハッと現在に意識が戻る。
在りし日の一度だけの思い出。
あのときと同じように鼓動が早くなる。落ち着かない。
大丈夫。あれから一度もそのときのことは話していないし、圭も忘れただろう。大丈夫。大丈夫だ……!
「このアルバムに映っている女の子。誰だろう?見覚えないけど、かわいい子だな」
は?
──────御桜稟
俺と少しばかりいた女の子だ。
……前に夏目家に来た時にアルバムを置き忘れて、写真が混ざってしまったのか?
「へー圭はこういう子がタイプなのだな。ロリコン?」
「そういう意味で言ったんじゃないって。今ならきっと相当な美人さんになっているだろうってことだよ」
「それ、〝そういう意味〟と俺のなかでは同義なのだが」
「なんだそれぇ。直哉は変なこと言うな。ははは」
気づかれないように、より近づく。圭を壁際に追い詰めるように。
「な、直哉ぁ。どうした?なんだかこわいぞ……」
今度は正面で顔も見れる。
二度も間違えは起こさない。いや、間違いを起こすのか?まぁ、どちらでもいいか。
前に圭は、自分の攻撃は愛があるから痛くないと言っていた。なら俺の攻撃も痛くないよな?な?
うだるような暑さに、嫉妬で再燃する炎は向日葵を焼き尽くしてしまうだろうか。
至近距離から両瞳で見つめ合う二本の向日葵。
「真面目な顔……」
圭の指先が俺の頬を撫でておでこに。
「俺の心を打つものが紛い物なわけがない」
「直哉になら、俺はなにされてもいいよ」
優しい旋律で、その熱すらも抱擁するツバメの無限の愛。
ツバメと王子、日向に咲く二本の向日葵、その行き着く先は夏の太陽しか知らない。
枯れ果てるまで。あるいは櫻と向日葵が無限の色彩を宿して咲き誇るまで。
瞬間を切り取った永遠が、世界の限界を超えることを祈りながら。