地下鉄でこはだ小平次の幽霊に遭う
小幡小平次をご存じだろうか。
江戸っ子が大好きなコハダの鮨のことではない。
江戸時代の怪談でよく知られた役者の幽霊である。
あの葛飾北斎も、小平次の絵を描いている。
北斎が描いた小平次の幽霊
昨晩、帰宅途中のこと。地下鉄で座席が空いたので腰かけると、目に飛び込んできたのは、蚊帳の上から、半分骸骨になって、血走った眼で中をのぞき込む不気味な顔の絵。
「あ、この顔、見たことがある。こはだ小平次の幽霊だ」
と内心思いながら、「しかし、なんでこんな絵を持ち歩いているんだ?」とよく見ると、北斎展の図録かグッズの袋であるらしい。それを向かいの席に座る中年女性が、手に持っていたのでした。
私が見たのは、葛飾北斎が描いた『百物語 こはだ小平二』の絵(上)だったのです。不気味ですが、どこかユーモラスでもあります。
こはだ小平次の怪談をご存じでしょうか。
江戸時代には『番町皿屋敷』や『四谷怪談』と並んで、芝居でよく演じられた怪談であったといいます。
まずは簡単に、怪談のあらすじをご紹介しましょう。
女房の不倫相手に殺される
時は二代目市川團十郎が活躍していた頃といいますから、正徳から享保(1711~36)のあたり。
小幡小平次という大部屋役者が江戸にいました。芝居はどうにも下手で、のろまで陰気。師匠があわれんで、いくばくかの金を賄賂にして、ようやく端役を得ているありさまです。
ある日、小平次に回ってきたのは、幽霊の役。陰気なところが良かったのでしょうか。それでも小平次、せっかく頂いた役だからと、一所懸命に研究して役づくりをしました。
その甲斐あって、小平次の幽霊役は評判となり、他の役はともかく幽霊を演じたら真に迫ると、仲間内で「幽霊小平次」の異名をとることになります。
さて、小平次にはお塚という女房がいますが、日頃、うだつのあがらぬ亭主に愛想をつかし、鼓打ちの安達左九郎という男と密通をしておりました。
ある時、小平次は奥州の安積郡(現在の福島県)に旅興行に赴きます。
旅先で小平次は左九郎から釣りに誘われ、一緒に安積沼に出かけますが、左九郎ははなから小平次と釣りをする気などありません。頃合いを見計らい、小平次を深みに突き落としました。小平次はもがき苦しみながら沼へと沈み、あえなく帰らぬ人となります。
邪魔な小平次を始末した左九郎は、江戸に戻ると、意気揚々とお塚のもとに出かけました。ところが・・・。
お塚の家に行ってみると、部屋では小平次が床に臥せっているではありませんか。
「そ、そんな馬鹿な」
小平次は幽霊になって、江戸に戻っていたのです。しかも幽霊役を得意としていた役者だけに、幽霊になっても生前と見分けがつきませんでした。
そして以後、左九郎は次々と怪異に見舞われ、ついには発狂して死亡。小平次を裏切った女房のお塚もまた、無残な最期を遂げるというストーリーです。
こはだ小平次は実在した?
以上の物語は高名な江戸の戯作者・山東京伝が享和3年(1803)に書いた『小幡小平次死霊物語復讐奇談安積沼』によるものです。
またこれが芝居となるのは、四代目鶴屋南北の『彩入御伽草』で、文化5年(1808)のことでした。
鶴屋南北の芝居にあわせて初代歌川豊国が描いた錦絵は、小平次の幽霊が女房の生首の髪をくわえている、ぞっとする絵柄で(上)、話題をさらったといいます。
また南北は、後に『東海道四谷怪談』の中に、小幡小平次をモデルにした小仏小平という人物を登場させています。
さらに葛飾北斎が『百物語 こはだ小平二』を描くのは、天保2年(1831)から翌年にかけての頃。生前と見分けがつかなかったはずの幽霊の小平次の顔は、肉が腐って骨が露わとなっています。これは当時出回っていたオランダの解剖書の挿絵などを、北斎が取り込んで描いたものでした。
このように山東京伝以来、江戸の人々にポピュラーな怪談の主人公の一人となった小平次。現代でいうとさしずめ『リング』の貞子のような存在なのかもしれません。しかし、彼は京伝が筆先から生み出した架空の人物だったのでしょうか。
実は立川談州楼焉馬撰『歌舞伎年代記』の寛保4年(1744)春中村座の条に、「小はだ小平次に中村磯五郎」と配役があり、注で「小はだ小平次といふ役しゃ あやしき咄あるやうにいへど此時男立の名にあり」と記していることから、「あやしき咄のある小はだ小平次といふ役しゃ」が存在したことがわかります。
また山崎美成の随筆『海録』(1820年より17年間書き綴られたもの)には、こはだ小平次という旅役者が実在したこと。また芝居興行がうまくいかないことを嘆いて自殺し、友人が小平次との約束を破って小平次の妻に夫の死を知らせたところ、怪異が起きたと記しています。
さらにその説とは別に、小平次が妻の不倫相手によって、印旛沼で殺された話も当時あり、山東京伝はそれをベースにしたのではないかという研究者もいるようです。
小平次に限らず、四谷怪談にしろ、番町皿屋敷にしろ、物語のベースとなる実話、実在の人物はおそらく存在したのだろうと私は思います。
ただし、物語として話がふくらむにつれ、実際に起きたことからはかけ離れ、主人公が一人歩きを始めたのでしょう。そうしたことは芝居に限らず、歴史を扱う場合でもまま目にすることです。
芝居や小説、物語(怪談も含めて)を楽しみつつ、そこから人間の真理を見出すことも大切ですし、一方で客観的に歴史の事実を追及することも大切です。どちらも人間というものを探る上で欠かせないものと私は思っています。
それにしても、最近はこうした江戸時代の怪談はあまり語られなくなりました。『リング』やゾンビもののような、視覚的な、または即物的な怖さが求められているからでしょうか。
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