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魔法のような喫茶店で。
平日の昼下がり、仕事の打合せ終わりで街を歩いていたら。
魔法みたいな喫茶店に出会った話。
そこは一見普通の一軒家のようで、
開いているのか開いていないのか、
少し緊張しながら扉を押したことを覚えている。
中に入ると、店の奥にご高齢の女性がひとり。
窓際の席では、深い赤と青のセーターを見にまとった可愛らしいご夫婦が座っているのが見えた。
店内は薄暗くて、古い家具や小道具、雑貨が所狭しと並んでいる。
そして、喫茶店にしてはかなりの大きめの音で、クラシックが流れていた。
「コーヒーか、紅茶、カフェオレしかないけれどよい?」
そう聞かれ、紅茶をお願いする。
お水も紅茶も、用意してもらったのち、自分の席まで運ぶのはセルフサービスだ。
足が悪くて、頻繁に病院に通わなくちゃならないの、と店主の女性(敬愛を込めて、おばあちゃんと呼ばせていただく)はそう言っていた。
熱々の紅茶を啜っていると、おばあちゃんがゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。
その手には、食べかけのビスケットの袋が大事そうに握られていた。
「まじめなおかしっていうの。よかったらこれ食べてね。砂糖を使っていないのになかなか甘くて美味しいのよ。」
そう言って、お皿にさらさらとビスケットを入れてくれた。
お礼を言ってビスケットを少し齧る。
ほんのり甘くて、どこか懐かしい、美味しいビスケット。
そしてその気持ちがうれしくて、なぜだか泣きそうになってしまったのを覚えている。
おばあちゃんが、椅子に腰掛けてどこかに電話をかけている。
窓際のご夫婦は、ふたりで何かの本を覗き込んで、あれやこれやと随分熱心に話し込んでいる。
店内に響く、美しいビオラ協奏曲。
あたたかい、ストレートの紅茶。
音はたくさん溢れているのに、なんだか不思議と静かな店内。
まるで時がとまったかのようだった。
というよりも、ここだけ外の世界と隔絶されているかのような。
魔法にかけられていたのではないかと、今になってぼんやりと思う。
お店を出る時に、今日は仕事でこの街を訪れたことをお話した。
「大変だけど、仕事があるっていうのはありがたいことよね。やっていたりやっていなかったりの店だけど、よかったらまた寄ってくださいね。」
うれしい言葉をいただいた。
店を出るとなんだか心がふわふわ軽くって、
思わず帰り際に見つけたお菓子屋さんで焼き菓子を買ったり、
ふと見つけた良いかんじのジャケットを衝動買いしてしまったり。
そういう日、だったのだなあとそんな気がしている。
街の片隅にひっそりと佇む素敵な喫茶店。
また近くを訪れたときには、そっとあの扉を押してみようと思う。
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