リルケのあじさい
今日も梅雨らしい雨降りです。
慰霊の日の今日、沖縄は梅雨明けしたそうです。
あじさいの季節もそろそろお終いですね。
あじさいの花は散りません。
次第に色褪せ、茶色く枯れていきます。
褪せてきた花には妖しい美しさがあります。
それを見るたびに思い出すのがリルケの「青いあじさい」です。
青いあじさい
絵具皿にのこる最後の緑に似て
これらの葉は、かわき、艶がなくざらついている。
青色をみぢかに帯びることはせず、はるかから反映するにすぎない
繖形花(ドルデ)のあつまりの背後で。
花びらは青を、もういちど失いたいかのように、
涙にうるんだように不鮮明に映している。
そしてむかしの青い便箋の紙面のように
黄がそこにまじっている、すみれがそして灰色が。 (後略)
新詩集より
こちらは去年の今頃の花↓
新詩集からもうひとつ。
ばらいろのあじさい
このばらいろに染まったのはだれ? この繖形花(ドルデ)のうちに
ばらいろがつどうのを知っていたのはだれ?
金を被(き)た物たちが金をしだいにうしなうように、
あじさいはだれかに使われてでもいるかのように、
やさしく紅をうしなってゆく。
(中略)
それとも花は、凋落のかなしみを知らさぬために
あえてばらいろを放ち捨てるのか?
とはいえこのばらいろのしたに、いまは萎えしぼみ、
すべてを知り顔の緑のいろが耳をかたむけていたのだった。
『リルケ詩集』生野幸吉訳 白鳳社 所収
新詩集より
他の詩でもそうであるように、リルケは美しく咲く花の後ろに死を意識しているのかもしれませんね。