首相の広島平和記念式典での原稿読み飛ばし事件の真相

菅首相が8月6日の原爆死没者慰霊式・平和記念式の挨拶を読む際に、本来読むべき部分を読み飛ばしたというニュースがありました。

報道によると、「原稿がノリでくっついてはがれなかった」ため、首相が読み上げられなかったということです。
毎日新聞:https://news.yahoo.co.jp/articles/a792eec9261ed39778dd814a702384981655e6a4

多分皆さん「なんでノリを使ったんだろう」と全く意味が解らないと思うので、かつて同じような業務を行ったことがある身として、背景をお伝えします。

1.そもそも何でノリつかったの?

今回の映像などをよく見ると、首相は細く折りたたまれた紙を開いて原稿を読み上げているのが分かります。これは「蛇腹折り」と呼ばれる独特の折り方です。コントなんかでよく人の頭をたたくために使われていたハリセンを想像してもらえれば近いと思います。

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この蛇腹折りを作るためには、それ専用の長い紙が存在しているわけではなくって、A4の紙に原稿を印刷して、その端っこをノリでつなぎ合わせながら一枚の長い紙を作るのです。

この作業は通常、首相が出席する式典業務を担当する公務員が作成します。「原稿がノリでくっついてはがれなかった」というのが本当ならば、その時に張り付けたノリがはみ出てしまい、読まなければいけないぺージを誤ってはりつけて首相に渡してしまったということになります。

2.なんで蛇腹折りをしているのか

首相が読み上げる原稿を蛇腹折りをしなければいけない、というルールはありません(少なくとも私は知りません)。単にA4に読み上げるための原稿を印刷したものでもいいわけです。
では、なんで今回蛇腹折りを採用したか、というと、二つ理由がありそうです。

1)前例がそうだから
一つ目は前例がそうだから、です。
2019年と2020年の広島での式典の動画がyoutube にアップされていました。この動画を見ると、安倍首相も蛇腹折りの原稿を読み上げています。
RCCテレビ公式YOUTUBE:https://www.youtube.com/watch?v=i__0FWGLXGA
https://www.youtube.com/watch?v=F5Hjz2gIhf8

蛇腹折りにしない原稿だと、相手に失礼なのでしょうか。そんなことはないはずです。ではなぜ、わざわざ時間のかかる蛇腹折りを毎年しているかというと、「前例を変える」という選択をするためには、それに相当する合理的な理由が必要になるからです。

「なんで去年も蛇腹折りなのに、今年から変えるんだ」と言われた場合の理由を考えるのは、元々蛇腹折りにした理由までさかのぼらないといけないので、結構難しそうです。

そうなると担当者としては、蛇腹の折り方を調べて、のりをぬって、蛇腹を作成する2時間の手間を惜しんで各方面から怒られるかもしれないリスクをとるよりも、前例どおり蛇腹を折っていた方が無難なのです。

もしかすると、今回の読み飛ばし事件を受けて、「首相が読み飛ばしをするかもしれない」という理由で霞が関で蛇腹折りを廃止するかもしれません(ノリが乾いたのをちゃんと確認しろ!という方向にいかないことを祈ります。)が、こういうことでもないと、前例を変えることは難しいというのが霞が関の現状です。

2)公務員側の配慮
二つ目は公務員側の配慮です。
公務員は政策をスムーズに進めることが仕事の一つです。本筋と関係のないところで大臣がメディアに取り上げられるなどして悪目立ちしないようにしなければいけないのです。

どうも、この式典では、他の出席者もみな蛇腹折りの原稿を読み上げているように見えます。首相だけ蛇腹折りにしない、という選択をとるわけにもいかず、横並びで蛇腹折りを作成した結果、ミスしてしまったものと思われます。

担当者は「周りが蛇腹折りなのになんで首相だけ違うんだ」と誰か(政治家、官邸の官僚、メディアも含みます)から指摘があったら、いやだなと思うはずです。多分私が担当者でも蛇腹折りを作成していたと思います。

3.意味の乏しい前例をやめさせるには

こういう意味の乏しい仕事をやめさせるのに手っ取り早い方法は、省庁に出向してきている民間企業の方々にヒアリングをすることだと私は考えています。民間企業の方は、合理的な仕事の仕方が出向元で身についています。彼らに霞が関の仕事の仕方についておかしな部分を聞くことで、だいぶ状況が改善されるはずです。

そしてそのヒアリングは外部コンサルが匿名を条件に実施するべきです。上司等の公務員が調査すると、出向している側は言いたいことも言えなくなる、ということが発生しうるからです。

ここまでの話で、公務員ってやっぱりイマイチだな。
と思ってしまうだけでは、意味がありません。

こういうあまり意味のない作業を公務員がする、ということは、結局は質の高い政策を作るために公務員が割く時間を奪うという意味で、皆さんの生活に影響を与えていくのです。

私は新聞記者をやめて官僚になりましたが、「こんなに優秀な人たちがいるんだ」と驚きの連続でした。ですので、あの優秀な人たちが政策に割く時間が増えれば、もっといい国になるはずであることは信じていいです。

単に「公務員が無駄な仕事をしている」とか「首相はもう体力の限界だ」という話で終わらせるのではなく、こういう無駄な仕事にはしっかりと怒ってほしいと思います。そして、公務員に本来やるべき仕事に専念し、みんなのための仕事をさせてほしいと思います。