【インクルーシブ・リーダーシップ】コーポレート・ガバナンス改革の文脈でダイバーシティ推進・ILS研究を解説した良論文!(牛尾, 2023)①
久々にインクルーシブ・リーダーシップ関連の論文をご紹介します。日本経営学会誌という、日本の経営学領域でも上位に位置する学会誌で紹介された比較的新しい論文です。
企業内でダイバーシティ推進を行う際の理論的根拠がふんだんに盛り込まれている論文なので、DEI担当者必読の書かと思います!
そのため、2回に分けて詳しく紹介したいと思います。1回目は、コーポレート・ガバナンス・コードと、ダイバーシティ推進のつながりについて記載します。
なぜ、企業の中でダイバーシティが求められるのか、という
どんな論文?
この論文では、企業が持続的に成長し価値を高めるために、社内の多様性(ダイバーシティ)をどう活用・推進すべきかを、コーポレート・ガバナンス・コードの改訂に見られるポイント、および、さまざまな研究を紹介することで、理論的根拠を示したものです。
コーポレート・ガバナンス・コードとは、コーポレートガバナンスを実現するために必要な原則を、金融庁と東京証券取引所が合同で取りまとめた「上場企業統治指針」のことです。
※コーポレート・ガバナンス・コードとは何か、なぜ制定されたのかの背景は、以下のサイトにわかりやすくまとまっておりました。
このコーポレート・ガバナンス・コードの改訂で、企業の中核人材(管理職と読み替えて良いと思います)におけるダイバーシティの確保が示されています。その後、更なる改定によって、ダイバーシティ推進が更に細かく方針に含まれています。
こうした背景から、企業におけるダイバーシティ推進の必要性が高まっていますが、一方で、ダイバーシティは「諸刃の剣」であり、多様な視点や情報、アイディアが集まる一方、認知バイアスによって人間関係のコンフリクトが高まり、組織成果に負の影響が、研究で示されています。
そのため、ダイバーシティによる組織成果へ負の影響を減らすための、インクルージョンやインクルーシブな風土の重要性が提唱されており、実証研究も増えているとのこと。
このように、著者は、コーポレート・ガバナンス・コードを起点として高まる、企業経営におけるダイバーシティ推進や、インクルージョン向上の必要性を丁寧に論じています。
加えて、著者が参加した研究会において、大手銀行や大手保険(非生命保険)、 大手食品、大手娯楽サービスの 4 社に対して行った調査をもとに、約 6,700 名を対象として分析した学術論文 4 本について説明されています。
(インクルーシブ・リーダーシップもいくつか扱われています)
※こちらは次の投稿で紹介します。
コーポレート・ガバナンス・コードに見る、ダイバーシティ強化の流れ
まず、本論文の中で述べられている、コーポレート・ガバナンス・コードとダイバーシティ強化の関連性について、簡単にまとめます。
日本では2014年以降、「女性活躍推進」を含むダイバーシティを強化するためにコーポレート・ガバナンス・コードが改訂され、企業の経営方針にも取り入れた。理由は、取締役会や幹部に性別や経歴などが異なる多様な人材を加えることで、意思決定の質が上がり、より客観的で効果的なガバナンスができること。
その後、日本版コーポレート・ガバナンス・コードは、ダイバーシティ強化のために更なる改訂が行われる。2018年の改定で取締役会の多様性として「ジェンダーや国際性」が明記された。
2021年の改訂では、「役割・責務を果たすためのジェンダー、国際性、職歴、年齢を含む多様性」が追加。また、同年の補充原則2-4①では、上場会社に女性や外国人、中途採用者の管理職登用に関する目標の設定と進捗開示が求められるようになった。
また、2022年4月の東京証券取引所の市場再編によって、プライム市場に上場する企業には、取締役会に占める独立社外取締役の割合を3分の1以上とするよう求められ、多様性の確保が重要視されるようになった。
これにより、実効性の高いマネジメントと組織全体での多様性推進が不可欠となり、かつ、上場企業は、中長期的な価値向上に向けた人材戦略とその進捗状況の開示が義務づけられています。
コーポレート・ガバナンスにおいてダイバーシティが重要とされる根拠
本論文の2章では「コーポレート・ガバナンスにおいてダイバーシティが重要とされる根拠」として、理論的な側面からダイバーシティ推進の必要性を説明しています。
まず、企業が長期的に成長し、社会的責任を果たすためには、公平かつ社会的に有益な経営方針が求められます。そこで取締役会に多様なメンバーを加えることで、さまざまな視点や知識が取り入れられ、企業経営の客観性や透明性が向上する、とのこと。
これは、情報ー意思決定理論により説明されます。
集団メンバーのタスク型ダイバーシティが増大すると,知識や情報の種類や 量が増えることによって意思決定の質が向上し、パフォーマンスが高まるというものです。
例えば、異なる性別や国際的なバックグラウンドを持つ取締役がいると、多様なアイデアが出やすく、組織のイノベーションやパフォーマンスも向上する、という説明がなされます。
このような動きは欧米をはじめ国際的に加速しており、特に2020年に米国証券取引委員会(SEC)が「人的資本の情報開示」義務を強化したようです。この方針では、企業における多様性、公正、インクルージョン(DEI)を重視し、人材管理や従業員福祉などの情報開示が求められ、日本のガバナンス改訂にも影響を与えているようです。
ここで、コーポレート・ガバナンスにおいて多様性が重視される根拠をまとめます。
1.ダイバーシティの実現や多様化する人的リソースの問題に取り組む姿勢 が企業のガバナンス向上に必要不可欠となっており、その考えは国際社会の常識になりつつある
2.ダイバーシティの実現は、経営倫理や社会的正義の観点から,従業員の人権への配慮や社会的責任の遂行として、企業にとっての責務である
3.経営学や経済学を中心に、様々な学問分野でダイバーシティ推進のもたらす効用や経営上の成果に関する研究成果が蓄積されつつある。さらに、こうした研究が国や国際社会のルール作りやコーポレート・ガバナンス・コードの策定、経営戦略の立案・遂行の理論的根拠として活用されるケースも散見されるようになっている
なお、上述の3に示されるこれまでの研究として紹介されているものは、過去の投稿と重複するので割愛します。興味ある方は、過去の投稿をご覧ください(改めて見て、自分こんなこと書いてたんだ、と再発見しました)。
感じたこと
企業の実務に携わっていると、当たり前のようにDE&I推進の話はあがるものの、それがなぜ必要なのかを説明するのは容易ではないですし、認識も解釈もズレがちです。
今回紹介した内容は、論文のほんの一部ですが、本論文を読むことで、企業がDE&I推進に取り組む背景や理由について、より的確な説明ができるようになるのでは、と思いました。
ただ、コーポレート・ガバナンス・コードはどうしても、企業として取り組むべき/取り組まなくてはならない方針、という位置づけです。そのため、上述した「ダイバーシティの効用や経営上の効果」のように、企業として取り組むことでメリットがある、という点を押さえることも大事です。
この点は、次の投稿で紹介したいと思います。