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【社会的交換理論】人類学の観点から、交換という概念を支える互酬性を掘り下げる(糸林、2014)
今回も、社会的交換理論を深堀します。今回は、人類学の観点で社会的交換を論じた研究を通じて、「互酬性(reciprocity)」という考え方について掘り下げます。
糸林誉史. (2014).互酬性と社会的交換理論、『人文・社会科学研究文化学園大学紀要』、第22巻(2014-01)
どんな論文?
この論文は、人類学者・マリノフスキーと、『贈与論』を著したモースといった、社会的交換と近い概念や理論の系譜を整理し、その背景にある互酬性(reciprocity)という考えを掘り下げたものです。
互酬性とは、簡単に言えば、自分が受けた贈り物、サービス行為、または損害に対して何らかの形でお返しをする行為、を指します。
この互酬性ですが、例えば、上司によるリーダーシップを通じて、メンバーが動機付けされて上司への支援を返したり、尊敬を返したり、といった、リーダーシップ研究の文脈においても度々参照される考え方です。
著者によると、交換の概念を社会的文脈へと拡張しようとする社会的交換理論の系譜は、大きく3つに分けられるとのこと。
1. 社会心理学による交換理論(ホーマンズ)
2. 社会学による交換理論(ブラウ)
3. 人類学による交換理論(マリノフスキー、モース)
こうした3つの交換理論の系譜を踏まえた上で、交換のメカニズムとしての互酬性に着目し、贈与の構造を掘り下げています。
社会的交換理論といっても、様々な系譜があること、そしてそれらの違いについてレビューされているので勉強になります!
社会的交換理論の系譜
論文で触れられている、1つ目の系譜、ホーマンズの社会的交換に関して補足します。
著者は、ホーマンズの『社会行動ーその基本的形態』(1961)を参照し、ホーマンズが「社会過程を含む対人関係を心理学的な解釈に還元できる」という立場を取り、個人間の相互作用を、報酬や罰の交換として着目し、社会的文脈ではなく、個人の動機を重視する点について触れています。
ホーマンズは、行為者が行動によってもたらされるものが、自分にとって快ならばその行動を繰り返し、深いならば行動をしないようになるという心理学的な意味合いと、もたらされるものの利益にも動機づけられるという経済学的な意味合いを合わせて論じています。
(ホーマンズの社会的交換理論については、前回の投稿もご覧ください)
続いて、2つ目の社会的交換の系譜です。ピーター・ブラウ『交換と権力』(1964)を参照し、社会的交換を「相手が返すと期待される報酬によって動機づけられる諸個人の自発的な供与行為からなるもの」と紹介しています。
また、ホーマンズが1対1の個人間の相互作用としての交換に着目するのに対し、ブラウが1対他の交換に着目していると指摘し、交換のミクロな構造(人と人との交換)の複合体として、マクロな構造(人と社会の相互作用)が現れると説明します。
このミクロとマクロな交換による社会構造を、以下引用部のように示しています。
報酬的サービスを提供する個人は、相手に彼に対する債務を負わせ、相手はこの債務を履行すべく何らかの利益を提供しなければならないという原則が、社会の成員に規範として共有され、個人に内面化されることを承認している。供与行為が、内心では返報をあてにしながら、表向きは自発的供与・進呈の体裁を取ることがあるとする。彼(ブラウ)は、社会的交換の特徴を、経済的取引の購買、購入と、非経済的な贈与との折衷的性格の中に見出そうとしたといえる。
つまり、サービスを受けたら返さないとならないという互酬性が、社会規範として共有され、人の行動に作用するという、社会と人との交換において、互酬性がそのメカニズムとして働く、と説明します。
(いわゆる、「互酬性の規範」というものかと思います。)
意外と深い「贈与」論
著者は、上述した社会心理学・社会学的な社会的交換のアプローチを紹介しつつ、それとはまったく異なる人類学的なアプローチについて、多くの紙面を割いて説明しています。
人類学の観点で第一に紹介されるのが、マリノフスキーの「クラ交易」における贈与システムです。
クラ交易とは、パプアニューギニアの東の島々における、特徴的な交易です。実用的な値打ちがないのに、他の島まで命がけで財を受け取りにいく、かなりユニークな交易スタイルです。
要点だけ言うと、貝で作られた首飾りや腕輪が、時間をかけて島々を渡って交換されていく交易です。ただ、値打ちもなく、仕方なく交換され、保持することも出来ない、といった内容。
・・・これだけでは「?」だと思います。少し複雑なので、興味のある方は以下のサイトが参考になります。
【クラ交易とは】交換の意味から互酬性の概念までわかりやすく解説|リベラルアーツガイド (liberal-arts-guide.com)
ポイントは、クラ交易における物の交換は、経済的な制度であると共に、社会的・儀礼的な制度であり、その背景に「互酬性」があると指摘しています。もらったら返さなくてはいけない義務感、のようなものでしょう。
続いて、マルセル・モース『贈与論』が紹介されます。
モースは、マリノフスキーの交換の概念を理論化し、「贈与」という社会現象こそが、互酬システムを駆動するもので、社会の原理だと説いています。
モースは、贈与と反対贈与という考え方を呈し、贈与されたものには霊が宿るので、長期で保持することが出来ず(危険なので)、したがって、何らかの形で反対に贈り主に返す、と考えています。
これが、反対贈与の考え方であり、あらゆる財に、こうした贈与と反対贈与の考え方がある、これこそが交換であると説きました。
言い換えると、モースは、
誰かに対する贈与は自分自身の一部を与えることであり、贈与を受けることは、その人の一部を貰うこと。よって、その人の一部という霊的なものが宿るため、そのような物を保持することは危険であり、だから返礼が必要になる、
という、返礼義務について論じています。
こうした、人類学の観点で発展してきた交換の考え方ですが、ピーター・エケ(Ekeh, 1974)は、英米の個人主義的伝統と、フランスの全体主義的伝統の違いに着目しています。
ホーマンズのように、個々人の交換や、心理学・経済学に着目するのが個人主義的伝統で、モース(や、その後のレヴィ・ストロース)のように、個人ではなく社会に着目し、交換されるものの蓄積が不可能と、いった循環的な考え方が、全体主義的伝統に裏打ちされている、とのこと。
(だいぶ、難しいですね。。。)
感じたこと
このように、ある理論がどのように形成されたか、その基盤を遡ってレビューしている論文は、理論を理解するのに大変ありがたいものです。
経営学や社会学、人類学など、今でこそさまざまな分類が後付けでなされますし、拠って立つパラダイム・主義も違うということで、扱いには注意が必要とされますが、このように源流を遡ると、個人主義vs全体主義といった、学問領域に寄らない歴史的背景に行き着く点は、興味深いです。
古典、原典にあたることの重要性が、少しずつ分かってきた気がします。ただ、まだまだ深すぎて、その入り口に立った程度ですし、こうした深淵を見ると、実務者としての現実とのGAPに、頭の整理が追い付かない、というのが本音です。