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【社会的交換理論】交換という概念を、社会構造や権力の発生にまで展開させたブラウを読む(Blau, 1964)

今回も引き続き、源流を遡り、社会的交換理論に大きな影響を与えた人物を見ていきます。
Homansの社会的交換理論をさらに拡張し、集団における社会構造や、権力の発生要因にまで広げて考えた、ピーター・M・ブラウの代表的な著者く『交換と権力』(1964)です。

どんな書籍?

この書籍は、社会学の観点から交換理論を精緻化した、ピーター・M・ブラウの代表的な著作で、個人と集団との関係を支配している社会過程を、社会的交換や、それに基づく権力の発生に焦点を当てて論じたものです。

ブラウは、仕事や遊びや戦争などといった様々な関心によって、人と人が相互に結びつく「社会的結合」が、「社会的報酬(感謝や尊敬、是認など)」の交換によって支えられていると説明します。

こうした主張は、以下のような引用部に見られています。

 仲間から受けた行為にわれわれが感謝や義務を感じるなら、われわれは彼に尽くすことでその親切な行為にお返ししようと努めるだろう。今度はたぶん、彼がお返しをし、その結果生ずる行為の相互交換は、しばしば明示的に意図されることもなしに、われわれの間の社会的絆(Social Bond)を強化する。
 行為に対するお返しを怠るひとは恩知らずと非難される。この避難そのものが、互酬の期待を示しており、人びとが仲間に対して負う義務を忘れさせない社会的制裁として作用する。

P13

社会的報酬の交換を通じて、社会的統合や分化が生まれる、と説明されます。ブラウは、交換理論を通じて社会構造が生まれる過程を描き出した社会学者という表現もできるかと思います。以下が、交換を起点として描かれる社会構造の様子です。

P302

ブラウの描いた社会的交換

本書では、社会的交換は以下のように定義されています。簡単に言えば、相手からのお返しを期待して行う自発的行為、のことです。

本書で用いられる意味での「社会的交換」とは、他者が返すと期待されるところの、典型的に言えば実際に返すところの返礼によって動機づけられる、諸個人の自発的行為のことである。物理的強制力による行為は自発的ではない。それに対して他の形態の権力への服従は、すでに述べたように、かかる服従が生み出す利益と引き換えに行われる自発的サービスと見なすことができる。

P82

そして、ブラウは、人類学における交換の知見も丁寧にレビューし、社会的交換を、経済的な交換と明確に区別しています。
(ただし、社会的交換の背景にある「動機」は、報酬や利益を得ようとする、経済学的な観点にもとづいて描かれます)

社会的交換は厳密な経済的交換とは重要な諸点で異なる。基本的で最も決定的な差異は、社会的交換が特定化されない義務を伴っているということである。(中略)このような特定化されない義務のもつ特有な意味は、マリノフスキーが論じたクラに見られる義務の制度化された形態によってはっきり浮彫りにされている。

P83

社会的交換は他者への義務履行への信頼を必要とする。(中略)社会的交換のみが、個人的義務、感謝、信頼の感情を引き起こす傾向がある。純粋な経済的交換そのものはそうでない。

P84


なお、『社会的交換理論』の著したエケ(Ekeh, 1974)によると、ブラウは社会的交換を「社会生活で中心的な意味をもつ一つの社会過程」「そして、その過程は単純な過程から派生し、ついで、そこから複雑な過程が派生する社会過程と考えられる。」(Blau, 1964, p. 4)とした点に焦点を当てています。

エケは、ブラウの社会的交換について、(若干の違いはあれど)ホーマンズの社会的交換をベースとしており、その考え方を精緻化・拡張させたと紹介します。

つまり、ブラウの考える社会的交換は、ホーマンズの注目した個々人間の交換(単純な過程)から派生し、より複雑な、集団間の関係にまで及んでいます
いいかえると、単純な1対1の交換(ミクロ構造)が、時間を経て、権力や地位のような集団間の社会構造(マクロ構造)を生む、という、個人⇒集団にまで交換の概念を拡張した、と言えます。

本書では、違う言い方として、1対1の「一次的交換」が、1対他(集団)の「二次的交換」になると説明されます。
ブラウ曰く、二次的交換が一次的交換に加えられ、間接的取り引きが直接的取り引きに代わりうるようになるが、それは集合体における規範的期待や価値志向の結果である」(Blau, 1964, p.4)

自分なりにまとめるなら、ブラウの描いた社会的交換は、個々人による一次的(直接的)交換が、集団による二次的(間接的)に派生し、集団間の交換を通じた社会的統合や分化のような社会構造の基礎となる、と言えるかと思います。

交換という概念が、社会構造の基礎を形成する。
こう聞くだけでも、ブラウの考えたことがどれだけすさまじいか、感じられる気がします。

(ただし、人類学者であるモースやマリノフスキーの考えた、一般的な交換や循環的な交換といった、社会を貫く社会的規範や儀礼的な交換の文脈とは異なり、ブラウの間接的交換は、あくまでも、個人や組織/集団のレベルから見たもののようです。)

社会的交換とリーダーシップ

本書において、社会的交換の文脈でリーダーシップについても描かれます。

その前に、「互酬とインバランスの原理」という考え方を紹介します。
例えば、「惚れた弱み」のように、Aが強く惚れていて、Bがそうでない場合、AはBにもっと惚れられようと魅力的な行動を取ります。他方、Bは、Aの尽くしてくれる行動に気をよくし、もっと期待するでしょう。

このとき、互酬的な報酬はあるが、交換される貢献にはインバランスが生じる、と説明します。AとB、互いに交換し合える報酬が存在するものの、その誘引(惚れる側>惚れられる側)の強さにより、貢献度合いはA>Bになる、と言うことです。そして、この差が地位や権力を生む、とのこと。

こうした、貢献のインバランスに加えて、返礼と驚異という心理的なインバランスも存在します。
Aは、Bの返礼的な愛情を求めて、自発的にB(の権力)に服従することを選び得ます。この時、同時に、Aは服従(恋愛で言えば依存)という脅威から逃れたいとも思っています。Bからの愛情と言う返礼を得たいけど、依存の脅威を避けたい、というインバランスが、社会的交換にはある、ということです。

これが集団に置き換わると、リーダーとフォロワーの関係を説明するコンテクストとなります

先に述べた社会的統合とは、誤解を恐れずに簡単に言えば、集団の連帯感・一体感を指します。ただし、交換が進むと、特定の人物に社会的報酬が集まり、地位や権力が集まります

こうした、社会的交換によって生じる(非公式な)地位や権威の結果として、リーダーシップが生じます。

社会的交換の文脈において、リーダーシップは、他者を支配する権力と、それを正当化する他者の是認による社会的交換によって正当化される、と説明されます。
しかし、他者に対する優位を獲得する過程と、他者の是認を獲得する過程とが葛藤する、というところにリーダーシップのジレンマがあるとのこと。

もう少しブラウの言葉で補足すると、このジレンマとは、「リーダーは、メンバーからの是認を得るために共通目標の達成を推進するより、むしろ追従者の好む行動を取ろうとしてしまう」ようです。

わかりやすく言うと、メンバーにいいカッコばかりすることに専心すると、共通目標の達成に有効な意思決定を阻害する、という、あり得そうな痛いリーダーの行動が、社会的交換理論によって説明されるわけです。

さらに、謙虚さによるリーダーシップの有効性についても触れられます。(リーダーの謙虚さの正当化にも使えそうです)

謙遜によって指導者はおそらく、追随者による是認と忠誠を手に入れて、自分の能力が受ける尊敬を補い、それだけリーダーシップの有効性を高めるのである

P42


感じたこと

社会学者、ピーター・M・ブラウによる社会的交換のポイントを見てきましたが、上述のレビューは彼の緻密な分析の一部にすぎず、深淵なる思考・思想の一端を表現したにすぎません。

人と人との社会的交換が、人と集団間の交換に発展し、その結果、集団間の統合と分化が起こり、権力と地位が形成されていくという社会過程を明らかにしたブラウの著作は、その後の組織行動論のさまざまな場面で参照されます

源流に触れ、その思想を理解すべく著作を読むのは骨が折れますが、しかし、「なぜ、ブラウの考え方がリーダーシップ論で参照されるのか」「ブラウの言う『信頼』は、交換のどのようなメカニズムによって生じるのか、といった、ちゃんとした理解の基盤ができる気がします

読みながら、何度オチたかわかりませんが、、、少しは、骨太な理論の理解に近づいた気がします。

そして、ブラウが本書で参照する、モースやマリノフスキー、ゴフマンなど、その先にはさらに人文社会科学の先人たちが控えています。遡れば遡るほど、文章は難解になっていくのですが(悲)、、、

こうした知的格闘が、とってつけた参照を超えて、本質的な論考を支えていくのだと信じて、先に進みたいと思います。

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