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【インクルーシブ・リーダーシップ】コーポレート・ガバナンス改革の文脈でダイバーシティ推進・ILS研究を解説した良論文!(牛尾, 2023)②

企業内でダイバーシティ推進を行う際の理論的根拠がふんだんに盛り込まれている論文なので、DEI担当者必読の書の2回目の記事です。

今回は、コーポレート・ガバナンス改革の文脈で、理論的根拠として紹介されているダイバーシティ推進やインクルーシブ・リーダーシップ(ILS)研究を扱います。

主に、コーポレート・ガバナンスとダイバーシティ推進の関連性や背景を扱った、前回の記事はこちらです。

牛尾奈緒美. (2023). コーポレート・ガバナンス改革におけるダイバーシティ推進の意義と企業内の価値創出のメカニズム. 日本経営学会誌, 53, 74-83


本論文で紹介されている研究

本論文の「ダイバーシティに関する実証研究」の章では、企業のパフォーマンス向上に対するダイバーシティの影響を分析した4つの研究が紹介されています。(1つの論文で、複数の研究結果を知れるのはお得ですね!)

以下、それぞれの研究について要約します。

1. ダイバーシティが創造性やワークエンゲージメント等に与える影響

この研究は、性別や年齢といった人口統計学的なダイバーシティと、職務経験や価値観といったタスク型のダイバーシティが、創造性やワークエンゲージメント、ビジネス機会の探索行動に与える影響を検証したものです。

対象は大手銀行の3,598名で、重回帰分析により以下の結果が導かれました。

  • タスク型ダイバーシティは、創造性やワークエンゲージメントに影響

  • 性別ダイバーシティは、創造性やワークエンゲージメントに直接影響せず、タスク型ダイバーシティを媒介して間接的に影響(具体的には、職場の男女比が等しくなるほど、バックグラウンドや価値観・考え方が多様 な職場が形成され、その結果として2つの結果変数が高まる)

  • また、性別・年齢のダイバーシティによる、認知バイアスの懸念は確認されなかった。(過去の研究では、属性の多様性は、内集団・外集団の認知バイアスを強化し、人間関係のコンフリクトを生じさせることが報告されているが、今回の研究ではその影響は見られなかった)


2. 包摂的リーダーシップとインクルージョン風土が職場の創造性に与える影響

この研究は、包摂的リーダーシップ(インクルーシブ・リーダーシップ:ILS)が職場の創造性に与える影響を分析し、インクルージョン風土の媒介効果を検討したものです。

対象は大手保険会社の1,596名で、ILSが職場の創造性に与える効果は、インクルージョンを介したほうが直接よりも高くなることが示されています。

つまり、リーダーが公平に意見を尊重し(ILSを発揮し)、インクルージョン風土を醸成することで、職場の創造性が大きく向上することが確認されています。

3. インクルージョン風土の形成に対する経営トップと上司の働きかけの効果

この研究は、経営トップや職場上司のダイバーシティに関する働きかけが、インクルージョン風土の形成にどのように影響するかを検証したものです。

対象は大手保険会社の1,602名で、マルチレベル分析によりトップと上司の影響を測定し、以下の結果が導かれています。

  • 経営トップの働きかけは、上司の働きかけよりも効果が大きい

  • 職場によってインクルージョン風土の意識が異なる。特に本社部門では、経営トップの働きかけを強く感じやすい傾向が見られた。

  • つまり、インクルージョン風土を社内に広げるには、経営トップが現場に直接出向くことが重要ということが示唆された。(社内ビデオだけではなく、直接行くことが大事!)


4. ILSとトランザクティブ・メモリーシステムが職場の創造性に与える影響

この研究は、大手娯楽サービス会社の864名を対象に、インクルーシブ・リーダーシップが職場の創造性に及ぼす影響を検証し、トランザクティブ・メモリーシステム(メンバーが誰がどの情報に詳しいかを把握するシステムのこと。「Who knows what」を知っていること)の媒介効果を分析しました。
その結果、ILSが職場の創造性にプラスの効果を与えることが確認され、トランザクティブ・メモリーシステムを介することでその効果がさらに高まることが示されました。
ただし、トランザクティブ・メモリーシステムによる調整効果、つまり、「トランザクティブ・メモリーシステムが高い職場だと、ILSが創造性をより高める」、という効果は確認されませんでした。


上で紹介した、筆者が関わった4つの実証研究により、タスク型ダイバーシティや包摂風土、リーダーシップが企業パフォーマンスに大きく貢献することが実証され、特にインクルーシブな環境づくりの重要性が明らかになったと言えそうです。

詳しい研究条件や結果については、ぜひ論文に直接あたっていただければと思います。


本論文の結論

最後に、本論文の結論部分を簡単にまとめます。
コーポレート・ガバナンス・コードに規定されている、

  • 取締役会の構成に「ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性」を促進し、

  • 「中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに,その状況を開示すべき」

という方針により、企業におけるダイバーシティの促進が後押しされます。(ちょっと、定量目標の圧力のためか、中核人材における多様性の「数」が目的化しすぎているきらいも、現場では感じるのですが、、、)

そうした状況のもとで、本論文で紹介された実証研究を通じて、

■属性のダイバーシティが、タスク型ダイバーシティを介して創造性やワークエンゲージメントを高める
■上述の方針の実現に向けた、インクルーシブな風土の醸成に、ILSや経営トップの働きかけが重要

ということが示唆されています。

そして、本領域の更なる研究蓄積によって、ダイバーシティ推進による経営成果創出のメカニズムの解明が進むことが今後の課題、と締めくくられています。


感じたこと

ILS研究やその周辺領域の研究は、世界的に見ても増えてきています。しかし、日本での研究はまだまだ少ないため、「その研究結果って、日本企業に当てはまるの?」という問いがどうしても生じます。

今回紹介した文献は、日本企業(しかも、結構なN数での定量分析)での研究をもとにした実証結果をいくつも示しており、今後の日本におけるダイバーシティ推進の正当性を示すエビデンスとしても大変有効だと感じます。

前回の投稿のように、ダイバーシティ推進の背景や理論的根拠を示しただけでなく、日本企業における実証研究群を示した点においても有用な本論文は、やはりDE&I担当者必読の書かと思います!





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