丘の上の本屋さん
映画「丘の上の本屋さん」を観ました。先月だったか自宅でダラッとしていて、なんとなくAmazonプライムで観たのですが、レビューをしておりませんでした。
舞台はイタリアのそれこそ「丘の上の本屋さん」です。本屋を営むのはリベロというおじいさん。本屋はやたらと無駄に広いデベストリアンデッキみたいな歩道沿いにあり、隣は喫茶店です。その店員である二コラはちょっとチャラい男性ですが、イタリア人で皆こんな感じではないかと思うのは偏見でしょうか。お店をサボってちょこちょこリベロのところに来て、時にはお店に来た女性を難破しています。
来客はニコラのほかに、古い書物を転売しようとする山っ気がある人とか、スキンヘッドの強面とか様々いるのですが、そうした中でエシエンという少年がお店を外から覗いていました。エシエンはブルキナファソからの移民2世で決して裕福な生活ではないようで本が買えません。リベロはエシエンに本を貸し与えます。読み終わったら返してねとのことですが、最初は上げるつもりだったのかもしれません。しかし、エシエンはきちんと返却し、その度に別な本を借りていきます。本のクオリティも徐々に上がっているような気がしましたが、それはリベロのエシエンへの信頼感を表しているのかもしれません。
時間がゆっくり流れる映画で、ちょっと眠くなってしまうなんて言うこともありましたが、リベロとエシエンの交流がとても微笑ましいです。天外伺朗・衛藤信之共著「イーグルに訊け~インディアンに学ぶ人生哲学~」に「お年寄りと子どもたちを離している文化は長続きしないどころか、いずれ滅びる。なぜなら、お年よりは私たちの過去を作ってくれた存在だし、子どもたちは私たちの未来を担う存在だからだ。現在と言うのは過去と未来をつなげるためのつなぎのようなものにすぎない。」と書いてあったのを思い出しました。これはネイティブ・アメリカンの教えだそうですが、同じようなことを教えてくれるような映画ではないかと思いました。もちろん、他のお客もリベロとは年代も違い、様々なキャラクターですが、彼らとのコミュニケーションもとても心地よいです。
リベロをみて、こうした歳の取り方をしたいなと思いました。