お返しする

 今まで何度か「今まで出来ていたことが出来なくなった」ことの苦しさを書いてみたことがあります。いや「苦しさ」なんて書いてしまいましたが、私が手の調子がおかしくなり、今まで弾くことが出来た曲が、上手く挽けなくなったという程度のことなのです。でも、本人にして見ればやっぱりそれは苦しいことなのです。そう考えると一流のアスリートが、怪我などで一気に今までのパフォーマンスから転落してしまうなんていうのは、私などでは想像を超える苦しみでしょう。また、普通に日常生活を送っていた方が、何らかの事情で、大きな支障が出てしまうというケースも大変なことだと思います。

 一気に出なくても、年齢を重ねていくと、徐々に出来なくなることが出てきます。まだまだ、若い頃と同じことが出来ているつもりですが、どうしたって「つもり」であって、細かいところにほころびが出てきております。そんなことを感じていたところに上皇后美智子様のお考えを目にすることが出来ました。

 とある記事でしたが「美智子さまは、今までできていたことを“授かっていた”ものと捉え、それができなくなったことを“お返しした”と表現されています。長い人生の終わりにくるものに対する、穏やかな受け止め方をお手本にしたいものです。」という内容でした。私ごときに才能なんて言うものを感じたことはないのですが、稲盛塾長は「才能を私物化するな」とおっしゃっています。私物ではないのですから、いつか返すことになるんですよね。私自身は会社を引き継いだ時に、「預りものなので、良い会社にして社会に返す」というつもりでいたのですが、自分自身のことについては「返す」という発想はありませんでした。

 「子供は授かりもの」なんて言いますが、私の両親も、私が生まれたときに「授かった」という気持ちだったのでしょう。そして、私自身ができることも「授かっていた」ものであり、いつかは「お返しする」ものなのでしょう。「お返しする」のは私自身が決めることが出来るものではないのでしょうから、できなくなったことに固執せずに、できることを粛々と実践するべきなのでしょうね。

 良い考え方を聴かせて頂きましたが、まだまだ授かったものがたくさん残っております。お返しするときが来るまで、存分に授かったものを活かしていきたいと思います。

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