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ひきこもりおじいさん#81 このタイミング

呆気に取られた周囲は身動きすることも出来ない。
「隆史くん、いや、正ちゃん。本当にごめんなさい・・・全ては私が嫉妬心から手紙を書いて、二人の駆け落ちを邪魔したことが原因なのに、私は卑怯にもその事を正ちゃんに伝えず、幸恵が亡くなった全ての責任を正ちゃんひとりに押し付けたのです。正ちゃんはその為に、おそらくその後の長い人生を幸恵の死という罪を抱え、暗い影を落としたまま送ることになった筈です。そして正ちゃんと一つ屋根の下で暮らす家族だった隆史くんもその為に悩むこともあったのではないでしょうか。
とにかく全ての原因、元凶は私なのです。私の浅はかで愚かな行為が、最悪な結果を招いたのです。今更、土下座くらいで済むとは思っていませんが、どうか、どうか許して下さい・・・」
嗚咽のようなその八重子の声はいつまでも隆史の耳から離れなかった。気が付くと、病室の窓からは午後の淡い西日が射し込んで、八重子と共に床一面を黄金色に染めて、その見事な白髪は不思議な光彩を放っている。今、八重子は隆史に在りし日の正三の姿を重ねているようだった。先ず隆史は目の前の八重子を抱きかかえるようにしてベットに戻した。
「あの、蒼山さん。僕は嬉しいんです。確かにおじいさんは、生前、僕にとって恐れを抱く存在でした。でもこうやって蒼山さんの話を聞いて、確かに色々なことがあったかもしれないけど、でもちゃんと同じ人間として悩みながらも、精一杯生きていたことを知ることが出来たから、それだけで本当に嬉しいです。それに蒼山さんだって、実のお姉さんを亡くしてから、ずっと思い悩んでた訳ですから、許すも何もないです」
隆史は語り掛けるように言った。
「ありがとう、隆史くん。これは言い訳に聞こえるかもしれないけど、私も本当はもっと早く正ちゃんに会って謝りたかったの。でも、その後に私も縁あって函館に嫁ぐと、時代はすぐに戦争になり、そしてようやく戦争が終わると、今度は戦後の混乱期を二人の子育てをしながら、必死に生き抜くのに精一杯で、気付いたら幸恵の死から六十四年もの歳月が過ぎてしまった」
「そんな戦争なんて、自分ではどうすることも出来ないじゃないですか。人それぞれ事情があるのですから、言い訳だなんて全く思わないです。それにおじいさんの死や残した言葉のおかげで、こうして松田さんや大澤さん、蒼山さんや純さんに会うことが出来たのですから、このタイミングが、いや、このタイミングしかなかったと思います。不思議ですけど」
「そうね・・・」
そう言って八重子は微笑み、
「私、少し喋りすぎて疲れたみたい。少し寝ます」
そうして八重子はゆっくりと目を閉じた。

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