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公的年金に関する誤解~繰下げについて

東証のサイトでも誤解を招く記事が

今回も、公的年金に関する誤解や勘違いを正します。

「東証マネ部」というサイトで、以下のような記事が掲載されていました。

私は、見出しの「年8.4%」という数字を見てピンときました。

「公的年金の繰下げについての記事だな」と。

そして、嫌な予感がしたので、記事を読んでみると案の定でした。

記事では、公的年金の繰下げ制度について、以下のように説明されていました。

通常年金は、65歳から受給します。これを66歳から、67歳から…と遅らせる(繰下げ受給する)と、1年あたり年利8.4%ずつ増えていきます。最大で70歳、42%増まで繰り下げができるのです。しかも、一生涯受け取ることができるので、資金が減ってしまうことはありません。そして、国が後ろ盾になっているので破綻することもありません。

ここまでは繰下げ制度の説明として、「年利8.4%」という表現は利息のようなイメージを与えるのでちょっと微妙ですが、まあ良しとしましょう。

しかし、これに続いて、次のような解説がされています。

老後資金を「公的年金」という金融商品を使って運用した場合を考えてみましょう。年金の繰下げは年利8.4%で運用するのと同じ効果があります。年利8.4%、しかも固定金利というのは、魅力だと思いませんか。
年金の繰下げ受給は、投資信託などで運用するより、効率のよい運用だと考えられる、という発想です。

ちょっと待ってください!

公的年金は、長生きリスクに備える保険で、投資信託のような金融商品ではありません!

繰下げたからと言って、年利8.4%などという利息がつく訳でもありません!

記事全体を注意深く読むと、保険のような機能であることは理解できないことも無いのですが、「年利8.4%で運用」というキャッチコピーが強すぎて、繰下げのメリットを過大に評価してしまう恐れがあります。

公的年金の繰下げは、老後の生活設計をする上で、重要な選択肢の一つであることは間違いないのですが、内容をしっかり理解した上で選択することが重要だと思います。

繰下げの仕組みを正しく理解しよう

それでは、公的年金の繰下げとは、どのようなものであるのか、その仕組みについて解説したいと思います。

下の図は、繰下げ制度の仕組みを表したものです(70歳まで繰下げるケース)。

65歳で年金を受給開始するケースは青で、70歳まで繰下げて受給するケースは赤で表されています。

1.65歳で受給開始した場合の通常の年金額は青色の矢印で表されていて、70歳まで繰下げた場合の年金額は赤色の矢印で表されています。記事の解説にあった通り、繰下げることによって、年金額は42%増額されます。

2.しかし、65歳から受給開始しても、70歳まで繰下げて増額された年金を受給しても、年金財政的には中立となるように設計されています。つまり、「平均的な死亡年齢」までに受け取る年金の総額は、繰下げか否かに関わらず、同じになります。

3.図で説明すると、四角形ABCDと四角形A’B'C'Dの面積は同じになるのです。あるいは、青色の網掛け部分と赤色の網掛け部分の面積が等しくなるとも言えます。

4.「平均的な死亡年齢」よりも長生きをして、年金を受給すれば、繰下げによって増額された分(図のCC')が終身のメリットとして活きてくることになります。

したがって、繰下げとは、65歳から受給する年金を自分の生活のために使う代わりに、それを保険料として払い、70歳からより多くの年金を受給することによって長生きリスクに備える保険なのです。

あるいは、65歳から受給する年金自体が、長生きリスクに備える保険といえるので、繰下げは「長生き保険の特約」とも言い表すことができるでしょう。

保険である以上、「平均的な死亡年齢」よりも長生きすれば、保険料を上回る年金を受け取れますが、その逆のケースもあり得るということです。これは、民間の生命保険でも同じことで、損得で考えることはナンセンスだと分かって頂けるでしょうか。

決して、繰下げのことを「年利8.4%で運用できる金融商品」などと誤解しないようにして下さいね。

繰下げする際の留意点

この長生き保険の特約を検討するにあたっては、以下の点に留意する必要がます(70歳まで繰下げするケースで説明します)。

1.繰下げをしている途中で、気が変わったり、お金が必要になった場合は、特約を解約して解約返戻金を受け取ることができます。解約返戻金の額は、それまで支払った保険料の総額(=65歳から解約時まで受け取るはずだった年金額の総額)です。

2.繰下げしている途中で万一亡くなった場合は、それまで支払った保険料の総額が、遺族に支給されます。ただし、70歳になって繰下げた年金を受給し始めた後で亡くなった場合は、保険料相当額の支払いはありません。

3.65歳以降もお勤めして収入がある場合、収入と年金(報酬比例部分)の額によっては、年金の一部、または全部が支給停止となることがありますが、このような場合、繰下げによって増額されるのは、支給停止となっていない部分の年金です。つまり、高収入のために70歳までずっと全額支給停止の場合は、繰下げても年金は増えません。

4.繰下げによって増額された年金を受給していた人が亡くなった場合、配偶者に遺族厚生年金が支給されることがあります。遺族厚生年金の額は、亡くなった方の老齢厚生年金の4分の3に相当する額ですが、この場合の老齢厚生年金には繰下げによる増額は反映されません。

上の1と2については、繰下げの保険としての機能を強調するため、「保険料」とか「解約返戻金」という言葉を使って説明しましたが、お分かりになりますか?

要するに、繰下げしようと思って年金を受給していなかった場合でも、気が変われば繰下げを止めて65歳時の年金を遡ってまとめて受給することがいるし、万一亡くなった場合は、同様にまとめて遺族が未支給年金として受け取ることができるということです。

おわりに

最後に繰り返しになりますが、公的年金の繰下げは、老後の生活設計をする上で重要な選択肢の一つです。その仕組みを、しっかりと理解して役立てて頂きたいと思います。

これからも、年金についての情報は随時発信していきますので、是非参考にしてください。また、ご意見やご質問があれば、その旨コメントを頂けると幸いです。

最近書いた年金関連の記事のリンクを貼っておきます。(終)


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