人気アニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」から学ぶコミュニケーションの質と脱スマホ
僕の朝起きてからのルーティンはこうだ↓
朝起きる
スマホで現在の時刻を確認する
ライン、インスタ、メッセンジャー、Gmailにメッセージが届いてないか確認する
ついでにインスタでフォローしている人たちの投稿をダァ〜っとスクロールしてみたり…
そうかと思ったら、ストーリーズを見てみたり…
最近はリールなんて機能がおすすめのショートムービーを差し出してくるから、それも無意識にタップしてみたり…
朝から画像とか動画を見すぎてなんか疲れた。
あぁ。不毛だ。
なんてことがたまにある。
いや、けっこうある。
朝一でそんなに有益でもない情報を大量に仕入れてしまって、後悔する。
しかし性懲りもなく次の日の朝も同じことをやってしまう。
みなさんは同じような経験あります??
…いっそのこと、スマホなんて手放してみようか?
その方が実は身軽で楽しい生活が送れるんじゃないか?
いや〜そんなこと言っても実際必要だよね。
そんなことが度々頭をよぎる。
そんな頃、僕はあるアニメに出会ってしまう。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」
時代感は、まだ電話が無い頃のヨーロッパのようで、クロアチアの港町にも似た「ライデン」という町を中心に「手紙」を通して様々なドラマが展開されていきます。
戦争孤児で、軍に拾われ、少女兵としての生活しか知らないヴァイオレットが「愛してる」の意味を知るために、手紙の代筆屋さんをしながら、言葉の意味やそこに込められた感情を一から学んでいくストーリー。
これがもう超大作で、海外でも大ヒットで泣けるアニメに仕上がっていると言うから、放送から時間が経っていたけど、NETFLIXで一気観してみた。
綺麗な作画と、心地の良い少々ゆっくりめのテンポで進んでいく物語に、すっと入り込んでいき、自然に1話、2話、3話と観進められる。
主人公が1話ごとに成長していく様がとても小気味良い。
気づいたらあれ、涙が・・・。止まらない。あれ?止まらない。
涙ってどこからこんなに流れてくるの?
俺の涙タンクってこんなに容量あったの?
ってくらい泣いた。心震えた。
そして音楽も素晴らしい。まさにアニメーションと溶け合って一体化している。
今ではサウンドトラック聴いただけで泣けます。
お気に入りは、第7話。
妻と娘に病気で先立たれてしまった人気劇作家オスカーとの話。
オスカーの亡くなった娘が言っていた、
「いつかきっと、あの鳥の様に湖を飛んで渡るところを見せてあげるね!」の、いつかきっとをヴァイオレット叶えるシーンがもう感極まる。
日傘と風を利用して湖を渡る少女ヴァイオレット。
とにかく作画と音楽が美しくて圧巻です。
酒で悲しさや寂しさを紛らわしつつも、ずっと堪えていた感情が溢れ、涙を流すオスカー。その様子に共感して、作中初めてヴァイオレットが涙を流す第7話。個人的に神回です。
一気見した感想を一言で言うと、
「人と意思を伝え合うって、こんなにも素晴らしいことだったんだ!」
です。
電子メールやSNS、意思を伝え合うことが早く簡単にできるようになった現代だからこそ、心に響いてくる要素が散りばめられているようでした。
まぁ、こんな感じで好きなアニメや映画ってたくさんあるんですけど、
「この作品を観て感じたことを、実生活にも落とし込んでみよう!」
って強く思った作品は、これが初めてだったんです。
記事冒頭に書いた、
が、いかに不毛なことか・・・と思い。
そこから見直してみることにしました。
↑朝のその流れは、家族と目を合わせて「おはよう」と言い合うことよりも大切なことなのだろうか?
自分は、そういう細かいけど大切なコミュニケーションができていない気がした。
そしてこの何気なくスマホをいじる行為が、僕達を本来的なミュニケーションから乖離させていっている気がした。
よし、脱スマホを進めよう。
まずはiphoneが教えてくれるスクリーンタイム(画面が光っている時間)を減らそう。
という作戦を決行しだした。
しかし実際、スマホがあると遠方の人との意思伝達がすぐにできるし、宿や交通機関などの予約、最新の情報にも無料で触れられて、おまけにゲームまでできる。まさに何でもできる神器であることは事実だ。
脱スマホを意識できた日のスクリーンタイムは1時間未満に抑えることができたけど、ついついyoutubeサーフィンしてしまったり、送ったメッセージに返信が来てないかいちいち確認してしまうこともあり、なかなか脱スマホが進まない。
更に脱スマホへの道を阻むできごとがやってくる。
今までガラケー派(と他にwifi環境下でのみ使用するiPhoneを所有)だった僕に、3G回線終了のお告げが届く。4GLTE仕様のスマホへの移行を余儀なくされ、そのスマホに「やっぱり便利だ」とラインやその他SNSをインストールしてしまったのが運の尽き。
自分に甘いというか、「ふとした待ち時間にメッセージのやりとりすれば時間の有効活用だ」と思ってインストールしてみたものの、すぐさまスクリーンタイムは1時間を越えう日々が続いてしまう。。。
違う違う。確かに時間の有効活用かもしれないが、何かが違う。
俺はそんなファストな意思伝達よりも、丁寧でスローな意思伝達の方に重きを置きたいんだ。
そんな状況で、
これまた本当にタイムリーなことに、ちょうど手書きの手紙をいただいた。
「拝啓」のあいさつから始まる、きれいな字が縦書きに並んだ手紙。
差出人は同じ村の小学校の先生。
僕は小学校の食育の授業に関わっていて、そのお礼の手紙でした。
桜色の便箋に綴られた内容は、
『あの時お世話になった子どもたちが、小学校生活で印象に残ったことの中に、あの食育の授業だと言ってくれて、卒業していきました。』
というものでした。
じんわりと染み入ってくるような言葉たち。
わざわざお礼をくれた事が嬉しくて、僕も中学の国語の授業以来初めて実践的に「拝啓」という言葉を使い、お世辞にもきれいとは言えない字で返事の手紙を書いた。
短い文章を送り合うだけの事なのに、心が暖まるやりとりでした。
ファストな意思伝達よりも、
こうしてゆっくりと、相手の顔を思い浮かべながら言葉を選んでいくスローな意思伝達の方が、なぜだか心地が良い。
もしこれが
ラインでのやりとりだったら、
電話でのやりとりだったら、
どうだっただろうか?
いずれにしても、気持ちや情報を伝え合うということは日常において当たり前にあることで、そもそも素晴らしい行為なのだけど、その質を見直してみようと思わせてくれたのが、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」でした。
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最後に、作中で一番心に残った、
劇場版のラストシーンからデイジーのセリフ
「言葉で言えなくても、手紙ならできるかも。
私も素直な気持ちを伝えたい。
伝えたいあの人は、今この時にしかいないから。」
デイジーはそう言って、対面では素直に気持ちを伝えられない両親に、手紙を書いて気持ちを伝えます。
この「今この時にしかいないから」がすごく印象に残った僕は今、生まれて初めて両親に手紙を書いてみてます。
しかしこれがなかなか筆が進まない笑
このアニメの登場人物たちのように、自分自身に心を開いて素直に手紙を書けるようになったら、人間として成長できると信じて、頑張って書いてみようと思う。
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