どんな仕事においても「営業力」が求められるようになっている理由
日経新聞で「営業職の年収上昇」に関する記事が出ていました。
営業職の求人数や募集時年収が、他の職種に比べて上がっているようです。
転職市場で営業系職種の年収が上昇している。新型コロナウイルス禍の当初は経済活動の縮小で求人減少が目立ったが、企業の売り上げ確保には営業職は欠かせないとして即戦力を中心に需要が増えた。コロナ下で広がったリモートワークなどの生活様式が、新しい営業系の仕事を生みだしている面もある。
エン・ジャパンの求人サイト「エン転職」では、「営業系」の募集時年収が3月に前年同月比5%上昇した。コロナ禍で企業活動が鈍化した2020年春は前年を下回り、全職種平均よりも低下が目立った。20年6月以降にプラスに転換。さらに新年度に向けた求人が動き始める12月からは全職種平均の伸びを上回っている。
こういった動きの裏にあるのは、需要の増加だけでなく、「営業の捉え方」に関する変化だと私は考えています。
「営業」の捉え方が変わってきている
先ほどの日経新聞記事で、特に私が注目したいのは、文章中で「売る」「契約」「数字」といった言葉が出てこないことです。「販売」という単語ですら、登場回数はたったの1回です。
営業といえば、従来は「お客様に商品やサービスを売る(販売する)」「お客様から契約を頂く」「目標の数字を追いかける」といったイメージを持つ方が多いでしょう。しかし、この記事で用いられているのは、それらとは一線を画す表現です。
求められる能力には、営業の担い手としての対人スキルに加え、業界やサービスへの専門知識をもって顧客の気持ちを読み解く資質もある。いわば「寄り添うスキル」だ。
喜多恭子doda編集長は「非対面の商談では以前にも増してプレゼンテーション力やコミュニケーション力の重要性が高まっている」と話す。コロナ禍、そしてコロナ後の社会に向け、営業職の資質と価値の概念が変わってきたのかもしれない。
読んでみると「営業というより、どんな職種でも必要なコミュニケーションスキルの話では」と感じます。
相手の気持ちを読み解き、寄り添って意思疎通することは、営業によらず、どんな仕事をしていても重要なことですよね。
したがって、「仕事の土台となるコミュニケーション力が、ことさら問われるのが”営業”であり、そういったスキルが高い人材が評価され、多くの需要が発生している」ということなのでしょう。
営業力は、営業「職」だけのものではない
冒頭の日経新聞記事では、「カスタマーサクセス」という職種についても言及されていました。
もう一つの背景がある。新しい営業系の職種として「カスタマーサクセス」と呼ばれる求人が大きく伸びていることだ。
カスタマーサクセスは、外回りしたり電話をかけたりして新規の顧客を獲得する従来の営業とは違い、いったん獲得した顧客が商品・サービスを継続利用するように促す職種だ。顧客とコンタクトをとりながら個々の顧客の状況に適した商品やサービスの使い方を提案していき、満足度を高める。
クラウド経由でソフトを提供するSaaS型サービスを展開する企業やゲームアプリを提供する企業などで採用が先行した職種だが、この数年は衣食住の様々な分野でシェアリングやサブスクリプション(定額課金)型のサービスが増え、カスタマーサービスの担当者を置く企業の幅が広がった。これらのサービスは利用の継続が収益に直結するためだ。
お客様に提案をして契約を頂く場面のみならず、サービスを継続利用頂き満足度を高めていく上で、「営業」が関わってくるということです。
実はこのような動きは、いわゆるSaasと呼ばれる業種にだけ起こっているものではありません。
例えばSI(システムインテグレーション)の業界では、お客様先に常駐しているエンジニアが、次のプロジェクトの提案をすることに力を入れる会社が増えています。
SIの会社にも、もちろん営業「職」はいます。しかし、お客様との接点があるのなら、エンジニアにとっても、お客様の課題を汲み取りお役に立てるためのコミュニケーションが重要になっている、ということです。
また、アウトソーシングやコンサルティングを営む会社においても、受注してからプロジェクトを納品する際に、どのように満足度を高め、お客様に対して今後の提案をしていくかが求められるようになっています。
いわゆる営業のトレーニングや研修を行う際に、「営業職だけでなく、納品や技術に関わるメンバーにも受けさせたい」という会社は、実際のところかなり増えています。
「営業は、営業職がやるものだ」ではなく、「営業は、お客様に関わる全ての仕事人にとって大事なもの」に変わってきています。
「社内営業」という言葉もあるぐらいですから、マーケティングや人事などの企画職についても、(社内の)人に動いてもらう力は必要です。
「営業=お客様に断られてもへこたれずに頭を下げて契約をもらう」といったイメージは旧来のものです。「相手と共に共通の目的を達成していく”営業力”を高めていくこと」は、会社全体にとって重要テーマと言えるでしょう。
望む仕事をするには「道楽と職業のジレンマ」を乗り越える必要
会社や組織の話にとどまらず、個人にとっても、自分が望む仕事をしていく上で「営業力」は非常に重要です。
夏目漱石が『道楽と職業』でこのようなことを述べています。
己のためにするとか人のためにするとかいう見地からして職業を観察すると、職業というものは要するに人のためにするものだという事に、どうしても根本義を置かなければなりません。人のためにする結果が己のためになるのだから、元はどうしても他人本位である。
「他人のためにすること=職業」「自分ためにすること=道楽」というのが漱石の定義です。
職業とは、他人が求めることに応えるものであり、一方、道楽とは、自分の欲望を満たすことです。大半の人は、職業を通じて収入を得、稼いだお金で自分の欲望を満たすわけですから、自分が食べていくには、他人のために何かしらをする必要があります。
一時期、「好きなことで生きていく」というフレーズが流行りました。道楽と職業が一致した生き方は理想的です。しかし、単純に「自分が好きなことをそのまま仕事にしよう」とするとハードルが極めて高く、好きなことだけして生活収入を稼げる人はほんの一握りです。
道楽と職業の「重なり」を大きくするには、2つのアプローチがあります。
①道楽を職業にする
②職業を道楽にする
道楽を職業にするケースとして、漱石は「科学者」「哲学者」「芸術家」をあげています。いわゆる、研究者やアーティスト、クリエイターといった人たちは、職業を選ぶ動機が「好きだから」というケースが多いでしょう。
一方、組織に勤めているような人にとって、現実的なのは職業を道楽にするアプローチです。では、「人のためにすることが自分をも満たしてくれる」状態を作っていくにはどうしたらよいでしょうか。
強みを発揮して人に喜ばれることが「職業の道楽化」につながる
自分の強みが何で、どう活かしていったらいいかを正しくつかんでいると、人にお役立ちできる機会が増えます。「職業とは、他人を満たすこと」という先の定義に基づくと、自分の強みで人に喜んでもらえる場面が増えていくのは、「職業の道楽化」に近づく上でとても大きな前進です。
一方、自分の強みやその使い方を正しく理解している人はほとんどいません。強みは「無意識のうちにうまくできてしまうこと」なので、自分では気づきにくいからです。
そうすると、他人からのフィードバックというのが、いちばんあてになります。強みを発揮したことによって心が動くのは、自分以外の「他人」です。自分の働きかけによって相手に満足頂けたのなら、それに値する自分の行動があるはずです。拙著『なぜか声がかかる人の習慣』にも書いていますが、どういう行動が心を動かしたのか、相手からフィードバックをもらえるると、「強みの活かし方」のコツがつかめてきます。
強みを活かして相手の心を動かし、「人から必要とされる度合い」が大きくなると、働き方の選択肢が増えます。誰といつどんなふうに働くかについて、「選ぶ側」に回ることができるのです。こうすると、職業と道楽がだいぶ重なりやすくなります。
職業と道楽の重なりを大きくしていく上でも、相手の気持ちを読み解き、寄り添って意思疎通するコミュニケーションを支える「営業力」は大きな役割を果たします。
「営業職への需要が大きくなっている」というより、「どんな仕事をしていても、営業力が求められている」と捉えていくことが、組織にとっても、個人にとっても、幸せな循環につながりやすいのです。
#日経COMEMO #NIKKEI
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