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野良 [二]
どのくらい気を失っていたのだろう。
目覚めたら八寸はあろうかという緑亀が首をにゅうと伸ばし、拙の顔を覗きこんでいた。
薄暗い中、すーっと梅の花が匂った。
顔を上げると、多聞櫓が遠く目に入った。
お堀に沿って茂る草叢にいるのだと判るまで然程はかからなかった。
「棄てられたのだ」
緑亀がちゃぷんとお堀に戻る音を聞き乍らしみじみ悟った。
ドンの音に吃驚して葡萄酒の樽もろとも台所の床に叩きつけられ、強かに頭を打った。
そこまでは憶えてるが、後が全く以て思い出せない。
なんでも台所で葡萄酒にまみれて酩酊していた拙を、帰宅した小母さんが見付けこっぴどく叱りつけた後、五右衛門風呂の残り湯でざんぶざんぶと掻き回したとか。
「こりゃ息ん無かばい」
呟いた挙げ句、丁稚の金吾どんに何処かに棄ててくるよう託けたらしい。
後になって、顔見知りである鉄砲町のトラから聞いた話だ。
尤もトラも界隈の女将さんたちの立ち話を盗み聞きした訳だから、どこまでが本当だか知れたものではない。
吹雪は漸く納まったが、粉雪が霙に換わったのがよくない。
因幡町から橋口を抜けると、天神さまのお社がある。
そこまで往けば雨風だけは凌げるだろう。
「亦候、野良の暮らしか」
切れるように冷たい夜風の中、とぽとぽと天神さまの赤格子を目指した。