気安庵
もういいかい
まあだだよ
人生も仕舞にさしかかり
家督を譲り渡したのを機に
この閑村にささやかな庵を構えた
誰でも気兼ねなく訪ねられるように
~おそらくは終の棲家となろう~
屋号は"気安庵"と表した
生産性だけが人間の価値ではない
各々与えられた役割が必ずあるはず
誹謗中傷、恨みつらみ
罵詈雑言、嫉妬に憎悪
何かと世知辛い現代社会に
積もりに積もった負の感情が
いつしか集まるようになった
特に意識はしてこなかったが
それらを受けとめる能力が
どうやら備わっていたらしい
誰が言い出したか知らないが
隠れんぼでもするかのように
夜毎の合いことばは決まって
「もういいかい」
ここまで病み人が集うのだから
受けとめるのが私の役割なのだろう
楽隠居とはほど遠いが
故郷を捨て、義理を捨て
もう失うものは何もない
与えられた役割を果たすことが
人生最大の歓びなのだから
もういいかい
もういいよ
もういいよ
もういいよ....