SDGsに欠落している家族・家庭の視点一Well-beingで重視すべき家族・家庭支援
●環境・経済・社会の土台は文化
SDGsは2015年に国連サミットで採択された2030年までの目標であり、2012年のリオデジャネイロ+20において、国連ミレニアム開発目標(MDGs)を補完する形で策定された。SDGsは「誰一人取り残さない」という理念を打ち出しているが、これはわが国が国連で主導してきた「人間の安全保障」の理念であり、一人ひとりの生存や尊厳に焦点化して「社会的包摂」の実現を目指す安全保障の概念である。
また、「持続可能な開発」という理念も日本政府が国際社会の議論において主導権を発揮してきた理念である。2002年のヨハネスブルグ地球サミットにおいて、地球環境問題や貧困問題などの打開策として日本政府が提唱したのが、「持続可能な開発のための教育」(ESD)である。
SDGsは環境保全、経済成長、社会的包摂の3側面の調和によって持続可能な開発が可能になるという考え方を打ち出しているが、この環境・経済・社会の3本柱の土台になるのが文化である。
2030年からの「SDGsからウェルビーイングへ」の転換に向けても、日本がリーダーシップを発揮することが求められている。SDGsの17の目標と169のターゲットにおいて、家庭・家族に言及しているのは、以下の2か所のみであることは問題であり、「リプロダクティブ・ヘルス」と「ジェンダー平等」については根本的な見直しが必要不可欠である。
●SDGsに盛り込まれた家庭・家族記述
<目標3 すべての人に健康と福祉を
3,7 2030年までに、家族計画、情報・教育及び性と生殖に関する健康(リプロダクティブ・ヘルス)の国家戦略・計画への組み入れを含む、性と生殖に関する保健サービスを全ての人々が利用できるようにする。
目標5 ジェンダー平等を実現しよう
5,4 公共のサービス、インフラ及び社会保障政策の提供、ならびに各国の状況に応じた世帯・家族内における責任分担を通じて、無報酬の育児・介護や家事労働を認識・評価する。>
「リプロダクティブ・ヘルス」の促進がSDGsの目標の一つに盛り込まれたことによって、「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖を決める権利)」が国際的に注目されるようになり、これを推進する「国際家族計画連盟」が提唱する「包括的性教育」推進グループと、「性と生殖を決める権利」は「胎児の生命権(生きる権利)」に抵触し、子供の「性的自己決定権」は親の「養育権」を侵害するとして反対する人々との対立が米英で深刻化している。
1948年の国連総会で採択された世界人権宣言第16条第3項には、「家族は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」と明記されており、2015年の国連人権理事会において「家族の役割と保護」を謳った決議が採択されている。
ユニセフも2019年に「家族に優しい政策は、親子の絆を強め、家族や社会の結びつきを強める」として、報告書『先進国における家族に優しい政策』を発表し、各国政府が家族に優しい政策を実現するための指針を示している。持続可能な社会の土台が家庭・家族であることは明らかであり、ポストSDGsのウェルビーイングの理念においてこの点を明確にする必要がある。
「性と生殖を決める権利」については「胎児の生命権」をめぐる宗教間の対立が背景にあり、2016年にはキリスト教徒が32、9%、イスラム教徒23,6%、ヒンドゥー教徒が13,7%、仏教徒が5,7%であったが、2060年にはキリスト教徒とイスラム教徒が約30億人ずつとほぼ同等となり、2100年にはキリスト教徒が上回るという予測も出されており、宗教間の調和が持続可能な社会を築いていく上でより切実な課題となることが予測される。
胎児を含む子供の「最善の利益」を最優先し、「誰一人取り残さない」生命の尊厳、人権尊重を基本理念とする見直しが求められており、従来の対立を乗り越える「対話」を通して、対立する概念を止揚・調和させ、「共活(共に違いを活かし合う)」「共創(新しい秩序を共に創る)」社会の実現に向けた「道理の媒介者」としての役割を日本は果たす必要がある。
●日本型「SDGsモデル」とWell-beingの実現を目指す「Society5,0」
日本政府はSDGsアクションプランにおいて「SDGsと連動するSociety5,0の推進」「SDGsを原動力とした地方創生」「SDGsの担い手としての次世代・女性のエンパワーメント」を3本柱とする日本型「SDGsモデル」を掲げている。
AIなどのデジタル技術の目覚ましい発展によって社会構造が大きく変化している「第4次産業革命」を促進するために、我が国が目指すべき未来の社会像として日本政府が提唱しているSociety5,0(超スマート社会)は、仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムによって、経済発展と社会的課題の解決の両立を目指しており、「直面する脅威や先の見えない不確実な状況に対し、持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(ウェルビーイング)を実現できる社会」であると文科省は宣言している。
●家族病理の深刻化一いじめ・不登校増加の背景
近年、子供の養育環境は悪化の一途をたどっており、児童虐待も増加し続けている。親との間に安定したアタッチメント(愛着)関係を繰り返し経験できた子供は、他者への基本的信頼感と自己肯定感を獲得しやすい。逆に親から虐待を受けた子供は自他への肯定感が獲得できない。
子供の躾には心身の健全な発達のためにある程度の制限が必要である。子供の中に根本的に親から受容されているという安心感がなければ、躾は単なる制限や禁止になりかねない。受容感なく制限・禁止を受け続けると、怒りや悲しみなどのネガティブな感情を安全に抱える力が育たず、成長後に攻撃衝動を制御できなくなったり、心身の不調につながったりしやすい。
小中学校を中心としたいじめや不登校・鬱傾向の増加の背景には、こうした親と子の社会的発達が十分になされていないという事情がある。幼少期にネガティブな感情を親に受容してもらえなかった経験が連鎖的に、自身が子育てをするときにも影響し、「虐待の連鎖」にもつながっている。
自分が抑えてきた感情を子供が奔放に表現することに不安や怒りを感じ、子供のネガティブな感情にうまく対処できなくなる。育児する親が孤立した状態でこうした課題を抱えている場合、虐待等「マルトリートメント」(大人から子供に対する「不適切な」関わり)に発展する可能性がある。近年、家族機能の低下による家族病理の深刻化が進んでおり、家族の養育機能を支える仕組みの弱体化によって、大人の子供に対する不適切な関わりが増加の一途をたどっている。
家族の多様化によって家族構造が大きく変化しており、伝統的な家族観が忌避される傾向が顕著になり、家族の中での暴力や人権侵害の拡大に拍車がかかっている。子供のウェルビーイングの向上のためには、家族・家庭が健全に機能するように国や社会が包括的に支援する方向性を明示する必要がある。ポストSDGsとしてのウェルビーイングの基本理念として、SDGsに欠落、不足していた家族・家庭支援の視点を明確に盛り込むイニシアティブを日本は発揮してほしい。