家族の復権と男女共同参画
山極寿一著『「サル化」する人間社会』によれば、人間の家族は、これまで家族の論理(ゴリラ型)と集団の論理(サル型)の絶妙なバランスのもとで営まれてきたが、近年、自己を最優先にすることで子育てに犠牲を伴うことのバランスが崩れ、虐待が急増している。
今日の家族問題の多くは、利便性、快適性、効率性を追求する「マクドナルド化」する現代社会が志向する経済優先、自己優先の価値観とこれとは矛盾する犠牲を伴う子育ての価値観が衝突し、前者の風潮が過剰になったために生起したものである。虐待はその象徴的現象といえる。
政府は人口減少の克服を目指す地方創生の「長期ビジョン」で、「結婚や出産に関する国民の希望が実現すると、出生率1.8程度に改善できる」と強調し、「少子化社会対策大綱」を閣議決定した。
同大綱は「社会経済の根幹を揺るがしかねない」と少子化への危機感を前面に打ち出し、結婚、妊娠、出産、子育てに関する情報提供や、自治体などによる結婚支援策の後押し、三世代同居の推進などを盛り込んだ。こうした個人の生き方や価値観に関わる問題については、過去にも議論を呼んできた。また、政府の人口減対策では、出生率1,8を「まず目指すべき水準」とした原案の記述が最終的には削除された。早く結婚し、子供を産み育てたいと思える社会をつくることが最も重要である。
●家族の変化、少子化の背景要因
この問題について論じるにあたって、戦後の高度経済成長期以降の家族の変化とその要因、少子化の背景要因を踏まえる必要がある。前者については中央大学の山田昌弘教授、後者については明治大学の加藤彰彦教授の著書や論文が参考になる。まず山田教授によれば、家族には人間が生きていくために不可欠な「生活保障」と「社会的承認」という二つの機能が委ねられている。この二つの機能は戦前の日本では、地域社会のコミュニティや親族が担ってきたが、戦後日本においては、これらの生命共同体が崩壊し、家族以外に期待できなくなった。戦後の高度成長期以降に一般化した「夫が主に働き、妻は主に家事で、子供を育てながら、豊かな家族生活を築く」という戦後家族モデルが1990年以降、維持できなくなった。
それは、1990年代の経済構造の転換により、若年者を中心に非正規雇用が増え、零細自営業が衰退したことが最大の原因である。つまり、一人の稼ぎで将来豊かな生活を築くことが可能な若年男性の数が激減したのである。
その結果、未婚化と離婚が増大し、男性の生涯未婚率は2割を超え、2010年の国勢調査によれば、30歳から34歳の未婚率は、男性45,6%、女性34,5%となった。また、2014年の結婚64万9千組に対し、離婚22万2千組と、結婚したカップルの約3分の1が離婚している。さらに児童虐待も、2000年以降急増している。
●「家族形成格差」
戦後家族モデルを形成できる若者とできない若者との「家族形成格差」が生じている、と山田教授は指摘する。戦後家族モデルを形成できない若者の大部分は親と同居(パラサイトシングル)し、2012年の中年親同居未婚者(35歳~44歳)は305万人、同年代の16%に及んでいる。中年のひきこもりの割合が引きこもり全体の中で最も高くなり、将来、親が亡くなった時に孤立し、生活苦に陥る危険性が高くなっている。また、いわゆる「できちゃった婚」などで、子供を産み育てる精神的経済的準備のないまま親になる若者も急増している。
●妊娠適齢期について教える「親になるための学び」
少子化社会対策大綱検討会のヒアリングで国立生育医療研究センターの齊藤英和氏は、「妊娠適齢期を意識したライフプランニング」に関連して、結婚時期を早めるための教育の必要性を説いた。 妊孕(よう)の医学的観点から、女性の結婚年齢が30代前半では生涯不妊率は15%、30代後半では30%に倍増する。出産の高齢化に伴い、妊娠中や分娩時のリスクが増大し、知的障害児の数もこの20年余で2倍以上に急増しているという。
平成24年7月25日の参議院「社会保障と税の一体改革特別委員会」でも「出産適齢期」について、山谷えり子議員が(厚生労働省によれば)35歳を過ぎると自然流産率が20%、40歳を過ぎると自然流産率は40%になり、非常にリスクが高くなり、25歳から40歳までの調査によれば、子供を産まない理由の49%が「妊娠しないから」で、「経済的負担がかかる」は26%だったと指摘。
小宮山厚労相も「委員がおっしゃること、大変重要だと思っています。特に最近言われている、卵子が老化するとか精子の力が落ちていくとかいうことが余り知られていなかった・・・六組に一人が不妊ということなので、マル高とかいうのをなくして適齢期はないような形が広がったというのは誤ったことだった」と答弁している。
結婚時期を早めるためには、結婚、妊娠、出産、子育てに対する前向きなイメージが持てる教育が重要である。ところが、実際にはお産は「大変で苦しい」、子育ては「自分の自由時間がなくなり、キャリアに影響する」などマイナスイメージが教科書やメディアで喧伝されている
●脱家族化から再家族化へ―家族の復権
少子化の根因は未婚化にあるが、明治大学の加藤彰彦教授によれば、日本がモデルとしてきたヨーロッパにおいて最近、「脱家族化から再家族化へ」の反転の動きが起きているという。2000年代になって、「家族の復権」を志向する議論がヨーロッパで始まったのである。欧州評議会のホームページは、家族政策の主目的は、家族を「最後の拠り所」として保護することにあると明記しており、スウェーデンにおいてですら、介護を家族が担うことの再評価が始まっている。
日本においても、再家族化の動きが顕著に見られ、夫は外で働き、妻は家庭を守るべきであるという性別役割分業への賛否を問うた内閣府の世論調査を見ると、2009年を境に賛成派が上昇に転じた。また、親孝行をする、恩返しをする、個人の権利を尊重する、自由を尊重する、の4項目の中から、大切なことを2つ挙げるという質問に対して、親孝行と恩返しが急上昇し、個人の権利と自由の尊重は低下している。
さらに1990年代の終わり頃から先祖を尊ぶ傾向も強まり、若い世代の意識も90年代に転換し、再家族化の動きが顕著にみられる。加藤教授の全国家庭調査データの分析によれば、「家族の絆」が強くなるほど、結婚率も出生率も高くなることが判明している。
同教授によれば、高度経済成長期に広まった近代核家族(見合い結婚から恋愛結婚へ、3世代家族から夫婦家族へ)の個人主義イデオロギーがバブル経済崩壊後の1990年代に、より過激な自由選択・決定・責任のイデオロギーとして喧伝され、「共同体的システムを否定」したことが、「未婚化」を一気に推進した主因であるという。
●家庭科教科書の問題点
家庭科教科書では、結婚、出産、家族は個人が選択するライフスタイルであることが強調され、結婚して子供を持つことも「性的役割分業にもとづいた考え」であるとして、家族の多様化、個人化が強調され、指導書では、「できちゃった婚が主流」であり、「事実婚を選択する理由」が詳しく解説されている。家族の個人化は家族と結婚制度を解体し、離婚と事実婚の増加をもたらしたが、家庭科教育がそれを推進してきた点を見落としてはならない。
この個人を優先するイデオロギーが戦後の教育界全体に広がった結果、人生のすべての問題は自己選択・自己決定されるべきであるという風潮が広がり、国立弘前大学の入試問題に「人の命をなぜ殺してはいけないのか」という小論文問題が出題され、さらに「なぜ自殺してはいけないのか」「なぜ性を売ってはいけないのか」「なぜセックスをしてはいけないのか」「なぜ中絶してはいけないのか」と問いかけられても、親も教師も答える言葉を失ってしまったのである。
●女性の活躍推進策を批判する2人の女性
ところで、政府の「日本再興戦略」において、「女性の活躍推進」が盛り込まれ、「女性が活躍できる社会環境の整備の総合的かつ集中的な推進に関する法律案要綱」の目的には、「我が国の経済社会の持続的な発展を図るためには、職業生活その他の社会生活と家庭生活との両立が図られること及び社会のあらゆる分野における意思決定の過程に女性が参画することを通じて、女性がその有する能力を最大限に発揮できるようにすることが重要であることに鑑み、女性が活躍できる社会環境の整備について、その基本理念その他の基本となる事項を定める」と明記された。その基本理念の冒頭には、「家族や地域社会の絆を大切に」という文言が盛り込まれた。
この女性の活躍推進策について政治ジャーナリストで男女共同参画会議有識者議員の細川珠生さんは、「夕刊フジ」において、「安倍首相は、育児があっても仕事をすることが、女性を生き生きと輝かせることだと思っているようだ。この政権の女性活用策は、『女性を輝かせる』とは建前で、人口減少社会の中で不足する労働力確保や、世帯収入の増加による経済への刺激という本音も見え見えなのである。育児は他者に任せてでも日本の経済力を上げようというのは、国家戦略として間違っている。母親として、妻としての”キャリア”を自らの意思で選択している人が大多数なのである。その人たちに、もっと働け、昇進を目指せというのは、ありがた迷惑である。専業主婦として生きようとしている人たちが肩身の狭い思いをしている。問題なのは、その先には『子供が犠牲になる』という現実があることだ。安倍首相は、母親を子供から引き離すことに積極的な国が良い国だと思っているのだろうか」と痛烈に批判している。
また、作家の曽野綾子さんも、月刊誌『ボイス』の日記において、次のように批判している。「政府は『女性の活躍』を成長戦略の目玉に挙げて社会進出を促しているが、男女とも約4割が『妻は専業主婦』を望んでいる実態が浮き彫りになった(明治安田生命福祉研究所が発表した20代~40代の結婚などに関する意識調査)。『子どもが小さいうちは、妻は育児に専念すべきだ』との考え方を支持する割合も、男性64,4%、女性70,9%に上った。こうした現実があるのに、現政権は、選挙の人気取りか、しきりに女性の社会進出を唱える。余計なお世話というものだ。」
●専門家が指摘する「不都合な真実」
ちなみに、「夫は外で仕事をし、妻は家庭で主婦をする」などの固定的性別役割分担意識の変化が世界で共通して起きており、アメリカでも90年代の半ばから増加しており、3つの大きな調査機関でもそのような結果が出ている。また、大阪商業大学JGSS研究センターの佐々木尚之論文「JGSS累積データ2000-2010にみる日本人の性別役割分業意識の趨勢」によれば、1970年生まれ以降の女性は、固定的な性別役割分業意識の方向へ回帰しており、社会の育児能力に疑問を持つ若年世代が、自分自身の手で子育てをすべきだと考えるようになっているという。
さらに、「どんな女性が最も幸せか」という質問に対する考えは「専業主婦」であることを国際的なデータ(アメリカの経済紙「経済政策」2009年の論文“The Paradox of Declining Female Happiness”)が実証している。
また、日本大学大学院総合科学研究科の人口経済学者の小口直宏教授によれば、「ほぼすべての国において、女性が働くと出生率が下がる」ことが明らかになっている。女性の就業率を高めれば出生率が上がるというデータは見せかけにすぎず、両者は負の関係にあるという。
アメリカの専門誌の複数の論文によれば、男女の格差の解消を目指すポジティブアクション(積極的改善措置)を推進したノルウェーで、上場企業の女性役員が占める割合を18%から40%に倍増するクオータ制を導入したところ、利益率が減少して企業価値が暴落し、上場する企業が激減し、有害な面もあることが実証済みである。クオータ制の効果を検証した論文によれば、「クオータ制の効果が女性の企業での指導性のスタイルに指針を与えるかは疑問である」と結論づけている。
さらに、ある専門家は、レベルは不問にして、比率のみを取り上げる計算方法でジェンダーギャップ指数が発表されているが、まやかしにすぎない根拠薄弱なもので、この奇怪なジェンダーギャップ指数が政策の根拠になっている、と指摘している。
もちろん、これらの男女共同参画政策に「不都合な真実」とは異なるデータもあるが、敢えてこのような専門家の指摘もあることを紹介した。曇りのない目で多様な側面を総合的に捉え、「女性のチャレンジ応援プラン」が明記しているように、専業主婦を含む「すべての女性が輝く社会」の実現を目指して、これまでのイデオロギー対立を止揚し、誰もが納得するバランスの取れた包括的な男女共同参画政策に高めていくことが時代の要請である。
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