鄭雄一「多様性と道徳性」第二部:仲間とは何か
1 仲間について
⑴ 仲間とは何か?
■我々が「仲間」と感じる範囲は様々
■罪悪感・同情は仲間意識のバロメーター
■「仲間」と感じる範囲は可変的・相対的
⑵ 仲間と親しみ
■長い間繰り返し出会い、危害の心配がない相手➡思考・行動を予測で
き、リラックスして接することができる➡仲間意識が生まれる
■仲間らしさの評価は記憶されて保持
■繰り返しの出会いには、リアルだけでなく、バーチャルなものもある
ことに注意
⑶ 仲間と親しみ(補足)
■親兄弟などへの親しみは血を介した特別なものか?
●反例:養子や取り違えでも強烈な親しみ、異種動物が子供から育てる
と仲良くなる、鳥類のインプリンティング➡血縁だからと言ってそれ
だけで、特別扱いされているわけではない➡血縁は通常近くにいて一
緒に暮らす、その結果として強烈な親しみ
●対比:アリやハチでは、社会の遺伝的構成が異なるため血が親しみを
保証
■宗教での家族の比喩:信者にとって教義や儀式は血の代わり、これら
を共有すれば血を共有することと同等と捉えている
●上述のように、血のつながりは、それだけで親しみを保証しない
●だが、通常は血のつながりが濃いものほど一緒に暮らしていて、出会
いも多いため、人間の頭の中では血のつながり=親しみと捉えられて
いる(一種の錯覚)
2 道徳は動物にもあるのか?
⑴ 「人間とは何か」についての過去の意見
●ホモ=サピエンス(叡智人、リンネ)●ホモ=ルーデンス(遊戯人、ホ
イジンガ)●ホモ=レリギオースス(宗教人)●ポリス的動物(アリス
トテレス)●一茎の葦(パスカル)●象徴的動物(カッシーラー)●自
ら造るところのもの(サルトル)●習慣の束(ジェームス)●迷うもの
(ゲーテ)●何にでも成れ、慣れる動物(ドストエフスキー)
➡人間に固有の特徴を見つけることが重要
⑵ 人間と他の動物との違い:質的 VS 量的
●手先の器用さ●大きな脳●欺く行為●自己と他者の区別●目的別道具使用
●コミュニケーション●文化●芸術・装飾●像●二足歩行●記憶●感情
➡本当に質的に異なるものを見つけることが重要
⑶ 動物の「道徳的」行動
■犬・猫やペンギンの子育て、ハイエナ、ツメバケイの親類の子育て手
伝い➡「思いやり」 ただし、協力・分業する範囲は血縁(遺伝的に
近縁な個体)に限定されており、血縁外では「残酷」さ
■道徳の適用範囲≒血縁➡しかし、ヒトの道徳の及ぶ範囲は、遺伝的に
離れた個体も含む
■より大規模・複雑な協力・分業行動の例
●ライオン、オオカミの群れでの狩り
●チンパンジーやゴリラの群れでの共同作業
➡協力・分業する範囲に直接面識のある血縁外の(遺伝的に遠い)個体
が含まれる
■道徳の適用範囲≒血縁+直接の知り合い
➡しかし、ヒトの道徳の及、会ったことも、これから会うこともない遺
伝的に遠い個体が含まれている
➡この違いこそが、ヒトと他の動物との決定的な差異
道徳の内容ではなく、その適用範囲が異なっている!
⑷ ヒトの巨大社会の特殊性
道徳の適用範囲≒血縁+直接の知り合い+会ったことも、これから会う
こともない遺伝的に遠い個体(見ず知らずの赤の他人)
●反論:「ハチやアリも巨大な社会(コロニー)をつくり、極めて多数
の、会ったこともこれから会うこともない個体と協力している」
➡コロニーの構成員は遺伝的に極めて近い
■遺伝的背景の違いを無視してヒトの社会と彼らのコロニーを直接比べ
るのは不適切
⑸ 血縁や直接の出会いに代わるもの
■どうして巨大社会において、これまで会ったことも、これから会うこ
ともない赤の他人に仲間意識を抱くのか?
➡文化(宗教経典や儀礼を含む)≒世界観、思考や行動の基準
■文化の共有≒バーチャルな出会い➡バ―チャルな仲間意識
⑹ ヒトの文化の特殊性
■グッド―ルによって報告された有名なチンパンジーのシロアリ釣り
●一匹の天才チンパンジーにより考案
●模倣により、あるグループのチンパンジーに継承
この文化は果たしてヒトの文化と同じか?今の世代のチンパンジーは、
誰が初めにこの技術を編み出したのか知らない
➡彼らにとって創始者は存在しないのと同じ
■ヒトは、過去の偉人たちと時間と空間を超えた気持ちのつながり(バ
ーチャルな仲間意識)を持っている これこそがヒトの文化の本質
⑺ 仲間の構造一バーチャルな仲間の辺縁は曖昧、相対的、可変的
⑻ バーチャルな仲間の特徴
■混血児の人数は近年急激に増加傾向
■彼らにとって、「愛国心」や「民族のアイデンティ」などの概念は明
らかにバーチャル。彼らの良心が属する宗教・民族・国家が争ってい
るという状況の思考実験
➡言葉に基づくバーチャルな仲間意識
社会的取り決め、曖昧・可変的・相対的
⑼ 仲間の相対性に気付くための思考実験
仲間の範囲の任意性に気付くための演習
①混血児の人数は近年急激に増加傾向
②自分が混血児になったと想像
➂両親が属する宗教・民族・国家が争っているという状況を想像
④このような仮想的状況で、「愛国心」や「民族のアイデンティティ」
を考えてみる
3 道徳と言葉の関係は?
⑴ ヒトの言葉の特殊性
①三人称、②時制(現在以外の時間を扱える)
➡空間的・時間的に遠く隔たった、今ここにいない第三者に関する情報
を伝達・処理できる
➡バーチャルな出会いを可能にする
⑵ ヒトの言葉の特徴
■境界線のない現実に、ある一定の線を引いて概念を作る
■その時の気持ちとは関係のないある音を対応させる
境界や音の範囲は曖昧、可変的、相対的
■しかし、曖昧さと幅を残しつつも社会的取り決めをすることで、基本
的概念が共有され、時間と空間を超えた情報として伝達可能に➡
■ヒトの言葉は社会性そのもの
言葉をしゃべれれば社会性がある。だから、個人を社会から切り離した
議論には無理がある
4 問題はどこで起きるのか?
⑴ 格差・差別・分断の解析
■異人恐怖と自民族中心主義
■いじめ
まとまりを過度に強調する集団ほどひどい傾向
■国際紛争
当事者は、異なる宗教・国家・民族に所属し、互いを仲間とは認めてい
ないため、道徳が適用されない➡だまし、攻撃何でもあり
■疎外感
リアルな出会いとバーチャルな出会いの混同➡従ってすべては、個別の
掟とバーチャルな出会いの取り扱いの問題に集約
⑵ 解決提案
■道徳の二面性を認識する:
①すべての社会に共通の掟
②それぞれの社会で異なる個別の掟
共通の掟さえ守れば、多様性のある社会を形成・維持可能
個別の掟は元来多様なので、特定の個別の掟を強要しない
■出会いの2種類を区別する:
①リアルな出会い
②ヒトの言葉が可能にしたバーチャルな出会い
いかにバーチャルな出会いが増大しても、我々の生活のコアはリアル
な出会いであることを忘れない
➡ほとんどの問題は、これらを区別して認識しないことから起きる
<新たな仲間づくりの枠組の提案>
現状:一つの個別の掟しか認めないため、違いが反発力に
異なる社会のメンバーを「足せない」
提案:共通の掟の引力を利用し、寛容により個別の掟の違いによる反発
力を低減
異なる社会のメンバーを「足し合わせる」
■各社会の個別の掟は共通の掟を犯さない範囲でキープして可
■巨大な足し算の糊として、バーチャルな出会いを活用
■移住者・移民・ロボットなどを受け入れるために必要な枠組み
5 道徳の分類
道徳感情の原動力は欲
欲の段階で道徳の段階も分類でき、フロイトの「死の欲動」「生の欲動」
のような二元論は必要ない
⑴ マズローの欲求5段階説
●自己実現欲求➡聖人と純粋な動機の自爆テロ犯が一緒に入る?分類が
不足
●承認欲求・所属と愛欲求➡動機が似ている、冗長
●安全欲求・生理的欲求➡動機が似ている、冗長
⑵ 欲と道徳の分類(1➡2➡3➡4と発展)
④ 社会間の共通性を認識して、特定の社会のバックグラウンドを超え
ようとする欲:道徳次元4
●動機:異質・未知なものへの好奇心(例:人類愛・慈悲欲など)
➂ 個人と仲間が一体化することで生まれる欲:道徳次元3
●動機:ある特定の社会の維持(例:献身欲、利他欲)
② 仲間との関係で生まれる欲:道徳次元2
●動機:仲間からの評価・信用(例:地位欲、名誉欲、金銭欲)
① 個人で完結する欲:道徳次元1
●動機:個人の快苦(例:食欲、性欲、睡眠欲、生存欲)
⑶ 道徳の階層構造一高次は低次を包摂・制御
道徳の次元≒仲間の範囲≒共感の範囲
④ 道徳次元4「寛容性・多様性」
●仲間の範囲は社会の壁を越え発散
➂ 道徳次元3「利他・献身」
●仲間の範囲は特定の社会
② 道徳次元2「信用」
●利己性の残る個人と社会が対立
① 道徳次元1「利己」
●いわゆる道徳は無い
6 課題
⑴ 基本問題
「仲間らしさ」の観点から以下を考えてみてください
① 皆さん自身の仲間は誰ですか?
② 善悪の定義は?
➂ 環境や未来とは何ですか?
⑵ 発展問題
「仲間の範囲と資格」の観点から、以下を論じて下さい
① 人権とは何ですか?
●ポイントはフランス人権宣言の「自由」と「平等」を無批判に権利
として受けけ入れないこと、「人」を無批判に生物学的人間一般と
考えないこと
② 典型的な保守、リベラル思想の問題点は何ですか?
●仲間の範囲の問題、最低限の基準の問題に分けて考えると、明確に
問題点を指摘できます
➂ 幸福とは何ですか?
●幸福を漠然と分類せずに論じると、雑で荒唐無稽な話になります
欲の階層に応じて、幸福にも分類があることがヒントになります
⑶ 応用問題
「ウクライナ戦争、ガザ戦争において、誰がどのように間違っているの
かを根拠を示して説明しなさい」