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ポンコツハケンとスーパーハッカー④

 学生時代は真面目に過ごしてきた、と思う。地方から東京の大学に進学したつもりだったが、1,2年の授業は隣県のキャンパスだった。隣県キャンパスと東京キャンパスの両方に通えるアパートを借りて、そのまま今も住み続けている。18歳から、かれこれ17年以上住んでいることになる。実家にいた時間とほぼ同じ年数をこのアパートで過ごしていると思うと、ちょっとやるせなかった。     

 

 大学まで出してもらって今のような状態でいることを、親には申し訳ないと思う。その気まずさと、金がないのと、体調が悪いのと、ただ単に面倒臭いのと、そんないくつかの言い訳を自分にして、実家にはもう何年も帰っていない。時々母親から着信やメールがあったりするが、それも無視している。


 新卒で入った会社が駄目だったと思う。選択ミスだった。その業界はこれから伸びていく分野だと言われていた。新人の時は東京のきれいなオフィスに勤務していたし、不満はなかった。研修ばかり受けていたが、これでお金が貰えるなら楽なものだと高を括っていた。

 私は、新人とはいえ本社から来ているので、いきなり現場社員の管理を任されていた。
 現場は荒れていた。
 システマチックな部分と人海戦術エンヤコラの部分がまぜこぜになっていて、混沌としていた。
 システムに乗らない例外事項が多すぎて、それをいちいち覚えておかねばならなかった。

そこ例外だから覚えておいて!

そういうふうに度々言われた。そして度々ミスった。

 その手の作業が身につくには、ある程度の経験が必要だ。新人には難しい。私がミスると、ベテラン社員が鬼の首を取ったかのように嬉しそうに指摘していた。その様子に私は心穏やかにいられなかった。


 現場社員の中には、なるべく楽な仕事をしたくて、管理の人間と仲良くなろうとする者がいた。そういった人物に、ちょっとでも配慮するととたんに槍玉に上がることになる。
 そして私がそれをやってしまった。頼まれて、ある女性従業員のシフトに手を加えたのだ。人の妬みとは恐ろしいものだとそのとき知った。

 最初は、影で噂され、やがてそれに尾ひれ羽ひれが付いて、実しやかに脚色されていく。上司の耳に入り、呼び出されて、謂れなき説教を食らうことになる。

 そうなると現場社員には無視され、仕事は上手くいかない。職場は針の筵のようになる。

 辞めた時はメンタルやられて、かなりひどい鬱病になってたから、しばらく働けなかった。そうなると日本では再就職はできない。精神科通院歴がある人物を中途採用する会社など存在しない。その現実に気づいた時は、もう手遅れだった。

 結局正社員採用はどこにも引っかからなかった。

 それでも生活はしていくためには、働かなくてはならなかった。家賃や生活費がかかる。大学進学で借りた奨学金も返さないといけない。

 正社員の頃に作ったクレジットカードからは毎月、光熱費やらスマホ代やらが引かれていく。ショッピングには使わない。使い過ぎが怖いからだ。節約しているつもりだが、クレジットカードの引落しの金額はあまり減らない。いつも同じような金額なので、明細は確認していない。

 節約することにはもう慣れた。何しろ収入が少ないのだから、節約するしかない。

 ポイント欲しさにマイナンバーカードも作った。ポイントはありがたく使わせてもらった。

 とにかく生活費を稼がねばならならので、働ければどこでも良かった。とりあえずのつもりで働くようになった派遣会社でもう10年以上働いていることになる。

 1日1万円、月20日間出勤できれば、御の字だ。しかし現実は厳しく、1日8000円で15日くらいしか働けない月が多い。月収12万円では、家賃と光熱費を払ったら、食費さえも残らない。固定費を減らすために引っ越そうともしたが、貯金がないのでそれもできない。

 自分はもうダメだと思う。復活できない。今まで活躍したことなんてないけど、せめて普通の生活をしてみたい。だけどそれさえも実現不可能だと思える。眼の前に絶望という壁が立ちはだかっているように思えてくる。

 その日も仕事が終わって、いつものように疲れた体で帰ってきた。するとアパートの階段に腰掛けている小学5·6年生くらいの男の子がいて、こっちを見た。そして僕にこう言った。

「オジサンが及川逸郎?」

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