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瞼の裏に見ているもの

自分語りをするとき、僕の視線は相手を見ていません。
それは実際に物理的に見ていないということであり、心の向き方も相手を向いていないという両方の意味でもあります。
目の前の人に話しかけているようで、話しかけていない時があります。
自分の薄情さを暴露したいわけではなく、そんな自分と向き合ってくれる人がいることに感謝したいのです。
2人でいるのに、自分と向き合う時間を良しとしてくれる人がいることがありがたいのです。


自分語りをするとき、僕の視線は相手を見ていません…ん、そういえば…
よく「人が右上を見ているとき嘘をついている」ということを聞いたことがあります。
視線の向きを意識したことがないので、僕が視線をずらしているとき右上を向いているかは定かではありませんが、嘘をついている自覚はありません。
けれど、もし右上を向いていたならば、見る人から見たらとんだ虚言壁野郎です。

慌てて”視線”について調べてみると、こんなことが分かりました。
NLPという神経言語プログラミングの世界では、アイ・パターンという考え方があり、視線を縦と横に分けたときにこんな意味があるというのです。
(参考:心理カウンセラーの『知って得する心理学+α』「嘘つくときのは右上を見る?上下左右それぞれに纏わる目線の暗示とは」


上目線=視覚的イメージ
横目線=聴覚的イメージ
下目線=内覚的イメージ


これらを上下左右で組み合わせるとこんな意味に分析できるそう。

左上:過去の体験や記憶の呼び出し
人は出来事を思い浮かべる時、視覚的イメージとして呼び起こしがち
右上:これから先の新たなイメージ
まだ体験していない事柄に対しての想像や構成の時にこの方向へ目を向ける
左横:会話や記憶にある音への知覚
どの様な内容の会話だったか、言い回しだったかを思い起こす時の目線
右横:聞いたことの無い音への知覚
聞いたことの無い音に対しイメージを働かせ、右耳に意識が向く
左下:内面的な自己との対話
自分自身への問いかけや独り言の場合、経験に基づいた自己として向く
右下:体感覚情報へのアクセス
無意識に感じている体の変化や感覚に注意を向けている時の目線


右上は「これから先の新たなイメージ」…つまり未来を思考する視線を意味しています。
嘘も「未だ現実になっていないこと」という意味では共通しているのです。
ということは、視線が右上を向いていることは必ずしも嘘をついているわけではないのです。


あぁ良かった。
これで「僕は嘘を連発している虚言壁ではありません」と堂々と言い切れます。
皆さんも安易に右上を見ながら話をしている人を、それだけで”嘘つき”呼ばわりしてはいけませんよ。



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