スタートアップがデータで見るべき "もうひとつの事業の指標"
#SaaSLoversというバトンブログ企画の14日目を担当します。パナリットという人事アナリティクスBIを提供する外資系スタートアップの、日本法人代表を勤めております小川です。いわゆるカンマネです。
🌴ちょっと自己紹介🌴 パナリットの前はワークスアプリケーションズとグーグルという、どちらも非常に珍しい人事アプローチで有名な2社で、採用・人材開発・人事戦略と幅広く人事領域をやっていました。最後はグーグル本社の人事戦略室というところで、大規模でなかなかカオスな全社組織改革をいくつもやってきました。
だれにも訊かれない、超重要な事業の指標
さて、パナリットに移って即おこなった本社のブリッジラウンドとシードラウンドの資金調達、どちらもガッツリ関わってサポートしているため多くの投資家の方々と会う機会をもらっています。そんななか気になったのは、プロダクトやマーケットに関してはMRR, ARR, CPA,セールスサイクル, チャーンレート, プライシング, 社単, TAM …その他ありとあらゆる指標を聞かれるのに、組織についてはほとんど数字での質問はありません。(チーム/マネジメント陣スライドで「良いチームだね」とコメントをもらうことはありますが、大抵「はい、じゃあ次」という調子です)なぜ?パナリットはプロダクト売り始めてわずか1年ですが、組織はもっと前から存在しています。より多くのデータがあるはずです。いい情報も悪い情報も、組織の健康状態をデータで捉えることで表面下の多くを知ることができるのに、これを聞くのはどうやら一般的なやり方ではないようです。
ですが誤解をおそれず少々乱暴な言い方をすると、チャーンが高いプロダクト=プロダクトがイケてないのなら、人のチャーンが高い組織=組織がイケてない*のでは…。私には組織のチャーンの方がよほど気にしたほうが良い数字とさえ思えます。このように、プロダクトやマーケットを客観的に査定するのと同じように、組織の内面もより数字を使った客観的な評価ができるのでは/した方がいいのでは、ということで今日はこのテーマについて書こうと思います。
(*人の離職率に関しては若干ニュアンスがあるので、下で補足を入れます)
組織の状態を的確に捉えることを助ける人の指標はたくさんあります。採用や離職など気づきやすいところだけでなく、コンペンセーションプランニング、エクイティプランニング、組織ツリーの構成、勤続年数・性別・職種別の給与格差やプロモーションレートの差、などを見ると企業の経営方針や、今後スケールする上でぶつかる壁まで色々と見えてくるかと思います。風呂敷を広げすぎると収集できなくなりそうなので、今日は人のチャーンについてクローズアップします。
なぜスタートアップこそ人のチャーンが重要か
「100人以下のスタートアップの人データを見ても、何も新しいことはわからないのでは?(現場を見てればわかるのでは?)」と思われるかもしれませんが、実際そうでもないと考えます。いま会社が50人だとしてもすでに数年間の会社の歴史があると思います。順調に事業を成長させまっすぐな登り方をするスタートアップは少ないでしょう。多くがきっとピボットし、組織編成を変え、マネジメントを変え、今に至っていると思います。その歴史を振り返るなかで、組織や経営者の超えてきた局面や対応能力を知ることができます。例えば過去のある一時期に大量に離職者が出た時期があったとしましょう。その理由を何だと経営者は捉えているか、どう対処して方向修正したか。そのような質問への返答を紐解くことで、今後同じような状態に陥ることがないか、またあったとしても適切な対応を取り回復できそうか、など事業への理解を深めることができると思います。
また、スタートアップは一人一人が会社に与えるインパクトが大きいので、よほど大企業より人材のマネジメントが大切だとも思います。大企業の場合、多少人が辞めてもすぐに目に見えたインパクトが出ることは稀でしょう。ですがスタートアップの場合、優秀な営業社員が抜ければ目に見えて売り上げ数字は落ちますし、優秀なエンジニアが抜ければ(新機能やバグ改善が進まず)時間差でチャーンレートとして跳ね返ってきて、やはり業績は落ちます。人の出入りを見ることで、その後の事業成長/停滞がある程度予測できるといっても過言ではないでしょう。
なお、多くの場合忘れられがちなのは人が抜けたあとの長期的なインパクトです。一般的に誰かが抜けたあとのバックフィルを探すのに約三か月、その新人が業務に慣れてパフォーマンスを出せるようになるまで三か月。平均して計半年現場を圧迫すると言われています。現場への圧迫が大きくなればなるほど不満は募り、結果的に離職者の追随を促します。このような側面もあり、人のチャーンは得てしてスノーボールエフェクトを引き起こしやすく、一旦ボールが勢いをつけると歯止めを掛けづらいので問題は長期化しがちです。組織のチャーンはリカバリーが大変と言うことからも、より真剣に捉えなくてはならない問題だと言えます。
人のチャーンはニュアンスに気をつけなくてはいけない
さて、この大変重要そうな人のチャーンですが、やっかいなのはそもそも離職率の計算方法や定義は公表主体によってバラバラで、法定で決められたものがないということです。なのでただ数字を数字として捉えるのではなく、どのくらいの期間、どのような定義で計算されたかを抑える必要があります。特に変化の大きいスタートアップにおいては、離職率を年度末の振り返りだけでなく、毎四半期ないし毎月定点観察すべきと言えます。
たとえば厚生労働省の定義での離職率は、(期初1日目に在職の)離職者数 ÷ (期初1日目の)従業員数 とされますが、これだと期間中の社員の増減が加味されないので、例えば1年間で500人から800人に急成長したスタートアップだと、たとえ期間内の離職者数が50人でも期初の社員数が母数だと随分過大評価されてしまいます。
いろいろな計算方法があるなか、私たちがもっともフェアに評価をしていてどの期間でも比較がしやすいと考えるのは、毎月の離職者数を月の平均従業員数で割り、年換算するという手法です。具体的には
月初から現在までの退職者数 ÷ 月の平均従業員数 × (365 ÷ 月初から現在までの日数)を%に直すというやり方で計算をします。年換算をするメリットについては、こちらのNoteに詳しく書いています。
また、人のチャーンの正しい把握をさらに困難にするのが、「どのくらい辞めたか」だけでなく「どんな人が辞めたか」が重要ということです。実際、離職率は低ければ良いという単純なものではありません。会社にとって有益な人材(今後も活躍してもらいたかった人材)だったかを記録して、事業へのインパクトを正しく捉えるチャーンレートを測る必要があります。実際、外資系企業では離職者をregret/non-regret(弊社では慰留対象/非慰留対象と訳しています)で分けてラベリングすることがベストプラクティスになっています。「non-regret(後悔されない離職者)なんてヒドイ!!」と思うかもしれませんが、企業にとってこれを正確に捉えることは将来のマネジメントに対しても非常に重要なことです。
じゃあ離職者がnon-regretばかりなら離職率が高くても健全なのかと言われるとそういう訳でもなく、non-regretの退職者が比較的多い組織は確実に採用を見直した方がいいと言えます。どのような要因でその対象者たちがnon-regretなのかを確認し、将来の採用プロセスで見極めの精度をあげるようなアプローチが必要でしょう。上記の例のとおり、退職者はregretが多くてもnon-regretが多くても課題があるので、正しく離職率を捉え、どちらにしても早急にアクションできる体制を整えることが大切です。
今後どのようにregret/non-regretをトラッキングすべきか悩んでいる方は、以下の意思決定マップを使うといいかもしれません。
Regret/non-regretと同じくらい重要といえるのは、離職者の勤続年数です。とくに、3ヶ月以内離職率・半年以内離職率が高い場合は要注意と考えた方が良いでしょう。弊社の本国CEOはモルガン・スタンレー、アップル、UBERなどのグローバル企業での人事歴20年越えのベテランHRですが、「3ヶ月以内の離職は確実に会社側の責任だ」と明言しています。短期間での離職がなぜ起きるのか、入社前後での認識の相違がどうして起きるか、またどのような属性の従業員ほど短期間で辞める傾向があるのか…もしも入社まもない社員の離職が続くようなら、このように多面的にチャーンを分析し、問題の根本を捉えることが必要になります。
さいごに
今回は人のチャーンについてだけでしたが、随分長くなりましたね…それだけ組織の人データは奥深く、事業の健全性や将来性を測るにはコンテキストを理解し多角的に捉えることが必要なのだと思います。もしチャーン以外にも、組織をどうデータで捉え、それをどう組織マネジメントに活用すべきか興味があれば、現在HRproにて人財資源を最大活用する“科学された人事が目指すデータ活用の未来”というタイトルの連載をしていますので、そちらもぜひご覧ください!また同様のテーマをもっと専門的に取り扱う人事科学読本もnoteで絶賛展開中です。よろしくおねがいします!