映画「すみっコぐらし」2作目は届かない夢にもがく者への賛辞だ
夢を叶えられない人向けの、夢見る人への賛辞 ※ネタバレなし
映画「すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ」を観た。
すみっコぐらしの映画化は2作目で、前作は誰も予想だにできなかった「大ひっと」作となった。
Amazonプライム等でも観られるので、未見の方は是非ご覧いただきたい。
ただ、前作では原作ファンにこういう指摘をされていたのが記憶に残っている。
そ、そうね…。
なので、「2作目はぜひ普段のすみっコぐらしの空間でやって欲しい」という願いを持っていた方もいただろう。
その願いは今作で叶えられた。
今度は、異世界がすみっコの日常にやってきた。
今作は「夢とは」を描いた物語だ。
すみっコぐらしの登場人物は、そのほとんどがネガティブな背景を持っている。
彼らの心に抱く夢と、ままならない現実。悩みは尽きない。
それでも、夢はその人にとって大事なのだ。
「願えば夢は叶う」的な、情熱的で押し付けがましい夢の賛辞ではない。
これは、夢が叶わなくてよく心が折れる、我々凡人にこそ響く物語だ。
ちなみに、今作も冒頭にキャラ紹介はあるので、予備知識がなくても話についていけると思います。ザ・親切設計。
すみっコぐらしを知らない方も、見終わる頃には推しが見つかることだろう。
※次の章よりネタバレを含みます。
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魔法使いがやってきた!
5年に1度、大きな青い満月の日にやってくる、異世界の「まほうつかい」たち。
伝説によれば、彼らはこちらの世界にやってきて、夢をかなえてくれるという。
が、そういうことはなかった。
ただ異世界に遊びに来て帰るだけだった。
魔法使いの5人きょうだいは、夜のすみっコ世界をキラキラに染め上げ、現地で出会った親切なすみっコと楽しいパーティーをした。
ここまでなら、絵本1本ぶんの話で終わるエピソードになっただろう。
そんな、キラキラでかわいらしい空気感が、このあとの事故で一転する。
夜明け前に帰らなければならないきょうだい達は、間違えて末っ子のふぁいぶを置き去りにしてしまったのだ。
子供の頃に、出先で親を怒らせて、「先に帰るよ(# ゚Д゚)」と言われ置いて行かれる(実際は親は「置いていくフリをしている」に過ぎない)体験をした人は多いだろう。自分の経験として覚えていないとしても、街中や店の中などでそんな親子はよく見られるものだ。
庇護してくれる存在からのこの罰は、子供には結構ぶっ刺さるはずだ。
今作では幼いふぁいぶが、たぴおかとの取り違え事故で置き去りにされてしまうのだ。
ほうきで全速力で追いかけても間に合わず、時空を超える船には届かない。
じわじわと目に浮かぶ涙。きっと大人が想像する以上にショックを受けていただろう。
このコの涙の重さは、母親と引き離されて暮らしているとかげが一番よく知っている。だからとかげはふぁいぶを家に招き入れた。
とかげの正体と過去の話は、OPで語られている。
スミッシーこと恐竜のおかあさんと会えた話自体は、原作で描かれている。
でも今映画では、正体を知らない仲間がついてきてしまったのでこの時「おかあさん」のひとことは言えずに終わってしまった、ということが明かされた。
とかげの母は、我が子が研究者や猛獣ハンターに襲われたりしないよう、敢えて自分から引き離しているのだろう。もちろんとかげ自身もそれは承知の上で、本心は母と一緒に暮らしたい。
それがこのコの夢だ。
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ふぁいぶ、「ゆめ」と出会う
ふぁいぶはすみっコ達に保護されて、しばらくの間楽しい異世界生活を送る。
ともだちと集まって遊んだり、パン作りや水飴の楽しさ・美味しさを楽しむなかで、ふぁいぶが、知ったものがある。
「ゆめ」だ。
「夢をかなえてくれる」も何も、魔法使い達は夢を知らなかったのだ。
パン作りだって、ほのぼのと描かれているが、魔法使いにとってパンは魔法があれば一瞬で生成できてしまうものだ。
単に「たのしいねー」だけではなく、こちらの世界が魔法で何でも手に入る世界ではないことを改めて示しているといえる。
そして、簡単に得られないということが苦しみをあたえることがある。
すみっコ達は、夢があるからこその悲しみや苦しみも併せ持っている。
ねこは全く痩せないし、ぺんぎん?は本当の自分へのヒントがなさ過ぎて悩んでいるわけだ。(君の正体、きっとスミッシーや魔法使いの載ってる本に載ってるけどな…)
ふぁいぶがそこに疑問を持つのも無理からぬことだ。
だったら、その「ゆめ」を消してしまえばいい。
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夢はすみっコ達のアイデンティティ
ところが、いざ魔法で夢を消してみると(よりによってこれは成功してしまった)、そのすみっコ達(すみっコハウスのメイン4人)はキャラが崩壊してしまう。
正直ぺんぎん?にとってはこれでも良い気もするが、この中では一番ポジティブシンキングなとんかつが最もどん底に陥ってしまう姿は、あまりにも哀しい。
しかも、ふぁいぶは「しょうしつ(消失)のまほう」の特訓と本番で魔力切れを起こしてしまい、元に戻せそうになかった。
だが。
正気のすみっコ達は、皆で力を合わせて彼らの夢を思い出させることに成功した。
ねこの爆食いを止めようとしたアームも含め(今回はアームのキャラ紹介もあった・笑)本人らしさを取り戻そうとする仲間たちの絆が見られて良い。
あげっコオールスターズの友情や、あの無表情なふろしきが表情を変えるシーンは必見。
夢はひとりひとりを形作るアイデンティティなのだ。
こうしてすみっコ達が魔法を乗り越えたことで、ふぁいぶは夢の大切さを…そして最後に知るとかげの夢が、どれほどに大きく重いものかを理解できるようになってゆく。
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ほんのすこしだけ叶う夢
魔法使いのきょうだい達は、短時間だけすみっコ世界と行き来できる魔法を編み出し、ふぁいぶを迎えにきた。
ふぁいぶがきょうだいと再会した時、とかげが一瞬見せた表情。
やさしいとかげだから「良かったね」という気持ちは嘘ではないけれど、うらやましい気持ちだって嘘ではない…。
それに気付いたふぁいぶは恩義に応え、とかげがおかあさんに会えるようきょうだいにお願いする。
とかげを魔法使いのすがたにして、ともにすみっ湖に飛ぶ一同。
結局はともだちも駆けつけてしまうけれど、時間差でとかげは母に「おかあさん」のひとことを言うことができた。
デザイン上の設定で、魔法使いの背中の羽根はドラゴンの羽根がモチーフとのこと。
ふたりの竜は湖の上空で、改めて親子としての再会を果たしたのだった。
もちろん、この時間もうたかたのもの。魔法使いが帰っていけばまた元に戻る。
それでもとかげは、これまで通り、また母と暮らす夢を抱いて生きていける…。
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クリスマスツリーと、後日談
エンディング(BUMP OF CHICKENの楽曲がほぼ今作通りの歌詞で泣ける)はこの年のクリスマスだ。
みんなでクリスマスツリーを飾り、パーティーの準備をする風景が描かれる。
(余談だが、とかげが雪道を歩くと足跡だけじゃなくしっぽ跡もつくのがかわいい。)
てっぺんに飾られる友情の印。
次は5年後まで会えないふぁいぶの星が、この年の年末を彩ったのだった。
(前作ご覧になった方はツリーをよく見てね。これはアニメを同じファンワークスさんが作成されているからこそこうしてくれたんだと思う。願わくば、絵本の世界も楽しいクリスマスであることを…)
…ところで、今回の映画には入場者プレゼントがある。
1週目はミニ絵本で、内容は映画本編の後日談(ふぁいぶが帰った直後の話)だった。
ふぁいぶが去ったあとに残ったものを大事にしまうとかげ。そこには物悲しさだけではなく、次のふぁいぶの到来を待つという新しい夢があった。
今回の舞台装置として、とかげがメインキャラで唯一独り暮らしをしていることが効いている。それ故に、また独り暮らしに戻ることは、紙の絵本でみると重く感じられる。
けれど、とかげの日常には、たくさんのなかよしのすみっコ達がいる。
そして、5年経てば。
次の青い満月の夜に、ふぁいぶに会う。
それがとかげの、とかげ達すみっコの新しい夢となった。
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ふぁいぶというコ
ふぁいぶは、クッキーを拾ってくれたお礼にすみっコ達をナイトパーティーに誘うし、お世話になったとかげの夢を叶えてくれた。
自分はまだ満足に魔法が使えないものの、魔法の使えるきょうだいにその意思をしっかり伝えて動いてもらっている。
本当にちゃんとしたコなんだよね。
きょうだい達は失敗を繰り返していてもずっと優しく見守っていて、こんなあたたかい家庭でならいいコに育つのも頷ける。
地元に戻ったふぁいぶは、マイ魔導書に新しい魔法を書き込む。
それこそが「ゆめ」。
立派な魔法使いになる。
5年後にとかげ達と会う。
今度は自分の魔法で恩返しができたらいいな、もあるかもしれない。
後日談で、彼はとかげの大好きな魚を出す魔法に成功した。
5年後にはこの魔法を携えて、ふぁいぶがとかげの元へ向かうのだ…。